レーベル索引 (理想文庫) ALL
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「映像ギャラリー」

 市街劇“ノック”
  地図引換人
  劇場を捜す一人の観客
  青猫化粧館
  便所のマリア
  気まぐれバスA
  気まぐれバスB
  ヒューマンボクシング
  地下病棟
  注文の多い料理店
  空中散歩者
  天文学者の孤独
  杉並区成田東四丁目三十七番地 銭湯における男事件
  壁の消失
  書簡演劇
  家族中継 戸別訪問劇
  四十二番地の玉突き
  ラジオ

 市街劇「ノック」 時 刻 表 

寺山修司マガジン VOL.2
対象年齢:G
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価格:¥158(税込み)
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書を捨てよ、町へ出よう「きみもヤクザになれる」

◎裏町紳士録

1 パチンコ 親指無宿
2 トルコ風呂 新宿のロレンス
3 ホステス ジャパン・ドリーム
4 ストリッパー 肉体なればこそ
5 サラリーマン 歩兵の思想
6 ガンマニア 銃
7 長距離トラック 暁に祈る

◎スポーツ無宿

  二人の女
  草競馬で逢おう
  競馬のメフィスト
  ああ 日本海
  クリフジはいずこに
  野球少年エレジー
  空想打倒試合の巻
  天皇賞その日
  さすらいの切手
  三分三十秒の賭博
  馬の性生活白書
  片目のジャック
  賭けのエネルギー
  オート・レーサー

寺山修司マガジン VOL.2
対象年齢:G
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価格:¥210(税込み)
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それは3つの戦争から始まった。原爆投下の加害者は、もっとも過酷な妄想の被害者となった。巨大予算を背景にした軍事プロジェクトは、小さなコンピューターをどうして使わないのかの一言で、戦争から遠くはなれたメディア創造への道を進むことになった。忘れてはならない、インターネットの歴史を今ふりかえる。
対象年齢:G
iPhone,iPad(無期限/DL無期限)/PC(閲覧無期限)
価格:¥0(税込み)
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幼少時より寫眞屋に憧れていた。
蛇腹(ジャバラ)のついた舊式寫眞機の黒羅紗布(マント)の裏地の眞紅をちらりとみせて潜り込む。「鳩が出ますよ」と呪文めいた言葉を口にしマグネシウム(magnesium)を焚く。魔の一瞬! 撮られる人々は、催眠術にでもかかった様に一列に並び、立つたまゝ身動きも出來ないのである。
前 白 より

寺山修司マガジン VOL.1
対象年齢:G
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価格:¥210(税込み)
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第1部第2部第3部第4部第5部第6部第7部
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歴史の表舞台では、功績は一人の人物の創意と発案に帰せられるものだが、果たしてそうであろうか?
例えば、
◆日本最初のテレビ局の免許はNHKではなく一民間テレビ局に与えられたのは何故か?
◆日本テレビ放送網株式会社の社名の「網」が意味するところは何か?
◆日本最初のプロゴルフ大会と最先端科学技術である核融合開発との接点はどこにあるのか?
◆日本人最初のニュースキャスターは?

新聞、ラジオ、テレビの三つのメディアを回遊した柴田秀利を知らずして、これらの問に答えることはできない。

「昭和25年6月、当時、NHKのニュース解説者だった柴田氏は、外電のなかからアメリカ上院議員のカール・ムント演説を発見した。これが、わが国へのテレビ導入の最初の契機となった。
カール・ムント演説の骨子は、世界反共政策のための全世界通信ネットワーク構想を早急につくる必要があるというもので、"ビジョン・オブ・アメリカ"と名づけられたこの構想実現の最適地として、第二次世界大戦敗戦国の日本とドイツをあげていた。
日本は東西冷戦構造のまっただなかに置かれ、占領下の鬱積したエネルギーは反米運動に転化しつつあった。
そこに、ムントの提唱する"ビジョン・オブ・アメリカ"構想がそのまま持ち込まれれば、日本人はそれに反発を覚え、かえって共産革命の悪夢が再現する恐れがある。これが、柴田氏がムント構想に懸念を感じた最大の理由だった。
だが、柴田氏にはムント構想を日本流にアレンジして導入する気宇壮大な青写真は描けても、それを実現するだけの資金的裏付けはなかった。そのとき柴田氏の頭に浮かんだのが、戦前の報知新聞時代、何度か顔を会わせたことがある正力松太郎だった。
日本へのテレビ導入という壮大なドラマは、いうなれば、作、演出をすべて柴田氏が行い、正力はその果実をひとり占めし、それを大宣伝して"現代日本のメディア王"という虚像に、さらなる鍍金をほどこす結末となった。」中公文庫『戦後マスコミ回遊記』佐野眞一の解説より

私たちが生きた戦後とは何であったのか?いまその一つ一つが解明されようとしている。日本初のテレビ導入、原子力利用、ゴルフブームの仕掛け人、柴田秀利が残した記録は、戦後の一ページを鮮やかに浮きたたせ、メディアの裏にひそむものの実像を知らせている。
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歴史の表舞台では、功績は一人の人物の創意と発案に帰せられるものだが、果たしてそうであろうか?
例えば、
◆日本最初のテレビ局の免許はNHKではなく一民間テレビ局に与えられたのは何故か?
◆日本テレビ放送網株式会社の社名の「網」が意味するところは何か?
◆日本最初のプロゴルフ大会と最先端科学技術である核融合開発との接点はどこにあるのか?
◆日本人最初のニュースキャスターは?

新聞、ラジオ、テレビの三つのメディアを回遊した柴田秀利を知らずして、これらの問に答えることはできない。

「昭和25年6月、当時、NHKのニュース解説者だった柴田氏は、外電のなかからアメリカ上院議員のカール・ムント演説を発見した。これが、わが国へのテレビ導入の最初の契機となった。
カール・ムント演説の骨子は、世界反共政策のための全世界通信ネットワーク構想を早急につくる必要があるというもので、"ビジョン・オブ・アメリカ"と名づけられたこの構想実現の最適地として、第二次世界大戦敗戦国の日本とドイツをあげていた。
日本は東西冷戦構造のまっただなかに置かれ、占領下の鬱積したエネルギーは反米運動に転化しつつあった。
そこに、ムントの提唱する"ビジョン・オブ・アメリカ"構想がそのまま持ち込まれれば、日本人はそれに反発を覚え、かえって共産革命の悪夢が再現する恐れがある。これが、柴田氏がムント構想に懸念を感じた最大の理由だった。
だが、柴田氏にはムント構想を日本流にアレンジして導入する気宇壮大な青写真は描けても、それを実現するだけの資金的裏付けはなかった。そのとき柴田氏の頭に浮かんだのが、戦前の報知新聞時代、何度か顔を会わせたことがある正力松太郎だった。
日本へのテレビ導入という壮大なドラマは、いうなれば、作、演出をすべて柴田氏が行い、正力はその果実をひとり占めし、それを大宣伝して"現代日本のメディア王"という虚像に、さらなる鍍金をほどこす結末となった。」中公文庫『戦後マスコミ回遊記』佐野眞一の解説より

私たちが生きた戦後とは何であったのか?いまその一つ一つが解明されようとしている。日本初のテレビ導入、原子力利用、ゴルフブームの仕掛け人、柴田秀利が残した記録は、戦後の一ページを鮮やかに浮きたたせ、メディアの裏にひそむものの実像を知らせている。
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歴史の表舞台では、功績は一人の人物の創意と発案に帰せられるものだが、果たしてそうであろうか?
例えば、
◆日本最初のテレビ局の免許はNHKではなく一民間テレビ局に与えられたのは何故か?
◆日本テレビ放送網株式会社の社名の「網」が意味するところは何か?
◆日本最初のプロゴルフ大会と最先端科学技術である核融合開発との接点はどこにあるのか?
◆日本人最初のニュースキャスターは?

新聞、ラジオ、テレビの三つのメディアを回遊した柴田秀利を知らずして、これらの問に答えることはできない。

「昭和25年6月、当時、NHKのニュース解説者だった柴田氏は、外電のなかからアメリカ上院議員のカール・ムント演説を発見した。これが、わが国へのテレビ導入の最初の契機となった。
カール・ムント演説の骨子は、世界反共政策のための全世界通信ネットワーク構想を早急につくる必要があるというもので、"ビジョン・オブ・アメリカ"と名づけられたこの構想実現の最適地として、第二次世界大戦敗戦国の日本とドイツをあげていた。
日本は東西冷戦構造のまっただなかに置かれ、占領下の鬱積したエネルギーは反米運動に転化しつつあった。
そこに、ムントの提唱する"ビジョン・オブ・アメリカ"構想がそのまま持ち込まれれば、日本人はそれに反発を覚え、かえって共産革命の悪夢が再現する恐れがある。これが、柴田氏がムント構想に懸念を感じた最大の理由だった。
だが、柴田氏にはムント構想を日本流にアレンジして導入する気宇壮大な青写真は描けても、それを実現するだけの資金的裏付けはなかった。そのとき柴田氏の頭に浮かんだのが、戦前の報知新聞時代、何度か顔を会わせたことがある正力松太郎だった。
日本へのテレビ導入という壮大なドラマは、いうなれば、作、演出をすべて柴田氏が行い、正力はその果実をひとり占めし、それを大宣伝して"現代日本のメディア王"という虚像に、さらなる鍍金をほどこす結末となった。」中公文庫『戦後マスコミ回遊記』佐野眞一の解説より

私たちが生きた戦後とは何であったのか?いまその一つ一つが解明されようとしている。日本初のテレビ導入、原子力利用、ゴルフブームの仕掛け人、柴田秀利が残した記録は、戦後の一ページを鮮やかに浮きたたせ、メディアの裏にひそむものの実像を知らせている。
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歴史の表舞台では、功績は一人の人物の創意と発案に帰せられるものだが、果たしてそうであろうか?
例えば、
◆日本最初のテレビ局の免許はNHKではなく一民間テレビ局に与えられたのは何故か?
◆日本テレビ放送網株式会社の社名の「網」が意味するところは何か?
◆日本最初のプロゴルフ大会と最先端科学技術である核融合開発との接点はどこにあるのか?
◆日本人最初のニュースキャスターは?

新聞、ラジオ、テレビの三つのメディアを回遊した柴田秀利を知らずして、これらの問に答えることはできない。

「昭和25年6月、当時、NHKのニュース解説者だった柴田氏は、外電のなかからアメリカ上院議員のカール・ムント演説を発見した。これが、わが国へのテレビ導入の最初の契機となった。
カール・ムント演説の骨子は、世界反共政策のための全世界通信ネットワーク構想を早急につくる必要があるというもので、"ビジョン・オブ・アメリカ"と名づけられたこの構想実現の最適地として、第二次世界大戦敗戦国の日本とドイツをあげていた。
日本は東西冷戦構造のまっただなかに置かれ、占領下の鬱積したエネルギーは反米運動に転化しつつあった。
そこに、ムントの提唱する"ビジョン・オブ・アメリカ"構想がそのまま持ち込まれれば、日本人はそれに反発を覚え、かえって共産革命の悪夢が再現する恐れがある。これが、柴田氏がムント構想に懸念を感じた最大の理由だった。
だが、柴田氏にはムント構想を日本流にアレンジして導入する気宇壮大な青写真は描けても、それを実現するだけの資金的裏付けはなかった。そのとき柴田氏の頭に浮かんだのが、戦前の報知新聞時代、何度か顔を会わせたことがある正力松太郎だった。
日本へのテレビ導入という壮大なドラマは、いうなれば、作、演出をすべて柴田氏が行い、正力はその果実をひとり占めし、それを大宣伝して"現代日本のメディア王"という虚像に、さらなる鍍金をほどこす結末となった。」中公文庫『戦後マスコミ回遊記』佐野眞一の解説より

私たちが生きた戦後とは何であったのか?いまその一つ一つが解明されようとしている。日本初のテレビ導入、原子力利用、ゴルフブームの仕掛け人、柴田秀利が残した記録は、戦後の一ページを鮮やかに浮きたたせ、メディアの裏にひそむものの実像を知らせている。
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◆日本テレビ放送網株式会社の社名の「網」が意味するところは何か?
◆日本最初のプロゴルフ大会と最先端科学技術である核融合開発との接点はどこにあるのか?
◆日本人最初のニュースキャスターは?

新聞、ラジオ、テレビの三つのメディアを回遊した柴田秀利を知らずして、これらの問に答えることはできない。

「昭和25年6月、当時、NHKのニュース解説者だった柴田氏は、外電のなかからアメリカ上院議員のカール・ムント演説を発見した。これが、わが国へのテレビ導入の最初の契機となった。
カール・ムント演説の骨子は、世界反共政策のための全世界通信ネットワーク構想を早急につくる必要があるというもので、"ビジョン・オブ・アメリカ"と名づけられたこの構想実現の最適地として、第二次世界大戦敗戦国の日本とドイツをあげていた。
日本は東西冷戦構造のまっただなかに置かれ、占領下の鬱積したエネルギーは反米運動に転化しつつあった。
そこに、ムントの提唱する"ビジョン・オブ・アメリカ"構想がそのまま持ち込まれれば、日本人はそれに反発を覚え、かえって共産革命の悪夢が再現する恐れがある。これが、柴田氏がムント構想に懸念を感じた最大の理由だった。
だが、柴田氏にはムント構想を日本流にアレンジして導入する気宇壮大な青写真は描けても、それを実現するだけの資金的裏付けはなかった。そのとき柴田氏の頭に浮かんだのが、戦前の報知新聞時代、何度か顔を会わせたことがある正力松太郎だった。
日本へのテレビ導入という壮大なドラマは、いうなれば、作、演出をすべて柴田氏が行い、正力はその果実をひとり占めし、それを大宣伝して"現代日本のメディア王"という虚像に、さらなる鍍金をほどこす結末となった。」中公文庫『戦後マスコミ回遊記』佐野眞一の解説より

私たちが生きた戦後とは何であったのか?いまその一つ一つが解明されようとしている。日本初のテレビ導入、原子力利用、ゴルフブームの仕掛け人、柴田秀利が残した記録は、戦後の一ページを鮮やかに浮きたたせ、メディアの裏にひそむものの実像を知らせている。
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◆日本テレビ放送網株式会社の社名の「網」が意味するところは何か?
◆日本最初のプロゴルフ大会と最先端科学技術である核融合開発との接点はどこにあるのか?
◆日本人最初のニュースキャスターは?

新聞、ラジオ、テレビの三つのメディアを回遊した柴田秀利を知らずして、これらの問に答えることはできない。

「昭和25年6月、当時、NHKのニュース解説者だった柴田氏は、外電のなかからアメリカ上院議員のカール・ムント演説を発見した。これが、わが国へのテレビ導入の最初の契機となった。
カール・ムント演説の骨子は、世界反共政策のための全世界通信ネットワーク構想を早急につくる必要があるというもので、"ビジョン・オブ・アメリカ"と名づけられたこの構想実現の最適地として、第二次世界大戦敗戦国の日本とドイツをあげていた。
日本は東西冷戦構造のまっただなかに置かれ、占領下の鬱積したエネルギーは反米運動に転化しつつあった。
そこに、ムントの提唱する"ビジョン・オブ・アメリカ"構想がそのまま持ち込まれれば、日本人はそれに反発を覚え、かえって共産革命の悪夢が再現する恐れがある。これが、柴田氏がムント構想に懸念を感じた最大の理由だった。
だが、柴田氏にはムント構想を日本流にアレンジして導入する気宇壮大な青写真は描けても、それを実現するだけの資金的裏付けはなかった。そのとき柴田氏の頭に浮かんだのが、戦前の報知新聞時代、何度か顔を会わせたことがある正力松太郎だった。
日本へのテレビ導入という壮大なドラマは、いうなれば、作、演出をすべて柴田氏が行い、正力はその果実をひとり占めし、それを大宣伝して"現代日本のメディア王"という虚像に、さらなる鍍金をほどこす結末となった。」中公文庫『戦後マスコミ回遊記』佐野眞一の解説より

私たちが生きた戦後とは何であったのか?いまその一つ一つが解明されようとしている。日本初のテレビ導入、原子力利用、ゴルフブームの仕掛け人、柴田秀利が残した記録は、戦後の一ページを鮮やかに浮きたたせ、メディアの裏にひそむものの実像を知らせている。
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◆日本最初のテレビ局の免許はNHKではなく一民間テレビ局に与えられたのは何故か?
◆日本テレビ放送網株式会社の社名の「網」が意味するところは何か?
◆日本最初のプロゴルフ大会と最先端科学技術である核融合開発との接点はどこにあるのか?
◆日本人最初のニュースキャスターは?

新聞、ラジオ、テレビの三つのメディアを回遊した柴田秀利を知らずして、これらの問に答えることはできない。

「昭和25年6月、当時、NHKのニュース解説者だった柴田氏は、外電のなかからアメリカ上院議員のカール・ムント演説を発見した。これが、わが国へのテレビ導入の最初の契機となった。
カール・ムント演説の骨子は、世界反共政策のための全世界通信ネットワーク構想を早急につくる必要があるというもので、"ビジョン・オブ・アメリカ"と名づけられたこの構想実現の最適地として、第二次世界大戦敗戦国の日本とドイツをあげていた。
日本は東西冷戦構造のまっただなかに置かれ、占領下の鬱積したエネルギーは反米運動に転化しつつあった。
そこに、ムントの提唱する"ビジョン・オブ・アメリカ"構想がそのまま持ち込まれれば、日本人はそれに反発を覚え、かえって共産革命の悪夢が再現する恐れがある。これが、柴田氏がムント構想に懸念を感じた最大の理由だった。
だが、柴田氏にはムント構想を日本流にアレンジして導入する気宇壮大な青写真は描けても、それを実現するだけの資金的裏付けはなかった。そのとき柴田氏の頭に浮かんだのが、戦前の報知新聞時代、何度か顔を会わせたことがある正力松太郎だった。
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絶版という印刷本の宿命を軽々と越えて「幻の書」をあなたの手に!

フィリピン、タイ、メキシコ、イタリア、沖縄。
各地の文化運動の実際にまなびながら、
「流言飛語」生産のための
小さな技術の可能性をきりひらく。

《著者紹介》 津野 海太郎
1938年生まれ。小学生時代、ガリ版による新聞を発行して以来の机上パブリッシャー。出版社での単行本づくりだけでなく、雑誌、ミニコミ誌、DTP新聞などの編集にもたずさわってきた。現在季刊「本とコンピュータ」編集長。著書に『小さなメディアの必要』『歩く書物』『歩くひとりもの』『本とコンピューター』『本はどのように消えてゆくのか』など。

オンデマンド印刷本はこちら(BookParkでのご注文になります)
対象年齢:G
iPad,iPhone(無期限/DL無期限)/PC(閲覧無期限)
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寺山修司研究:プロローグ 寺山修司の存在と不在
映像ギャラリー:ビデオレター 寺山修司 谷川俊太郎
編集後記:編集雑記、書捨コラム、from editors、Topics

寺山修司マガジン VOL.1
対象年齢:G
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価格:¥105(税込み)
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「寺山修司研究 寺山修司 幻の企画集」

 19歳のブルース
 くるみ割り人形
 マルドロールの歌
 助監督
 寺子屋

寺山修司マガジン VOL.2
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1923年(大正12年)鹿児島串木野出身。苦学、応召、敗戦、引き揚げ、組合、入党、レッドパージ。東映入社、教育映画部、東京撮影所プロデューサー。数々の映画そして変転を綴る「わたくしの昭和史」。激動の昭和を生き抜き、数々の映画名作を世に送り出した映画プロデューサーが家族に残すその生い立ち。今田智憲、渡辺亮徳という東映同僚をはじめ、赤川孝一、松本俊夫、野田真吉、岩佐氏寿、豊田敬太、堀内甲、長谷部慶治、大島渚、田坂具隆、寺山修司、安部公房、植草圭之助、大塚康生、安藤昇、佐藤純弥、降旗康男……幾多の映画人との交流・秘話を満載する。

推薦文より
「一読して、これは栗山氏の卓抜な観察眼が描いた日本映画と映画人のグリンプス(横顔)だな、と思った。ここには日本映画の正史から洩れた、チェーホフの短編のようなエピソードが散りばめられている。」(ノンフィクション作家 佐野眞一)

著者について
栗山富郎(くりやまとみろう)1923年(大正12年)鹿児島県串木野生まれ。少年期、青年期を韓国ソウル(京城)で過ごす。応召し、済州島にて終戦。引揚げ後鹿児島で過ごすが、上京し朝鮮時代の職場であった日本窒素(現・チッソ)に復職。組合書記長としてレッドパージ、退職。1951年(昭和26年)設立間もない東映に入社、外国課勤務。1954年(昭和29年)教育映画部設立と同時に企画プロデューサーとなる。『九十九里浜の子供たち』『白鳥物語』『若き日の豊田佐吉』『炭坑(やま)の子』などを企画する。文部省特選、文部大臣賞などを受賞する。1964年(昭和39年)東京撮影所企画部次長兼プロデューサー。『非行少女ヨーコ』『組織暴力』『旅路』『一万三千人の容疑者』などを手がける。1969年(昭和44年)東映退社、『超高層のあけぼの』プロデューサー。ビデオアート(株)を設立、学研映画、共立映画、教配などと自主映画作品を製作。東映動画のプロデューサーも兼務、『湘南爆走族』『キャプテンフューチャー』などを担当する。日本映画テレビプロデューサー協会会員。

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