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	<title>マガジン航[kɔː]</title>
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		<title>「本のアプリ化」をめぐる攻防を妄想する</title>
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		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/31/battle_over_book_as_app/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 30 Aug 2010 23:45:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>magazine_k editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[app]]></category>
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		<category><![CDATA[iPad]]></category>
		<category><![CDATA[アップル]]></category>
		<category><![CDATA[キンドル]]></category>
		<category><![CDATA[脱獄]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

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		<description><![CDATA[posted by yomoyomo
旧聞に属する話ですが、7月末に米著作権局よりデジタルミレニアム著作権法（Digital Millennium Copyright Act、以下DMCA）の新たな適用除外項目が明らかにされました。見直し内容については TechCrunch の記事が分かりやすいのでそのまま引用させてもらいます。
1. 教育上の目的ないし批評のために必要な公正な利用とみなされる範囲で複製を行うため、合法的に所有するDVDの暗号化を無効化すること。
2. ユーザーが合法的に所有するソフトウェアを携帯電話上で実行させることができない場合、そのソフトウェアが実行できるように携帯電話の機能を変更するプログラムを実行すること。（つまりiPhoneを脱獄（Jailbreaking）させてGoogle Voiceを走らせるなど）
3. 携帯電話を予め設定されたネットワークとは別のネットワークに接続させることを可能にするようなプログラムを実行すること。（つまりiPhoneを脱獄させてAT&#38;TではなくT-Mobileに接続させるなど）
4. セキュリティーに関する合理的な試験ないし調査のためにビデオゲームの暗号化 (DRM)を無効にすること。
5. ハードウェア・ドングルによって保護されているソフトウェアについて、そのドングルが製造中止になるなど老朽化した場合に、当該のソフトウェアにドングルの機能を無効にするような改変を加えること。
6. 電子書籍に機械による読み上げを妨げる機能が組み込まれている場合に、その機能を無効化して内容を読み上げること。
DMCAは元々、著作権保持者であるコンテンツ産業の意向が色濃く反映されたもので、著作権保護技術を回避、無効化する手段の公表を禁じるなど著作権法を強化するものであっただけに、適用除外条項の見直し自体はおよそ3年に一度行われていることとはいえ、今回の発表は驚きをもって迎えられました。
DRMは実質的に無効化へ
今回の見直しで最も影響が大きいのは、JailbreakとSIMロック解除の合法化に直面する携帯電話業界、具体的にはアップル製品になります。
電子書籍の分野で直接的に影響があるのは6番目の項目だけで、Jailbreak合法化のようなインパクトに欠けますが、今回の見直しから見える方向性について考えてみます。
まず、今回適用除外条項の対象となった電子書籍のテキスト読み上げ機能ですが、これについては昨年、アマゾンが米作家協会（Authors Guild）からの非難を受け、Kindle 2に新規に追加されたテキスト読み上げ機能を書籍ごとに有効にするかどうか決められるよう譲歩したことが記憶に新しいです。
今回の見直しにより、Kindle 2をハックして、無効にされたテキスト読み上げ機能を復活させることが可能になりましたし、これはテキスト読み上げ機能は著作権法に反しないというアマゾンの主張を後押しするものです。
また個人的には、今回の適用除外項目に研究用や調査目的でDVDやビデオゲームの暗号化を解除すること、つまりDRM（デジタル著作権管理）の無効化を許容する内容が入っていることも重要だと思います。
これは大げさな話ではなく、例えば音楽の世界では、データを再生することしか許さないDRMが、この分野の研究者にとって障害となることが以前から言われています。デジタル化の面で音楽業界とのアナロジーで語られることが多い電子書籍分野で同種の事態が起こるのは避けたいところです。
以前「マガジン航」に寄稿した「電子書籍にDRMは本当に有効か？」において、筆者は以下のように書きました。
DRMの最大の問題は、それがユーザーの利便性、コンテンツの正当な利用さえも損なうことです。特定の動作環境への依存を強いられ、その技術の恒久的な利用が保証されない問題もあります。
ただ利用者にとっての利便性、コンテンツの正当な利用を損なうのは、実はDRMだけではありません。ここからは今回のDMCA見直しの話から離れ、妄想の領域に入ることをお断りした上で話を進めさせてもらいます。

本の「アプリ化」は何をもたらすか
少し前に筆者はボブ・スタインの「appの未来」という文章を訳しました。これは、スタインがしばらくメディア体験の大半をiPadを通して行ったことに思い当たったとき、これから「本」にとって代わる言葉は「app（アプリ）」ではないかとひらめいたことに端を発する文章です。
なぜ「アプリ」が「本」にとって代わるのでしょう。ここで岡本真、仲俣暁生編著『ブックビジネス2.0』に収録された金正勲氏の「「コンテンツ2.0」時代の政策と制度設計」から引用します。
　いままでは紙の本（＝メディア）とその中に含まれる内容（＝コンテンツ）が一体化し、完結した一つのサービスとして提供されていたわけですが、技術の変化やビジネスモデルの革新が進展するに伴い、コンテンツは紙の本という特定のメディアから解放され、さまざまなメディア（デバイスやサービス）と結合できるようになった。つまり（中略）ブックビジネスが、これからは複数のメディアとのさまざまな創造的な組み合わせが可能となり、コンテンツが潜在的にもっている可能性を存分に具現化できる「コンテンツ優位」の時代に突入したと言えます。
ボブ・スタインが「アプリ」が「本」にとって代わると見るのは、金正勲氏が書く「コンテンツ優位」の時代において、かつて紙の本に縛られていたコンテンツに画像や音声や動画を組み合わせることで「本」よりも魅力的な「アプリ」が実現可能と考えるからでしょう。
筆者もこの「コンテンツ優位」の時代になったという認識には同意しますし、既にアマゾンがKindle Appストアを開く予定であることを表明していること、また英ペンギン・ブックスの本というより書籍化されたアプリというべきデモ動画から鑑みるに、「app（アプリ）」という言葉がメディア体験全般を指すようになる日が来ることも想像できなくはありません。
ただ個人的には、ボブ・スタインの見立てに疑問を感じるところもいくつかあります。まず第一点に、複数の種類のコンテンツを組み合わせることがすなわち優れたメディア体験につながるわけではないことです。文字コンテンツと音声や動画の複合というだけなら、それこそ今からおよそ15年前にボイジャー社のCD-ROMマルチメディアコンテンツがあったわけで、あの程度（と書くと叱られそうですが）で「本の未来」とは言えません。
前述のペンギン・ブックスのiPad向け電子書籍のデモ動画について（最近『ネット・バカ』という下品な邦題で新刊が出てしまった）ニコラス・カーは「当たり前のようにおもちゃっぽい」と断じていましたし、電子書籍の未来を感じさせてくれるという触れ込みのAlice for the iPadをみても、一見面白そうですがギミックはすぐに飽きてしまう気がします。
そして二点目に、「本のアプリ化」に出版社が期待することと、読者が電子書籍に期待することに距離があるのではないかという懸念です。
先ごろWired MagazineのThe Web Is Dead. Long Live the Internetという特集が話題になりました。「ウェブは死んだ」というキャッチフレーズがあまりに強烈だったため、その点に釣られた反論が多く見られましたが、クリス・アンダーソン編集長の真意はインターネットの更なる産業化、そしてそれに伴う大企業による囲い込みと半閉鎖的なプラットフォームへのシフトへの警鐘だと筆者は解釈しています。
ボブ・スタインの真意とは異なるでしょうが、アメリカの出版社（特に新聞社や雑誌社）のiPadへの過剰な期待や本のアプリ化の流れも、この「囲い込みと半閉鎖的なプラットフォームへのシフト」と軌を一にするものであり、自由でオープンなウェブの終焉に乗じて復活をもくろむ伝統的なメディア産業という構図が見えます。
現実にはウェブのトラフィックは低迷するどころかずっと伸びており、そう簡単にウェブが死ぬわけもないのですが、それはともかく、問題は出版社が「囲い込みと半閉鎖的なプラットフォームへのシフト」で実現する電子書籍（アプリ）が、読者が期待する電子書籍像と合致するかどうかです。
電子書籍でも「脱獄」が合法化されるかも
ここで再び『ブックビジネス2.0』に収録された津田大介氏の「電子書籍で著者と出版社の関係はどう変わるか」から引用します。
　デジタル時代にはどんな本に対して読者が「所有感」を感じるかといえば、それは間違いなく、「検索できる」ということに対してでしょう。「これ、たしかあの本に書いてあったな」と、自分のなかでは曖昧だったものが、検索するとパッと出てくる。その利便性をビジネスと提供することが、デジタル時代に本の「所有感」を提供することだと思います。
筆者もこの検索性の重視に同意する者ですが、ここまで紹介してきた出版社の取り組みは、どうもこの価値観を尊重しているようには見えないのです。
この「マガジン航」でも深沢英次氏が「電子書籍についての私的考察メモ」において、「特に最近の「電子書籍」に関する話題は、「出版印刷配本ビジネス」としての経済的な側面と「読書のあり方」という文化的事象としての側面が同時に語られてしまい、この話をわかりにくいものにしているとも思う」と書かれていますが、今後「経済的な側面」と電子書籍によって変化する読書のあり方、我々読者の電子書籍への期待といった「文化的事象としての側面」の齟齬が明らかになるにつれ、両者の摩擦は激しくなるでしょう。具体的には出版社の「囲い込みと半閉鎖的なプラットフォーム」をハッキングし、自分たちの望む機能を実現しようとする動きが出てくると筆者は予測します。
そして冒頭のDMCAの話に戻るわけですが、今からおよそ3年後に再度DMCAの適用除外項目が見直しされる際、電子書籍の分野での「脱獄」にあたるものが合法化されるかも、と考えると面白いですね。
■関連記事
・電子書籍にDRMは本当に有効か？
・appの未来
・電子書籍についての私的考察メモ
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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by yomoyomo</p>
<p>旧聞に属する話ですが、7月末に米著作権局よりデジタルミレニアム著作権法（Digital Millennium Copyright Act、以下DMCA）の<a href="http://www.copyright.gov/1201/2010/Librarian-of-Congress-1201-Statement.html" target="_blank">新たな適用除外項目が明らかにされました</a>。見直し内容については <a href="http://jp.techcrunch.com/archives/20100726now-legal-in-the-u-s-jailbreaking-your-iphone-ripping-a-dvd-for-educational-purposes/" target="_blank">TechCrunch の記事</a>が分かりやすいのでそのまま引用させてもらいます。</p>
<blockquote><p>1. 教育上の目的ないし批評のために必要な公正な利用とみなされる範囲で複製を行うため、合法的に所有するDVDの暗号化を無効化すること。</p>
<p>2. ユーザーが合法的に所有するソフトウェアを携帯電話上で実行させることができない場合、そのソフトウェアが実行できるように携帯電話の機能を変更するプログラムを実行すること。（つまりiPhoneを脱獄（Jailbreaking）させてGoogle Voiceを走らせるなど）</p>
<p>3. 携帯電話を予め設定されたネットワークとは別のネットワークに接続させることを可能にするようなプログラムを実行すること。（つまりiPhoneを脱獄させてAT&amp;TではなくT-Mobileに接続させるなど）</p>
<p>4. セキュリティーに関する合理的な試験ないし調査のためにビデオゲームの暗号化 (DRM)を無効にすること。</p>
<p>5. ハードウェア・ドングルによって保護されているソフトウェアについて、そのドングルが製造中止になるなど老朽化した場合に、当該のソフトウェアにドングルの機能を無効にするような改変を加えること。</p>
<p>6. 電子書籍に機械による読み上げを妨げる機能が組み込まれている場合に、その機能を無効化して内容を読み上げること。</p></blockquote>
<p>DMCAは元々、著作権保持者であるコンテンツ産業の意向が色濃く反映されたもので、著作権保護技術を回避、無効化する手段の公表を禁じるなど著作権法を強化するものであっただけに、適用除外条項の見直し自体はおよそ3年に一度行われていることとはいえ、今回の発表は驚きをもって迎えられました。</p>
<h3>DRMは実質的に無効化へ</h3>
<p>今回の見直しで最も影響が大きいのは、JailbreakとSIMロック解除の合法化に直面する携帯電話業界、具体的にはアップル製品になります。</p>
<p>電子書籍の分野で直接的に影響があるのは6番目の項目だけで、Jailbreak合法化のようなインパクトに欠けますが、今回の見直しから見える方向性について考えてみます。</p>
<p>まず、今回適用除外条項の対象となった電子書籍のテキスト読み上げ機能ですが、これについては昨年、アマゾンが米作家協会（Authors Guild）からの非難を受け、Kindle 2に新規に追加されたテキスト読み上げ機能を書籍ごとに有効にするかどうか決められるよう譲歩したことが記憶に新しいです。</p>
<p>今回の見直しにより、Kindle 2をハックして、無効にされたテキスト読み上げ機能を復活させることが可能になりましたし、これはテキスト読み上げ機能は著作権法に反しないというアマゾンの主張を後押しするものです。</p>
<p>また個人的には、今回の適用除外項目に研究用や調査目的でDVDやビデオゲームの暗号化を解除すること、つまりDRM（デジタル著作権管理）の無効化を許容する内容が入っていることも重要だと思います。</p>
<p>これは大げさな話ではなく、例えば音楽の世界では、データを再生することしか許さないDRMが、この分野の研究者にとって障害となることが<a href="http://www.yamdas.org/column/technique/drm_musicj.html" target="_blank">以前から言われています</a>。デジタル化の面で音楽業界とのアナロジーで語られることが多い電子書籍分野で同種の事態が起こるのは避けたいところです。</p>
<p>以前「マガジン航」に寄稿した<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/05/17/dispute_about_drm_for_ebook/" target="_blank">「電子書籍にDRMは本当に有効か？」</a>において、筆者は以下のように書きました。</p>
<blockquote><p>DRMの最大の問題は、それがユーザーの利便性、コンテンツの正当な利用さえも損なうことです。特定の動作環境への依存を強いられ、その技術の恒久的な利用が保証されない問題もあります。</p></blockquote>
<p>ただ利用者にとっての利便性、コンテンツの正当な利用を損なうのは、実はDRMだけではありません。ここからは今回のDMCA見直しの話から離れ、妄想の領域に入ることをお断りした上で話を進めさせてもらいます。</p>
<p><span id="more-3515"></span></p>
<h3>本の「アプリ化」は何をもたらすか</h3>
<p>少し前に筆者はボブ・スタインの<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/10/the_future_of_the_app/" target="_blank">「appの未来」</a>という文章を訳しました。これは、スタインがしばらくメディア体験の大半をiPadを通して行ったことに思い当たったとき、これから「本」にとって代わる言葉は「app（アプリ）」ではないかとひらめいたことに端を発する文章です。</p>
<p>なぜ「アプリ」が「本」にとって代わるのでしょう。ここで岡本真、仲俣暁生編著<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4408108537/" target="_blank">『ブックビジネス2.0』</a>に収録された金正勲氏の「「コンテンツ2.0」時代の政策と制度設計」から引用します。</p>
<blockquote><p>　いままでは紙の本（＝メディア）とその中に含まれる内容（＝コンテンツ）が一体化し、完結した一つのサービスとして提供されていたわけですが、技術の変化やビジネスモデルの革新が進展するに伴い、コンテンツは紙の本という特定のメディアから解放され、さまざまなメディア（デバイスやサービス）と結合できるようになった。つまり（中略）ブックビジネスが、これからは複数のメディアとのさまざまな創造的な組み合わせが可能となり、コンテンツが潜在的にもっている可能性を存分に具現化できる「コンテンツ優位」の時代に突入したと言えます。</p></blockquote>
<p>ボブ・スタインが「アプリ」が「本」にとって代わると見るのは、金正勲氏が書く「コンテンツ優位」の時代において、かつて紙の本に縛られていたコンテンツに画像や音声や動画を組み合わせることで「本」よりも魅力的な「アプリ」が実現可能と考えるからでしょう。</p>
<p>筆者もこの「コンテンツ優位」の時代になったという認識には同意しますし、既にアマゾンがKindle Appストアを開く予定であることを<a href="http://www.telegraph.co.uk/technology/amazon/7045808/Amazon-to-launch-Kindle-app-store.html" target="_blank">表明している</a>こと、また英ペンギン・ブックスの<a href="http://techwave.jp/archives/51408043.html" target="_blank">本というより書籍化されたアプリというべきデモ動画</a>から鑑みるに、「app（アプリ）」という言葉がメディア体験全般を指すようになる日が来ることも想像できなくはありません。</p>
<p>ただ個人的には、ボブ・スタインの見立てに疑問を感じるところもいくつかあります。まず第一点に、複数の種類のコンテンツを組み合わせることがすなわち優れたメディア体験につながるわけではないことです。文字コンテンツと音声や動画の複合というだけなら、それこそ今からおよそ15年前にボイジャー社のCD-ROMマルチメディアコンテンツがあったわけで、あの程度（と書くと叱られそうですが）で「本の未来」とは言えません。</p>
<p>前述のペンギン・ブックスのiPad向け電子書籍のデモ動画について（最近『ネット・バカ』という下品な邦題で新刊が出てしまった）ニコラス・カーは<a href="http://www.roughtype.com/archives/2010/04/the_postbook_bo.php" target="_blank">「当たり前のようにおもちゃっぽい」</a>と断じていましたし、電子書籍の未来を感じさせてくれるという触れ込みの<a href="http://www.youtube.com/watch?v=gew68Qj5kxw" target="_blank">Alice for the iPad</a>をみても、一見面白そうですがギミックはすぐに飽きてしまう気がします。</p>
<p>そして二点目に、「本のアプリ化」に出版社が期待することと、読者が電子書籍に期待することに距離があるのではないかという懸念です。</p>
<div id="attachment_3524" class="wp-caption alignright" style="width: 237px"><img class="size-full wp-image-3524  " title="web_is_dead" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/08/web_is_dead.jpg" alt="WIRED誌の最新号は「ウェブの死」を特集。" width="227" height="302" /><p class="wp-caption-text">WIRED誌の最新号は「ウェブの死」を特集。</p></div>
<p>先ごろWired Magazineの<a href="http://www.wired.com/magazine/2010/08/ff_webrip/all/1" target="_blank">The Web Is Dead. Long Live the Internet</a>という特集が話題になりました。「ウェブは死んだ」というキャッチフレーズがあまりに強烈だったため、その点に釣られた<a href="http://blogs.itmedia.co.jp/akihito/2010/08/post-eb54.html" target="_blank">反論が多く見られました</a>が、クリス・アンダーソン編集長の真意は<a href="http://journal.mycom.co.jp/column/svalley/380/index.html" target="_blank">インターネットの更なる産業化</a>、そしてそれに伴う大企業による囲い込みと半閉鎖的なプラットフォームへのシフトへの警鐘だと筆者は解釈しています。</p>
<p>ボブ・スタインの真意とは異なるでしょうが、アメリカの出版社（特に新聞社や雑誌社）のiPadへの過剰な期待や本のアプリ化の流れも、この「囲い込みと半閉鎖的なプラットフォームへのシフト」と軌を一にするものであり、<a href="http://zen.seesaa.net/article/159794865.html" target="_blank">自由でオープンなウェブの終焉に乗じて復活をもくろむ伝統的なメディア産業</a>という構図が見えます。</p>
<p>現実にはウェブのトラフィックは低迷するどころかずっと伸びており、そう簡単にウェブが死ぬわけもないのですが、それはともかく、問題は出版社が「囲い込みと半閉鎖的なプラットフォームへのシフト」で実現する電子書籍（アプリ）が、読者が期待する電子書籍像と合致するかどうかです。</p>
<h3>電子書籍でも「脱獄」が合法化されるかも</h3>
<p>ここで再び『ブックビジネス2.0』に収録された津田大介氏の「電子書籍で著者と出版社の関係はどう変わるか」から引用します。</p>
<blockquote><p>　デジタル時代にはどんな本に対して読者が「所有感」を感じるかといえば、それは間違いなく、「検索できる」ということに対してでしょう。「これ、たしかあの本に書いてあったな」と、自分のなかでは曖昧だったものが、検索するとパッと出てくる。その利便性をビジネスと提供することが、デジタル時代に本の「所有感」を提供することだと思います。</p></blockquote>
<p>筆者もこの検索性の重視に同意する者ですが、ここまで紹介してきた出版社の取り組みは、どうもこの価値観を尊重しているようには見えないのです。</p>
<p>この「マガジン航」でも深沢英次氏が<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/personal_memorandum_on_ebook/" target="_blank">「電子書籍についての私的考察メモ」</a>において、「特に最近の「電子書籍」に関する話題は、「出版印刷配本ビジネス」としての経済的な側面と「読書のあり方」という文化的事象としての側面が同時に語られてしまい、この話をわかりにくいものにしているとも思う」と書かれていますが、今後「経済的な側面」と電子書籍によって変化する読書のあり方、我々読者の電子書籍への期待といった「文化的事象としての側面」の齟齬が明らかになるにつれ、両者の摩擦は激しくなるでしょう。具体的には出版社の「囲い込みと半閉鎖的なプラットフォーム」をハッキングし、自分たちの望む機能を実現しようとする動きが出てくると筆者は予測します。</p>
<p>そして冒頭のDMCAの話に戻るわけですが、今からおよそ3年後に再度DMCAの適用除外項目が見直しされる際、電子書籍の分野での「脱獄」にあたるものが合法化されるかも、と考えると面白いですね。</p>
<p>■関連記事<br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/05/17/dispute_about_drm_for_ebook/" target="_blank">電子書籍にDRMは本当に有効か？</a><br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/10/the_future_of_the_app/" target="_blank">appの未来</a><br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/personal_memorandum_on_ebook/" target="_blank">電子書籍についての私的考察メモ</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%80%8C%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AA%E5%8C%96%E3%80%8D%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E6%94%BB%E9%98%B2%E3%82%92%E5%A6%84%E6%83%B3%E3%81%99%E3%82%8B+http://bit.ly/bmiAd3+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%80%8C%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%97%E3%83%AA%E5%8C%96%E3%80%8D%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E6%94%BB%E9%98%B2%E3%82%92%E5%A6%84%E6%83%B3%E3%81%99%E3%82%8B+http://bit.ly/bmiAd3+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>読み物コーナーに新記事を追加</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/27/yomimono_tsuika-10/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/27/yomimono_tsuika-10/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Aug 2010 07:03:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>magazine_k editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[EPUB]]></category>
		<category><![CDATA[iPad]]></category>
		<category><![CDATA[iPhone]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

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		<description><![CDATA[posted by 仲俣暁生（「マガジン航」）
「読み物」のコーナーに深沢英次さんによる「電子書籍についての私的考察メモ」を追加しました。深沢さんは以前『ワイアード日本版』でテクニカル・ディレクターを務め、その後も紙と電子の両方で出版とデザインにかかわってきた方です。深沢さんはこの「メモ」（とはいえ、かなり長大な論考です）のなかで、「電子書籍とはなんだろう」ということを、あらためて一から考え直しています。冒頭の部分から少し引用します。
特に最近の「電子書籍」に関する話題は、「出版印刷配本ビジネス」としての経済的な側面と「読書のあり方」という文化的事象としての側面が同時に語られてしまい、この話をわかりにくいものにしているとも思う。ここでは自分自身の思考実験というか、考えのメモみたいな形で「電子書籍とは何か」を少し絞り込んでみよう。
深沢さんの指摘するとおり、電子書籍をめぐる議論が混乱しやすいのは、「電子書籍」という言葉が、ビジネスから文化、テクノロジーにいたる、多くのものを含んだ複合的な概念だからです。
アマゾンやアップル、グーグルなどのプラットフォーム上で売られるコンテンツだけが電子書籍ではなく、これまでの「ケータイ小説」のようなコンテンツも電子書籍です。「パブー」のようなウェブ上のプラットフォームや、電子書籍部の活動などによって草の根的に広がりつつあるコンテンツも電子書籍なら、国立国会図書館やグーグルが進めている過去の書籍のデジタル・アーカイブ化も電子書籍でしょう。
iPadの登場後は「電子雑誌」への関心も高まっており、iPhoneやiPad向けのアプリや雑誌までふくめて「電子書籍」と呼ぶ人も増えています（appこそが未来の電子書籍の中心をなすのでは、と考える人もいます。ボブ・スタイン「appの未来」）。 
キンドルは新しい機種で日本語を含む多国語にも対応し、グーグル・エディションも来年早々に日本でのサービスを開始すると予告しています。日本の大手印刷会社や電機メーカー、書店はそれぞれに独自の電子書籍プラットフォームを構築中で、この秋以降、「電子書籍」をめぐる議論は、一気に現実的かつ具体的な問題にシフトしていくはずです。そのときに必要とされるであろう具体的な議論の叩き台として、この論考をぜひご参照ください。
なお、深沢英次さんは8月26日にポット出版で行われた公開インタビューに登場し、電子雑誌についてのご自身の考えを述べられています（下はその録画です）。「マガジン航」の記事とあわせてこちらもご覧ください。

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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 仲俣暁生（「マガジン航」）</p>
<p>「読み物」のコーナーに深沢英次さんによる<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/personal_memorandum_on_ebook/" target="_blank">「電子書籍についての私的考察メモ」</a>を追加しました。深沢さんは以前『ワイアード日本版』でテクニカル・ディレクターを務め、その後も紙と電子の両方で出版とデザインにかかわってきた方です。深沢さんはこの「メモ」（とはいえ、かなり長大な論考です）のなかで、「電子書籍とはなんだろう」ということを、あらためて一から考え直しています。冒頭の部分から少し引用します。</p>
<blockquote><p>特に最近の「電子書籍」に関する話題は、「出版印刷配本ビジネス」としての経済的な側面と「読書のあり方」という文化的事象としての側面が同時に語られてしまい、この話をわかりにくいものにしているとも思う。ここでは自分自身の思考実験というか、考えのメモみたいな形で「電子書籍とは何か」を少し絞り込んでみよう。</p></blockquote>
<p>深沢さんの指摘するとおり、電子書籍をめぐる議論が混乱しやすいのは、「電子書籍」という言葉が、ビジネスから文化、テクノロジーにいたる、多くのものを含んだ複合的な概念だからです。</p>
<p>アマゾンやアップル、グーグルなどのプラットフォーム上で売られるコンテンツだけが電子書籍ではなく、これまでの「ケータイ小説」のようなコンテンツも電子書籍です。<a href="http://p.booklog.jp/" target="_blank">「パブー」</a>のようなウェブ上のプラットフォームや、<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/05/22/ebook_manifest/" target="_blank">電子書籍部の活動</a>などによって草の根的に広がりつつあるコンテンツも電子書籍なら、国立国会図書館やグーグルが進めている過去の書籍のデジタル・アーカイブ化も電子書籍でしょう。</p>
<p>iPadの登場後は「電子雑誌」への関心も高まっており、iPhoneやiPad向けのアプリや雑誌までふくめて「電子書籍」と呼ぶ人も増えています（appこそが未来の電子書籍の中心をなすのでは、と考える人もいます。<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/10/the_future_of_the_app/" target="_blank">ボブ・スタイン「appの未来」</a>）。 </p>
<p>キンドルは新しい機種で日本語を含む多国語にも対応し、グーグル・エディションも来年早々に日本でのサービスを開始すると予告しています。日本の大手印刷会社や電機メーカー、書店はそれぞれに独自の電子書籍プラットフォームを構築中で、この秋以降、「電子書籍」をめぐる議論は、一気に現実的かつ具体的な問題にシフトしていくはずです。そのときに必要とされるであろう具体的な議論の叩き台として、この論考をぜひご参照ください。</p>
<p>なお、深沢英次さんは8月26日に<a href="http://www.ustream.tv/recorded/9156456" target="_blank">ポット出版で行われた公開インタビュー</a>に登場し、電子雑誌についてのご自身の考えを述べられています（下はその録画です）。「マガジン航」の記事とあわせてこちらもご覧ください。</p>
<p><object id="utv495601" classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000" width="480" height="386" codebase="http://download.macromedia.com/pub/shockwave/cabs/flash/swflash.cab#version=6,0,40,0"><param name="name" value="utv_n_166869" /><param name="flashvars" value="loc=%2F&amp;autoplay=false&amp;vid=9156456&amp;locale=ja_JP" /><param name="allowfullscreen" value="true" /><param name="allowscriptaccess" value="always" /><param name="src" value="http://www.ustream.tv/flash/video/9156456?v3=1" /><embed id="utv495601" type="application/x-shockwave-flash" width="480" height="386" src="http://www.ustream.tv/flash/video/9156456?v3=1" flashvars="loc=%2F&amp;autoplay=false&amp;vid=9156456&amp;locale=ja_JP" allowfullscreen="true" allowscriptaccess="always" name="utv_n_166869"></embed></object></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E8%AA%AD%E3%81%BF%E7%89%A9%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%AB%E6%96%B0%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%82%92%E8%BF%BD%E5%8A%A0+http://bit.ly/bT4zC0+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E8%AA%AD%E3%81%BF%E7%89%A9%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%AB%E6%96%B0%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%82%92%E8%BF%BD%E5%8A%A0+http://bit.ly/bT4zC0+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>北欧から見たヨーロッパ電子書籍事情</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/16/ebook_market_in_eu_and_northern_europe/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/16/ebook_market_in_eu_and_northern_europe/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 15 Aug 2010 22:57:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>magazine_k editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[レポート]]></category>
		<category><![CDATA[iPad]]></category>
		<category><![CDATA[アマゾン]]></category>
		<category><![CDATA[キンドル]]></category>
		<category><![CDATA[スウェーデン]]></category>
		<category><![CDATA[北欧]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=3399</guid>
		<description><![CDATA[posted by アカネ・カワサキ・エンストロム （北欧Watch）
欧州北部の僻地からネット上の電子書籍や電子出版に関する記事を追っていて、アメリカや日本とは違う温度差をいつも感じていた。
ヨーロッパの電子書籍販売に関するブログ FUTUREeBOOK で、欧州の電子書籍マーケットの動きがアメリカにくらべて鈍い理由として、①ヨーロッパの多様な言語の電子書籍を一箇所で買えるような共通プラットホームがないこと、②電子書籍にかかる付加価値税 (VAT) が紙の本にかかる付加価値税より高いこと、③電子書籍を出版するために翻訳料などのコストがかかり利益率が薄いので出版社が手を出さないこと、などが挙げられていた。その結果、多くの読者が安価な英語の電子書籍を海外サイトから直接買い寄せるようになっているということだった。
スウェーデンの電子書籍事情もだいたいそのようなものだと思ったが、まずは電子書籍の制作流通会社であるELib社に連絡をとってスウェーデンや他の北欧諸国、EUの現状を聞いてみることにした。いきなりツイッター上でインタビューを申し込んだところ、社長のJohan Greiff氏から快く承諾の返事をもらった。
アメリカに比べれば数年遅れ
「英国の電子書籍の流通はアメリカの約2年遅れ、スウェーデンは英国からさらに2年遅れぐらいと考えていいと思います。」と、インタビューに同席してくれた制作担当のBjörn Waller氏は言う。


同じ英語圏の英国では1998年にAmazon UK がオープンし、2010年5月にアップルのiBookstoreが、また2010年8月5日には40万タイトルが購入可能なAmazonキンドルストアーがオープンした。ただ今のところ予約のみで、実際は新しいKindle2機種が発売される8月27日まで待たなければならない。
英語がよく通じる北欧では、英語のベストセラーをわざわざ北欧各国語に翻訳しなくても、たいていの人が英語の本を直接読めるのではと聞いてみたところ、
「スウェーデン人は自分たちが思っているほど実際には英語は上手くないですよ」とWaller氏が笑って言う。やはり読書は母国語でするのが一番楽、だから母国語教育は大切だ。ベストセラーの多くが英語だが、それを例えばスウェーデン語に翻訳して電子書籍にしても、25％の付加価値税を加えると読者には高い買い物になる。
スウェーデンでは2002年に紙の書籍にかかる付加価値税 (VAT) が25％から6％に下げられたので、2007年頃まではそれが紙の書籍の売上増に貢献していたが、それもここ数年頭打ちになっている。付加価値税の値下げは電子書籍には適用されていない。税の問題ではなく、本の買い方や読書のスタイルが根本的に変化してきているのだろう。（参考資料： EU諸国の付加価値税VATリスト）
北欧ではiPadもまだ発売されず
電子書籍の読書用端末はソニーをはじめ北欧市場でも何種類か販売されているが iPadはまだ販売されていない。デンマークやスウェーデンでは普及させるため電子書籍と抱合せで一部端末が販売されたりしている。実際にはそれらが十分普及する前にスマートフォン、iPhone、 iPad、あるいはその後の段階へ一足飛びに発展していくのではないかとWaller氏は予測している。

英国Kindleストアーをはじめ、ドイツの電子書籍ポータルでも、ベストセラートップ10には、現在スウェーデンのスティーグ・ラーソン(Stieg Larsson)の作品が3冊並んでいる。一作目 &#8220;The Girl With the Dragon Tattoo&#8221; （邦訳タイトルは『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』）は、キンドルによるミリオンセラーの最初の本になったので、逆にスウェーデン語の本をもっと英語や他の外国語に翻訳して売り出せばと言ったら、
「スティーグ・ラーソンは例外中の例外で、その後に続くものがずーっとなくて、後ろの方にやっと児童文学のアストリッド・リンドグレーンが入るぐらいですよ。英語圏では特に翻訳本は売れないというのが相場です」とWaller氏。それでもスティーグ・ラーソンのお陰で、翻訳本を読まなかった読者層が北欧の他のミステリー作家の作品に興味を示すようになったことは喜ばしい。（WSJ日本語記事参照）

電子書籍の価格は？
アメリカ同様、こちらのメディアでよく取り上げられているのが電子書籍の価格の問題である。社長のJohan Greiffがスウェーデンの電子書籍の流通過程でどのように価格が付けられてゆくかを図で説明してくれた。
ELib社はスウェーデンの大手出版社4社が出資して設立された電子書籍の制作会社で、出版元が決めた「F価格」と呼ばれる価格に制作費を上乗せして、国内にある240ヶ所の図書館とAdlibris (Bonniersメディアグループが最大株主) やBokus (書店最大手Akademibokhandelnと2008年合併) に代表されるオンラインストアー30社に配本しているということだった。公共サービスの図書館が大事な顧客というところがスウェーデンらしい。電子書籍の価格を誰が決めるのかについては、販売元モデル、代理店モデル、直販モデル、その他これまで議論の対象になったモデルがここに詳しく解説されているので参考になる。
ELib社は世界で初めてDRMフリーの電子書籍を販売した会社でもある。メーカー毎に異なるDRMを廃し、もっとソーシャルな電子透かし (Digital Watermarking) を導入したとWaller氏。同じようにこれを採用したドイツでもこれまで違法コピーされたケースは出ておらず役に立っているという話だった。
北欧は四カ国の人口を合わせても2500万ほどの小さいマーケットだが、電子書籍の売上は毎年倍々に増えている。今はそれでもまだ夜明け前といったところだ。
■関連記事
・スウェーデンの電子書籍を図書館で借りてみた
・米ミステリー界へ海外から新たな旋風（ウォール・ストリート・ジャーナル日本版）
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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by アカネ・カワサキ・エンストロム （<a href="http://hokuo.blogspot.com/" target="_blank">北欧Watch</a>）</p>
<p>欧州北部の僻地からネット上の電子書籍や電子出版に関する記事を追っていて、アメリカや日本とは違う温度差をいつも感じていた。</p>
<p>ヨーロッパの電子書籍販売に関するブログ <a href="http://www.futurebook.net/content/why-theres-no-eu-kindle-view-european-suburb" target="_blank">FUTUREeBOOK </a>で、欧州の電子書籍マーケットの動きがアメリカにくらべて鈍い理由として、①ヨーロッパの多様な言語の電子書籍を一箇所で買えるような共通プラットホームがないこと、②電子書籍にかかる付加価値税 (VAT) が紙の本にかかる付加価値税より高いこと、③電子書籍を出版するために翻訳料などのコストがかかり利益率が薄いので出版社が手を出さないこと、などが挙げられていた。その結果、多くの読者が安価な英語の電子書籍を海外サイトから直接買い寄せるようになっているということだった。</p>
<p>スウェーデンの電子書籍事情もだいたいそのようなものだと思ったが、まずは電子書籍の制作流通会社である<a href="http://www.elib.se/" target="_blank">ELib社</a>に連絡をとってスウェーデンや他の北欧諸国、EUの現状を聞いてみることにした。いきなりツイッター上でインタビューを申し込んだところ、社長のJohan Greiff氏から快く承諾の返事をもらった。</p>
<h3>アメリカに比べれば数年遅れ</h3>
<p>「英国の電子書籍の流通はアメリカの約2年遅れ、スウェーデンは英国からさらに2年遅れぐらいと考えていいと思います。」と、インタビューに同席してくれた制作担当のBjörn Waller氏は言う。</p>
<div class="mceTemp">
<div id="attachment_3401" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><img class="size-full wp-image-3401" title="hokuo_01" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/08/hokuo_011.JPG" alt="社長のJohan Greiff氏とプロダクション担当のBjörn Waller氏（右）" width="400" height="300" /><p class="wp-caption-text">社長のJohan Greiff氏とプロダクション担当のBjörn Waller氏（右）</p></div>
</div>
<p>同じ英語圏の英国では1998年に<a href="http://www.amazon.co.uk/" target="_blank">Amazon UK </a>がオープンし、2010年5月にアップルのiBookstoreが、また2010年8月5日には40万タイトルが購入可能な<a href="http://www.amazon.co.uk/Kindle-Store/b/?ie=UTF8&amp;node=341677031" target="_blank">Amazonキンドルストアー</a>がオープンした。ただ今のところ予約のみで、実際は新しいKindle2機種が発売される8月27日まで待たなければならない。</p>
<p>英語がよく通じる北欧では、英語のベストセラーをわざわざ北欧各国語に翻訳しなくても、たいていの人が英語の本を直接読めるのではと聞いてみたところ、<br />
「スウェーデン人は自分たちが思っているほど実際には英語は上手くないですよ」とWaller氏が笑って言う。やはり読書は母国語でするのが一番楽、だから母国語教育は大切だ。ベストセラーの多くが英語だが、それを例えばスウェーデン語に翻訳して電子書籍にしても、25％の付加価値税を加えると読者には高い買い物になる。</p>
<p>スウェーデンでは2002年に紙の書籍にかかる付加価値税 (VAT) が25％から6％に下げられたので、2007年頃まではそれが紙の書籍の売上増に貢献していたが、それもここ数年頭打ちになっている。付加価値税の値下げは電子書籍には適用されていない。税の問題ではなく、本の買い方や読書のスタイルが根本的に変化してきているのだろう。（参考資料： <a href="http://www.ebf-eu.org/documents/Book%20Trade%20in%20Europe%20updated%2002072010.pdf" target="_blank">EU諸国の付加価値税VATリスト</a>）</p>
<h3>北欧ではiPadもまだ発売されず</h3>
<p>電子書籍の読書用端末はソニーをはじめ北欧市場でも<a href="http://www.adlibris.com/se/lettoEreaders.aspx" target="_blank">何種類か販売されている</a>が iPadはまだ販売されていない。デンマークやスウェーデンでは普及させるため電子書籍と抱合せで一部端末が販売されたりしている。実際にはそれらが十分普及する前にスマートフォン、iPhone、 iPad、あるいはその後の段階へ一足飛びに発展していくのではないかとWaller氏は予測している。</p>
<p><object classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000" width="450" height="300" codebase="http://download.macromedia.com/pub/shockwave/cabs/flash/swflash.cab#version=6,0,40,0"><param name="allowFullScreen" value="true" /><param name="allowScriptAccess" value="always" /><param name="src" value="http://www.youtube.com/v/iAZCr6canvw&amp;color1=0xb1b1b1&amp;color2=0xd0d0d0&amp;hl=en_US&amp;feature=player_embedded&amp;fs=1" /><param name="allowfullscreen" value="true" /><embed type="application/x-shockwave-flash" width="450" height="300" src="http://www.youtube.com/v/iAZCr6canvw&amp;color1=0xb1b1b1&amp;color2=0xd0d0d0&amp;hl=en_US&amp;feature=player_embedded&amp;fs=1" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object></p>
<p>英国Kindleストアーをはじめ、<a href="http://www.libreka.de/" target="_blank">ドイツの電子書籍ポータル</a>でも、ベストセラートップ10には、現在スウェーデンのスティーグ・ラーソン(Stieg Larsson)の作品が3冊並んでいる。一作目 &#8220;The Girl With the Dragon Tattoo&#8221; （邦訳タイトルは『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』）は、キンドルによるミリオンセラーの最初の本になったので、逆にスウェーデン語の本をもっと英語や他の外国語に翻訳して売り出せばと言ったら、</p>
<p>「スティーグ・ラーソンは例外中の例外で、その後に続くものがずーっとなくて、後ろの方にやっと児童文学のアストリッド・リンドグレーンが入るぐらいですよ。英語圏では特に翻訳本は売れないというのが相場です」とWaller氏。それでもスティーグ・ラーソンのお陰で、翻訳本を読まなかった読者層が北欧の他のミステリー作家の作品に興味を示すようになったことは喜ばしい。（<a href="http://jp.wsj.com/Life-Style/node_79327" target="_blank">WSJ日本語記事参照</a>）</p>
<p><span id="more-3399"></span></p>
<h3>電子書籍の価格は？</h3>
<p>アメリカ同様、こちらのメディアでよく取り上げられているのが電子書籍の価格の問題である。社長のJohan Greiffがスウェーデンの電子書籍の流通過程でどのように価格が付けられてゆくかを図で説明してくれた。</p>
<p>ELib社はスウェーデンの大手出版社4社が出資して設立された電子書籍の制作会社で、出版元が決めた「F価格」と呼ばれる価格に制作費を上乗せして、国内にある240ヶ所の図書館と<a href="http://www.adlibris.com/se/default.aspx" target="_blank">Adlibris</a> (Bonniersメディアグループが最大株主) や<a href="http://www.bokus.com/se/start.shtml" target="_blank">Bokus</a> (書店最大手Akademibokhandelnと2008年合併) に代表されるオンラインストアー30社に配本しているということだった。公共サービスの図書館が大事な顧客というところがスウェーデンらしい。電子書籍の価格を誰が決めるのかについては、販売元モデル、代理店モデル、直販モデル、その他これまで議論の対象になったモデルが<a href="http://www.ipublishcentral.com/campaign/IPC-Newsletter/nl_aug10/market_watch.html" target="_blank">ここ</a>に詳しく解説されているので参考になる。</p>
<div id="attachment_3403" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><img class="size-full wp-image-3403" title="hokuo_02" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/08/hokuo_021.JPG" alt="キャプション入れる" width="400" height="300" /><p class="wp-caption-text">Johan Greiff 社長が説明してくれた電子書籍の流通経路と料金設定の図</p></div>
<p>ELib社は世界で初めてDRMフリーの電子書籍を販売した会社でもある。メーカー毎に異なるDRMを廃し、もっとソーシャルな<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E5%AD%90%E9%80%8F%E3%81%8B%E3%81%97" target="_blank">電子透かし </a>(<a href="http://en.wikipedia.org/wiki/Digital_watermarking" target="_blank">Digital Watermarking</a>) を導入したとWaller氏。同じようにこれを採用したドイツでもこれまで違法コピーされたケースは出ておらず役に立っているという話だった。</p>
<p>北欧は四カ国の人口を合わせても2500万ほどの小さいマーケットだが、電子書籍の売上は毎年倍々に増えている。今はそれでもまだ夜明け前といったところだ。</p>
<p>■関連記事<br />
・<a title="スウェーデンの電子書籍を図書館で借りてみた のパーマリンク" rel="bookmark" href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2009/10/29/elibrary_in_sweden/">スウェーデンの電子書籍を図書館で借りてみた</a><br />
・<a href="http://jp.wsj.com/Life-Style/node_79327" target="_blank">米ミステリー界へ海外から新たな旋風（ウォール・ストリート・ジャーナル日本版）</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E5%8C%97%E6%AC%A7%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A6%8B%E3%81%9F%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91%E9%9B%BB%E5%AD%90%E6%9B%B8%E7%B1%8D%E4%BA%8B%E6%83%85+http://bit.ly/by5oZT+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E5%8C%97%E6%AC%A7%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A6%8B%E3%81%9F%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91%E9%9B%BB%E5%AD%90%E6%9B%B8%E7%B1%8D%E4%BA%8B%E6%83%85+http://bit.ly/by5oZT+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ソーシャルリーディングは電子書籍の夢を見るか</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/14/do_ebook_dream_of_social_reading/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/14/do_ebook_dream_of_social_reading/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 13 Aug 2010 22:44:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>magazine_k editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ソーシャルリーディング]]></category>
		<category><![CDATA[ニコニコ動画]]></category>
		<category><![CDATA[読書]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

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		<description><![CDATA[posted by 旅烏（ブログ「万来堂日記2nd」管理人）
最近、ソーシャルリーディングという言葉を目にする機会が多いですな。
正直「ソーシャルリーディング」が一体何なんだかよくわかっていないんですが、「読書体験の共有」によってコミュニティを形作るのがなんだか面白そうだしお金にもなりそうってなことのようでございまして。
Amazonの電子書籍端末kindleにもポピュラーハイライトという、ユーザーがひいたアンダーラインを共有できる機能があるそうでございますし、他にも既に複数のウェブサービスが存在します。この文章を書いているのは2010年8月11日なんですけれど、日本初のサービスでもQlippyというものが開始したそうですし。
その他にも読書関連サービス、例えば私が使っているのは読書メーターですが、読み終わった本にコメントを付けることができ、気に入ったコメントには星をつけたりできるわけで、これもソーシャルリーディングっぽい香りがしますです。作家の円城塔さんのコメントなんか、短くて鋭くて面白いですよ。
ニコニコ動画のコメント機能との類似
さて、そんなこんなで電子書籍が話題になるのと同期するようにちらほらと話題になり始めたソーシャルリーディングですが、ソーシャルリーディング関係の記事につけられたソーシャルブックマーク……なんかややこしいな……のコメントを見てみますと、お馴染みニコニコ動画のコメント機能を連想する方も多いようで、私なんかもそのクチであります。おお、動画投稿サイト。おお、電子電子。
これからの電子書籍時代を生きるヘッズたちのキーワードはソーシャルリーディングでクラウド化でモバゲーでappでフリーミアムでiPadでkindleして京都アニメーションですよ。これは流行る。
ご存じのとおり、ニコニコ動画の特徴は、コメントで疑似的なライブ感を味わえるところですよね。黒字化も達成し、権利者による公式配信も増え、順風満帆なニコニコ動画でございますが、違法に投稿された動画と権利者とのイタチごっこは依然として続いているわけでして。
そんな戦いの場となったコンテンツのひとつに「さよなら絶望放送」というラジオコンテンツがございます。アニメイトTVで配信されているウェブラジオでして、アニメ「さよなら絶望先生」と連動したラジオです。原作のコミック、大好きですとも。
このラジオが大人気だそうでして。ニコニコ動画にも違法にアップされたのですが、違法ですので権利者の要請で当然消されるわけです。
そんなことを何度も何度も繰り返した結果、ユーザーはどんな方法を編み出したでしょうか？　それは、ユーザーの間でszbh方式と呼ばれる方法でありました。詳しい解説はこちらをどうぞ。つまり、鑑賞の対象となるラジオ番組そのもの・コンテンツを全く含まない、コメント専用の動画、皆で連動しコミュニティを形成するためだけの場を自分たちで用意したのです。
ニコニコ動画のヘビーユーザー、いわゆるニコ厨にはすっかりお馴染みのszbh方式ですが、この現象にソーシャルリーディングの光を当てると面白いことに思い当ります。そうです。別にコンテンツの電子化は必須じゃないんですよ。

紙の本での読書もソーシャル化は可能
先に読書メーターのコメント機能について触れましたが、もちろん読書メーターは電子書籍を対象にしたものではありません（将来的にはわかりませんが）。同じようにSNS的な読書関連サービスは他にも複数存在しています。
技術的なことはもうからっきしなんですが、ある本のある部分……何ページ目とか、何ページの何行目とか……に対してコメントを付ける、という機能は実現不可能でしょうか。そんなことはない気がします。
いま現在、多くの人が電子書籍の夢を語っています。そしてそういった人たちの多くはソーシャルリーディングの夢も一緒に語っています。だから私たちはついつい錯覚してしまいます。「ああ、電子書籍のユートピアではソーシャルリーディングが実現するんだ」
違います、違います。もちろんそれは別の夢なのです。確かに電子書籍とソーシャルリーディングは相性がいいのでしょう。それでもそれぞれ別の夢なのです。あなたが本屋で手に取ったその本について、あなたが枕の横に積み上げているその本について、ネット上でコミュニティを形成できるんです。
ニコニコ動画では多くの再生数を集めたり、多くのマイリスト数（「お気に入りに登録」みたいなものですね。念のため）、多くのコメント数を集めた動画はランキングの上位にランクインし、多くのユーザーが注目します。それなら、本についてのコミュニティの動きの活発さが可視化されたならば、注目を集めない道理があるでしょうか？
「口コミ」が「ネットでの口コミ」になり、さらにそれが「可視化されたコミュニティの活発さ」になっていくのです。そしてそれらのコミュニティ群は、電子書籍だけではなく全ての書籍に開かれたものになり得るんです。ソーシャルリーディングなんていう面白そうなものを、電子書籍なんぞに独占させてはいけません。
そんな未来を、私は夢見ています。
■関連記事
・キンドルで読書体験の共有が可能に 
・読書体験のクラウド化
 Tweet This Post]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 旅烏（ブログ<a href="http://d.hatena.ne.jp/banraidou/" target="_blank">「万来堂日記2nd」</a>管理人）</p>
<p>最近、ソーシャルリーディングという言葉を目にする機会が多いですな。</p>
<p>正直「ソーシャルリーディング」が一体何なんだかよくわかっていないんですが、「読書体験の共有」によってコミュニティを形作るのがなんだか面白そうだしお金にもなりそうってなことのようでございまして。</p>
<p>Amazonの電子書籍端末kindleにもポピュラーハイライトという、<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/06/20/read_sharing_on_kindle/" target="_blank">ユーザーがひいたアンダーラインを共有できる機能がある</a>そうでございますし、他にも既に複数のウェブサービスが存在します。この文章を書いているのは2010年8月11日なんですけれど、日本初のサービスでも<a href="http://qlippy.com/session/new" target="_blank">Qlippy</a>というものが開始したそうですし。</p>
<p>その他にも読書関連サービス、例えば私が使っているのは<a href="http://book.akahoshitakuya.com/" target="_blank">読書メーター</a>ですが、読み終わった本にコメントを付けることができ、気に入ったコメントには星をつけたりできるわけで、これもソーシャルリーディングっぽい香りがしますです。作家の円城塔さんのコメントなんか、短くて鋭くて面白いですよ。</p>
<h3>ニコニコ動画のコメント機能との類似</h3>
<p>さて、そんなこんなで電子書籍が話題になるのと同期するようにちらほらと話題になり始めたソーシャルリーディングですが、ソーシャルリーディング関係の記事につけられたソーシャルブックマーク……なんかややこしいな……のコメントを見てみますと、お馴染み<a href="http://www.nicovideo.jp/" target="_blank">ニコニコ動画</a>のコメント機能を連想する方も多いようで、私なんかもそのクチであります。おお、動画投稿サイト。おお、電子電子。</p>
<p>これからの電子書籍時代を生きるヘッズたちのキーワードはソーシャルリーディングでクラウド化でモバゲーでappでフリーミアムでiPadでkindleして<a href="http://www.kyotoanimation.co.jp/" target="_blank">京都アニメーション</a>ですよ。これは流行る。</p>
<p>ご存じのとおり、ニコニコ動画の特徴は、コメントで疑似的なライブ感を味わえるところですよね。黒字化も達成し、権利者による公式配信も増え、順風満帆なニコニコ動画でございますが、違法に投稿された動画と権利者とのイタチごっこは依然として続いているわけでして。</p>
<p>そんな戦いの場となったコンテンツのひとつに<a href="http://www.animate.tv/radio/szbh/" target="_blank">「さよなら絶望放送」</a>というラジオコンテンツがございます。アニメイトTVで配信されているウェブラジオでして、アニメ「さよなら絶望先生」と連動したラジオです。原作のコミック、大好きですとも。</p>
<p>このラジオが大人気だそうでして。ニコニコ動画にも違法にアップされたのですが、違法ですので権利者の要請で当然消されるわけです。</p>
<p>そんなことを何度も何度も繰り返した結果、ユーザーはどんな方法を編み出したでしょうか？　それは、ユーザーの間でszbh方式と呼ばれる方法でありました。詳しい解説は<a href="http://dic.nicovideo.jp/a/szbh%E6%96%B9%E5%BC%8F" target="_blank">こちらをどうぞ</a>。つまり、鑑賞の対象となるラジオ番組そのもの・コンテンツを全く含まない、コメント専用の動画、皆で連動しコミュニティを形成するためだけの場を自分たちで用意したのです。</p>
<p>ニコニコ動画のヘビーユーザー、いわゆるニコ厨にはすっかりお馴染みのszbh方式ですが、この現象にソーシャルリーディングの光を当てると面白いことに思い当ります。そうです。別にコンテンツの電子化は必須じゃないんですよ。</p>
<p><span id="more-3372"></span></p>
<h3>紙の本での読書もソーシャル化は可能</h3>
<p>先に読書メーターのコメント機能について触れましたが、もちろん読書メーターは電子書籍を対象にしたものではありません（将来的にはわかりませんが）。同じようにSNS的な読書関連サービスは他にも複数存在しています。</p>
<p>技術的なことはもうからっきしなんですが、ある本のある部分……何ページ目とか、何ページの何行目とか……に対してコメントを付ける、という機能は実現不可能でしょうか。そんなことはない気がします。</p>
<p>いま現在、多くの人が電子書籍の夢を語っています。そしてそういった人たちの多くはソーシャルリーディングの夢も一緒に語っています。だから私たちはついつい錯覚してしまいます。「ああ、電子書籍のユートピアではソーシャルリーディングが実現するんだ」</p>
<p>違います、違います。もちろんそれは別の夢なのです。確かに電子書籍とソーシャルリーディングは相性がいいのでしょう。それでもそれぞれ別の夢なのです。あなたが本屋で手に取ったその本について、あなたが枕の横に積み上げているその本について、ネット上でコミュニティを形成できるんです。</p>
<p>ニコニコ動画では多くの再生数を集めたり、多くのマイリスト数（「お気に入りに登録」みたいなものですね。念のため）、多くのコメント数を集めた動画はランキングの上位にランクインし、多くのユーザーが注目します。それなら、本についてのコミュニティの動きの活発さが可視化されたならば、注目を集めない道理があるでしょうか？</p>
<p>「口コミ」が「ネットでの口コミ」になり、さらにそれが「可視化されたコミュニティの活発さ」になっていくのです。そしてそれらのコミュニティ群は、電子書籍だけではなく全ての書籍に開かれたものになり得るんです。ソーシャルリーディングなんていう面白そうなものを、電子書籍なんぞに独占させてはいけません。</p>
<p>そんな未来を、私は夢見ています。</p>
<p>■関連記事<br />
・<a title="キンドルで読書体験の共有が可能に" href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/06/20/read_sharing_on_kindle/" target="_blank">キンドルで読書体験の共有が可能に </a><br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/03/19/cloud_reading/" target="_blank">読書体験のクラウド化</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%AF%E9%9B%BB%E5%AD%90%E6%9B%B8%E7%B1%8D%E3%81%AE%E5%A4%A2%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%82%8B%E3%81%8B+http://bit.ly/clEjLV+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%AF%E9%9B%BB%E5%AD%90%E6%9B%B8%E7%B1%8D%E3%81%AE%E5%A4%A2%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%82%8B%E3%81%8B+http://bit.ly/clEjLV+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>appの未来</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/10/the_future_of_the_app/</link>
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		<pubDate>Tue, 10 Aug 2010 03:19:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>magazine_k editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[app]]></category>
		<category><![CDATA[iPad]]></category>
		<category><![CDATA[iPhone]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=3343</guid>
		<description><![CDATA[posted by ボブ・スタイン (Bob Stein)
未来を展望すると、来るべき本に取って代わるものが何であれ、それを「本」とは呼ばないだろうと考えてか、いろんな人が私に、どうして自分たちのグループを「本の未来研究所(The Institute for the Future of the Book)」と名付けたのかよく聞いてくる。
私の答えは一貫して以下のような感じだ：時間と空間を超えて考えを伝えるのに不可欠な仕組みとして、本に取って代わるものが「本」と呼ばれなさそうなのはその通りだが、まだそれにあてはまる言葉がない以上、「対話未来研究所」とか「本の後継者について考える研究所」よりも「本」のほうが有効だ。私は、いつか新たな目的を表現する言葉、あるいは一連の行動を指す言葉が、現実に本に取って代わる有力なメディア形態の意味となる日が来るであろうことを示唆して回答を締めくくっている。
私はいつも、何年後か年十年後にその日がくると考えてきた。だが最近、フラックス弦楽四重奏団がモートン・フェルドマンの弦楽四重奏曲第一番を演奏するのをイーストリバーを優雅に揺れる遊覧船の上で聞いているとき、突然その第一候補が浮かんだ――「app」だ。自分が期待していたようなこぎれいだったり表現豊かな言葉ではないが、これが適切に思える。
それがひらめいた瞬間はこんな感じだった……フリードマンの曲に意識を向けたりほかの事に気をやったりしていると、自分がこの六週間、読み物の大半を済ませただけでなく、今お気に入りのSoundDropなど表現力豊かなゲームを遊んだり、電子メールに答えたり、ウェブサーフィンしたり、動画を見たり、音楽を聞くのにiPadを使っていることに思い当たったのだ。iPadは、コンピュータやiPodやiPhoneよりも私のメディア領域の中心に位置している。私が読む文章は、以前なら「本」と呼ぶ物に入っていたものだ。映画はテープ、レーザーディスク、DVDに入っていたし、音楽ならレコードやCDだし、ゲームならカートリッジやCDになる。今やそれらすべてが私のiPadに何らかのappとして入っている。
メディア形式の違いは、二十世紀半ばのアナログ時代の頃はずっと重要だった。1950年なには、誰も小説を映画と混同したり、曲とテレビ番組を混同したりはしなかった。しかし今日では、動画シーケンス付きの電子書籍や、豊富なテキストベースの補足資料付きで発売される映画がある。レディ・ガガは音楽スターだろうか、それともビデオスターだろうか？
このあらゆるメディア形式の平坦化が長期的に引き起こすものや多様なapp体験を深く理解するにはもう少し時間がかかるだろうが、「app」という言葉が主導権に近づいていると言うには早すぎるとは思わない。
昔は本があり、映画があり、曲があった。今はそれらすべてが一つのカテゴリ――app――に束ねられつつあって、接頭辞によりさらに詳しく説明されることになる。今日では映画にバックストーリーがあり、ウェブでファンの詳しい解説が読めることや、新たな小説形式がメディアの複合物を探求し利用することを想像するのは容易だ。かつては何かしら意味があった本、曲、映画という分類は、誰もが他の形式を組み入れることが可能なこの流動的なデジタル分野では明確な意味を失ってしまっている。メディアの不可知論と包括的な流動性において、「app」という言葉はこの展望を既に表現している。
「本」という言葉を考えてみる。「本」はそれ自体では通常、最低限定義された有形物、入れ物の総称を指す。そこに修飾語句がついて初めて、それが小説か、ノンフィクションか、料理本か、教科書か、画集か、児童書か、ハウツー本か、絵本か、歴史書か、宗教書かなどその中身について十分に知ることになる。
この観点からすると、「app」も既にその域に到達している。ブックアプリ、料理アプリ、映画アプリ、ゲームアプリ、生産性アプリ、ハウツーアプリ、子供用アプリ、音楽アプリ、写真アプリなどすべて手に入る。そしてもちろん、周知の用語として急速に浸透しつつあるApp Storeという言葉が我々にはある。
そう、だから……私は今ちょっとこの文章を離れ、futureoftheapp.orgのドメインを登録したところである。
（日本語訳 yomoyomo）
※この記事のオリジナルはこちら
the future of the app
 Tweet This Post]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by ボブ・スタイン (Bob Stein)</p>
<p>未来を展望すると、来るべき本に取って代わるものが何であれ、それを「本」とは呼ばないだろうと考えてか、いろんな人が私に、どうして自分たちのグループを<a href="http://www.futureofthebook.org/" target="_blank">「本の未来研究所(The Institute for the Future of the Book)」</a>と名付けたのかよく聞いてくる。</p>
<p>私の答えは一貫して以下のような感じだ：時間と空間を超えて考えを伝えるのに不可欠な仕組みとして、本に取って代わるものが「本」と呼ばれなさそうなのはその通りだが、まだそれにあてはまる言葉がない以上、「対話未来研究所」とか「本の後継者について考える研究所」よりも「本」のほうが有効だ。私は、いつか新たな目的を表現する言葉、あるいは一連の行動を指す言葉が、現実に本に取って代わる有力なメディア形態の意味となる日が来るであろうことを示唆して回答を締めくくっている。</p>
<p>私はいつも、何年後か年十年後にその日がくると考えてきた。だが最近、フラックス弦楽四重奏団がモートン・フェルドマンの弦楽四重奏曲第一番を演奏するのをイーストリバーを優雅に揺れる遊覧船の上で聞いているとき、突然その第一候補が浮かんだ――「app」だ。自分が期待していたようなこぎれいだったり表現豊かな言葉ではないが、これが適切に思える。</p>
<p>それがひらめいた瞬間はこんな感じだった……フリードマンの曲に意識を向けたりほかの事に気をやったりしていると、自分がこの六週間、読み物の大半を済ませただけでなく、今お気に入りのSoundDropなど表現力豊かなゲームを遊んだり、電子メールに答えたり、ウェブサーフィンしたり、動画を見たり、音楽を聞くのにiPadを使っていることに思い当たったのだ。iPadは、コンピュータやiPodやiPhoneよりも私のメディア領域の中心に位置している。私が読む文章は、以前なら「本」と呼ぶ物に入っていたものだ。映画はテープ、レーザーディスク、DVDに入っていたし、音楽ならレコードやCDだし、ゲームならカートリッジやCDになる。今やそれらすべてが私のiPadに何らかのappとして入っている。</p>
<p><span id="more-3343"></span>メディア形式の違いは、二十世紀半ばのアナログ時代の頃はずっと重要だった。1950年なには、誰も小説を映画と混同したり、曲とテレビ番組を混同したりはしなかった。しかし今日では、動画シーケンス付きの電子書籍や、豊富なテキストベースの補足資料付きで発売される映画がある。レディ・ガガは音楽スターだろうか、それともビデオスターだろうか？</p>
<p>このあらゆるメディア形式の平坦化が長期的に引き起こすものや多様なapp体験を深く理解するにはもう少し時間がかかるだろうが、「app」という言葉が主導権に近づいていると言うには早すぎるとは思わない。</p>
<p>昔は本があり、映画があり、曲があった。今はそれらすべてが一つのカテゴリ――app――に束ねられつつあって、接頭辞によりさらに詳しく説明されることになる。今日では映画にバックストーリーがあり、ウェブでファンの詳しい解説が読めることや、新たな小説形式がメディアの複合物を探求し利用することを想像するのは容易だ。かつては何かしら意味があった本、曲、映画という分類は、誰もが他の形式を組み入れることが可能なこの流動的なデジタル分野では明確な意味を失ってしまっている。メディアの不可知論と包括的な流動性において、「app」という言葉はこの展望を既に表現している。</p>
<p>「本」という言葉を考えてみる。「本」はそれ自体では通常、最低限定義された有形物、入れ物の総称を指す。そこに修飾語句がついて初めて、それが小説か、ノンフィクションか、料理本か、教科書か、画集か、児童書か、ハウツー本か、絵本か、歴史書か、宗教書かなどその中身について十分に知ることになる。</p>
<p>この観点からすると、「app」も既にその域に到達している。ブックアプリ、料理アプリ、映画アプリ、ゲームアプリ、生産性アプリ、ハウツーアプリ、子供用アプリ、音楽アプリ、写真アプリなどすべて手に入る。そしてもちろん、周知の用語として急速に浸透しつつあるApp Storeという言葉が我々にはある。</p>
<p>そう、だから……私は今ちょっとこの文章を離れ、futureoftheapp.orgのドメインを登録したところである。</p>
<p>（日本語訳 yomoyomo）</p>
<p>※この記事のオリジナルはこちら<br />
<a href="http://www.futureofthebook.org/blog/archives/2010/08/the_future_of_the_app.html">the future of the app</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=app%E3%81%AE%E6%9C%AA%E6%9D%A5+http://bit.ly/acZDAW+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=app%E3%81%AE%E6%9C%AA%E6%9D%A5+http://bit.ly/acZDAW+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		<title>我はいかにして電子書籍の抵抗勢力となりしか</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/09/why_i_decided_to_resist_ebooks/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/09/why_i_decided_to_resist_ebooks/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 00:56:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>magazine_k editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[印刷]]></category>
		<category><![CDATA[活版]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

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		<description><![CDATA[
posted by 中西秀彦 (中西印刷株式会社専務取締役、日本ペンクラブ言論表現委員）
「活字が消えた日」
すこし時代を遡る。私の原点は「活字が消えた日」である。私の経営する会社は４代前の先祖が幕末に京都で木版印刷の会社を創業し、明治のはじめに当時のハイテクであった活版印刷に進出して以後ほぼ百年間、「活版の中西」として全国的にも知られた存在だった。その中西が活版をやめ、電子組版に移行するというのは当時の大事件で、活版最後の日にはテレビが取材にきたりもした。
この活版から電子組版への移行経緯を、「マガジン航」でもおなじみの津野海太郎氏のすすめで本として出版した(『活字が消えた日』晶文社刊　1994)。当時、好評をもって迎えられ、版を重ねた。今でも活版から電子組版への移行時期について詳細に記した基本文献として読み継がれているようだ。
その出版のころ津野氏と語り合ったものだ。「いずれは『本が消えた日』を書かなければならないだろう」と。そのころにはまだインターネットこそ、一般的ではなかったが、パソコン通信は普及しており、パソコン通信で本を読むという形態がそれほど抵抗なくうけいれられていた。失敗は続いていたが、NEC のデジタルブックのような電子書籍もすでに商品化されていた。たぶん、それほど遠くない未来、電子書籍の時代は来る。それはもう必然のように感じられた。
しかし、当時、電子書籍事業にのりだすことはなかった。電子書籍時代は来るとしても、もうすこし先、すくなくとも電子組版設備とそれを紙に印字するための平版印刷機械の減価償却がすんだあとであろうと予測していた。それより会社は活版から電子組版にいたる過程で設備投資や職人の転職費用などで、金をつかいはたして、とても電子書籍どころではなかったのである。
先行事例としての「オンラインジャーナル」
だが、時代は容赦しない。２１世紀のはじまりとともに。インターネットの大波はまず、学術雑誌の分野をのみこみはじめた。オンラインジャーナルである。理系の英文誌はことごとくオンライン化され、紙の雑誌が発行されなくなった。発行されたとしても部数は大幅に減っていった。だが、これはある意味、チャンスでもあると思った。私は当時イギリスのオックスフォードユニバーシティプレスと提携し、積極的なオンラインジャーナル商売にのりだした。そして、やがてやってくる電子書籍ビジネスを展開することも模索し始めた。未来は電子にこそあると思っていた。
だが、オンラインジャーナル商売は紙の印刷を代替するほどの利益をもたらさないのだ。印刷会社は紙に刷ることで、利益の大部分を稼いでいる。印刷には、原稿を本のかたちにととのえる組版部門と、組版された原版を印刷製本する部門がある。オンラインジャーナルは前半の組版部門こそ同じように機能するが、印刷が必要ない。後半の印刷部門の設備も人員も活かすことはできない。しかも、印刷会社ではこの後半部分が稼ぎ出す割合の方が大きいのだ。オンラインジャーナルだけで印刷も含めた売り上げを稼ぎ出すには、よほど多くのオンラインジャーナルを受注しなければならない。まずいことに、英文オンラインジャーナルの生産拠点はどんどんインドに移っている。人件費がインドの20倍もかかる日本の印刷会社に発注してくれる酔狂な出版社はない。
おそらく電子書籍でも同じことがおこる。極端な話、印刷業界は書籍が紙に印刷されなくなったとき、壊滅する。印刷部門がまったく必要なくなってしまうからだ。出版社はコンテンツビジネスとして生き残れても我々は生き残れない。幸運な数社は電子書籍コンテンツ制作会社として残るかもしれないが、ほとんどの印刷会社はなすすべがない。
これでは電子書籍に抵抗するなという方が無理だ。確かに今まで産業転換の前に消えていった業界は数多い。それは新しい技術が普及するときのやむをえない犠牲だという話も聞く。しかし、思い出してほしい。みんなおとなしく滅んでいったわけではない。農産物自由化に対する農業団体の抵抗はすさまじかったし、激烈な労働争議のはてに炭鉱事故に見舞われた末期の石炭産業も歴史に残る。電子書籍側が対応を誤れば、電子書籍化による印刷産業消滅は政治闘争となりうる。その間に日本の電子書籍は世界から一周も二周も遅れ、とりかえしがつかなくなるだろう。

「出版」のフィルタリング効果が失われる懸念
そしてもうひとつ私は懸念する。やはり出版編集の問題だ。紙の本の場合、いったん印刷されて、書店に並んでしまったら、回収することはまず不可能。また印刷し出版するという決断は大量の紙の仕入れ、印刷や製本の人件費など多額の現金が必要となる。おのずと出版や再版の決断は慎重にならざるをえない。この決断をまちがえたら返本の山で倉庫はふさがれ、印刷代金の請求書だけが残る。だからこそ、出版社は、校正に万全を期し、確実に売れる部数を確実に出版するというきめこまかな編集や営業政策をとってきた。これが結果として書籍の質を高めてきたのだ。
電子書籍時代、出版するのは簡単だし、出版社は返本のリスクにおびえなくてもいい。それでも「いい本を作りたい」という情熱さえあれば、質は低下しないとおっしゃる方はいるだろう。それは、甘い認識という物。いい本も出るかもしれないが、それ以上に悪い本が大量に出回る。現に電子書籍で安易に自費出版を推奨するサイトは雨後のたけのこ状態だ。
紙の本の世界では、出版するのに金がかかった。金のない著者はまず出版社のおめがねにかなう必要があった。そうでなければ自費出版するしかなかったのだが、やはりその費用を負担できるのは限られた層だった。言論がお金をもっている側に独占されることには弊害もあったが、すくなくとも粗雑な本が出回らないフィルタリング効果はあった。ある程度の水準以上の物しか世にはでなかったはずだ。
このフィルタリングが電子書籍にはない。誰でもどんなものでも出版できる。ネット社会の電子掲示板の現状からして極端な政治的偏向をもった電子書籍が人気を集めてしまうことも予測される。ネット右翼も良識ある評論も同列に電子書籍の土俵で並べられた時、本当に市民社会の良識は機能するのだろうか。市民社会の良識など今の掲示板やツイッターを見る限り幻想に思える。ソーシャルメディアがよい物と悪い物を自然選択するというような太平楽はましてや信じられない。
かくして我は「抵抗勢力」に


中西秀彦・著『我、電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す』 印刷学会出版部刊　


だが、いくら電子書籍の弱点を述べたてたところで、電子書籍は普及するだろう。今年の国際ブックフェアで富士通のカラー電子ペーパー端末の試作品を見た。あくまで薄く、軽く、たぶんこれなら本より便利で読みやすい。寝ころがって読むとき、本と同等に読め、本より薄く軽い物があれば、私はそちらに乗り換える。
電子書籍に対して、紙の本の魅力を語る人は数多い。「その風合い、物質としての質感。本は表紙やカバーも含めた総合芸術だ」と。ところが、この同じ言葉を、私は『活字が消えた日』にも聞いた。「若旦那、あなたのところが活字をやめるなんてそんなもったいない。活字の風合い、力強い印字、長年の歴史による総合芸術をどうして捨てようとするのだ」。
だが、活字が電子組版になりやがてDTPとなって、みながその印字に慣れたとき、誰も活版のことなど思い出してくれなかった。たまに「活版で」という注文があったとしても「値段がずっと高くなる」ことを告げると、誰も発注などしてくれなかった。今、活版がなくても誰も困らない。美術工芸品としての需要がわずかにあるが、それは産業ではない。
電子書籍が「見慣れた」存在になったとき、はたして、人々は紙の本を懐かしむだろうか。もちろん美術工芸品・趣味骨董のたぐいとしてはおそらく紙の本も長い命脈をたもつだろう。だが、実用品としての価値は著しく低下する。これはもう必然のような気がする。
だったら、抵抗するなとあなたは言うかもしれない。いや、私は電子書籍にすばらしい未来があるからこそ、抵抗する。このままこの混沌のまま、敗者に一顧だにもしないまま電子書籍を推進するならば、紙の本も電子書籍ももろとも破滅する。もちろん出版文化すべても道連れにして。 
■関連サイト 
・中西秀彦のうんちくコラム（中西印刷株式会社）
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			<content:encoded><![CDATA[<div>
<div class="mceTemp">posted by <a href="http://www.nacos.com/hidehiko/index.html" target="_blank">中西秀彦</a> (<a href="http://www.nacos.com/nakanishi/" target="_blank">中西印刷株式会社</a>専務取締役、<a href="http://www.japanpen.or.jp/" target="_blank">日本ペンクラブ</a>言論表現委員）</div>
<h3>「活字が消えた日」</h3>
<p>すこし時代を遡る。私の原点は「活字が消えた日」である。<a href="http://www.nacos.com/nakanishi/" target="_blank">私の経営する会社</a>は４代前の先祖が幕末に京都で木版印刷の会社を創業し、明治のはじめに当時のハイテクであった活版印刷に進出して以後ほぼ百年間、<a href="http://www.nacos.com/nakanishi/101_museum.html" target="_blank">「活版の中西」</a>として全国的にも知られた存在だった。その中西が活版をやめ、電子組版に移行するというのは当時の大事件で、活版最後の日にはテレビが取材にきたりもした。</p>
<p>この活版から電子組版への移行経緯を、「マガジン航」でもおなじみの津野海太郎氏のすすめで本として出版した(<a href="http://www.nacos.com/hidehiko/katsuji.html" target="_blank">『活字が消えた日』</a>晶文社刊　1994)。当時、好評をもって迎えられ、版を重ねた。今でも活版から電子組版への移行時期について詳細に記した基本文献として読み継がれているようだ。</p>
<p>その出版のころ津野氏と語り合ったものだ。「いずれは『本が消えた日』を書かなければならないだろう」と。そのころにはまだインターネットこそ、一般的ではなかったが、パソコン通信は普及しており、パソコン通信で本を読むという形態がそれほど抵抗なくうけいれられていた。失敗は続いていたが、NEC のデジタルブックのような電子書籍もすでに商品化されていた。たぶん、それほど遠くない未来、電子書籍の時代は来る。それはもう必然のように感じられた。</p>
<p>しかし、当時、電子書籍事業にのりだすことはなかった。電子書籍時代は来るとしても、もうすこし先、すくなくとも電子組版設備とそれを紙に印字するための平版印刷機械の減価償却がすんだあとであろうと予測していた。それより会社は活版から電子組版にいたる過程で設備投資や職人の転職費用などで、金をつかいはたして、とても電子書籍どころではなかったのである。</p>
<h3>先行事例としての「オンラインジャーナル」</h3>
<p>だが、時代は容赦しない。２１世紀のはじまりとともに。インターネットの大波はまず、学術雑誌の分野をのみこみはじめた。<a href="http://www.nacos.com/nakanishi/007_onlinejournal.html" target="_blank">オンラインジャーナル</a>である。理系の英文誌はことごとくオンライン化され、紙の雑誌が発行されなくなった。発行されたとしても部数は大幅に減っていった。だが、これはある意味、チャンスでもあると思った。私は当時イギリスのオックスフォードユニバーシティプレスと提携し、積極的なオンラインジャーナル商売にのりだした。そして、やがてやってくる電子書籍ビジネスを展開することも模索し始めた。未来は電子にこそあると思っていた。</p>
<p>だが、オンラインジャーナル商売は紙の印刷を代替するほどの利益をもたらさないのだ。印刷会社は紙に刷ることで、利益の大部分を稼いでいる。印刷には、原稿を本のかたちにととのえる組版部門と、組版された原版を印刷製本する部門がある。オンラインジャーナルは前半の組版部門こそ同じように機能するが、印刷が必要ない。後半の印刷部門の設備も人員も活かすことはできない。しかも、印刷会社ではこの後半部分が稼ぎ出す割合の方が大きいのだ。オンラインジャーナルだけで印刷も含めた売り上げを稼ぎ出すには、よほど多くのオンラインジャーナルを受注しなければならない。まずいことに、英文オンラインジャーナルの生産拠点はどんどんインドに移っている。人件費がインドの20倍もかかる日本の印刷会社に発注してくれる酔狂な出版社はない。</p>
<p>おそらく電子書籍でも同じことがおこる。極端な話、印刷業界は書籍が紙に印刷されなくなったとき、壊滅する。印刷部門がまったく必要なくなってしまうからだ。出版社はコンテンツビジネスとして生き残れても我々は生き残れない。幸運な数社は電子書籍コンテンツ制作会社として残るかもしれないが、ほとんどの印刷会社はなすすべがない。</p>
<p>これでは電子書籍に抵抗するなという方が無理だ。確かに今まで産業転換の前に消えていった業界は数多い。それは新しい技術が普及するときのやむをえない犠牲だという話も聞く。しかし、思い出してほしい。みんなおとなしく滅んでいったわけではない。農産物自由化に対する農業団体の抵抗はすさまじかったし、激烈な労働争議のはてに炭鉱事故に見舞われた末期の石炭産業も歴史に残る。電子書籍側が対応を誤れば、電子書籍化による印刷産業消滅は政治闘争となりうる。その間に日本の電子書籍は世界から一周も二周も遅れ、とりかえしがつかなくなるだろう。</p>
<p><span id="more-3321"></span></p>
<h3>「出版」のフィルタリング効果が失われる懸念</h3>
<p>そしてもうひとつ私は懸念する。やはり出版編集の問題だ。紙の本の場合、いったん印刷されて、書店に並んでしまったら、回収することはまず不可能。また印刷し出版するという決断は大量の紙の仕入れ、印刷や製本の人件費など多額の現金が必要となる。おのずと出版や再版の決断は慎重にならざるをえない。この決断をまちがえたら返本の山で倉庫はふさがれ、印刷代金の請求書だけが残る。だからこそ、出版社は、校正に万全を期し、確実に売れる部数を確実に出版するというきめこまかな編集や営業政策をとってきた。これが結果として書籍の質を高めてきたのだ。</p>
<p>電子書籍時代、出版するのは簡単だし、出版社は返本のリスクにおびえなくてもいい。それでも「いい本を作りたい」という情熱さえあれば、質は低下しないとおっしゃる方はいるだろう。それは、甘い認識という物。いい本も出るかもしれないが、それ以上に悪い本が大量に出回る。現に電子書籍で安易に自費出版を推奨するサイトは雨後のたけのこ状態だ。</p>
<p>紙の本の世界では、出版するのに金がかかった。金のない著者はまず出版社のおめがねにかなう必要があった。そうでなければ自費出版するしかなかったのだが、やはりその費用を負担できるのは限られた層だった。言論がお金をもっている側に独占されることには弊害もあったが、すくなくとも粗雑な本が出回らないフィルタリング効果はあった。ある程度の水準以上の物しか世にはでなかったはずだ。</p>
<p>このフィルタリングが電子書籍にはない。誰でもどんなものでも出版できる。ネット社会の電子掲示板の現状からして極端な政治的偏向をもった電子書籍が人気を集めてしまうことも予測される。ネット右翼も良識ある評論も同列に電子書籍の土俵で並べられた時、本当に市民社会の良識は機能するのだろうか。市民社会の良識など今の掲示板やツイッターを見る限り幻想に思える。ソーシャルメディアがよい物と悪い物を自然選択するというような太平楽はましてや信じられない。</p>
<h3>かくして我は「抵抗勢力」に</h3>
<div class="mceTemp">
<dl id="attachment_3351" class="wp-caption alignright" style="width: 162px;">
<dt class="wp-caption-dt"><img class="size-medium wp-image-3351" title="wareden2" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/08/wareden2-211x300.jpg" alt="『我、電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す』" width="152" height="215" />中西秀彦・著<a href="http://www.nacos.com/hidehiko/wareden.html" target="_blank">『我、電子書籍の抵抗勢力たらんと欲す』</a> <a href="http://www.japanprinter.co.jp/" target="_blank">印刷学会出版部</a>刊　</dt>
</dl>
</div>
<p>だが、いくら電子書籍の弱点を述べたてたところで、電子書籍は普及するだろう。今年の国際ブックフェアで<a href="http://olj.cocolog-nifty.com/weblog/2010/07/post-e49f.html" target="_blank">富士通のカラー電子ペーパー端末の試作品</a>を見た。あくまで薄く、軽く、たぶんこれなら本より便利で読みやすい。寝ころがって読むとき、本と同等に読め、本より薄く軽い物があれば、私はそちらに乗り換える。</p>
<p>電子書籍に対して、紙の本の魅力を語る人は数多い。「その風合い、物質としての質感。本は表紙やカバーも含めた総合芸術だ」と。ところが、この同じ言葉を、私は『活字が消えた日』にも聞いた。「若旦那、あなたのところが活字をやめるなんてそんなもったいない。活字の風合い、力強い印字、長年の歴史による総合芸術をどうして捨てようとするのだ」。</p>
<p>だが、活字が電子組版になりやがてDTPとなって、みながその印字に慣れたとき、誰も活版のことなど思い出してくれなかった。たまに「活版で」という注文があったとしても「値段がずっと高くなる」ことを告げると、誰も発注などしてくれなかった。今、活版がなくても誰も困らない。美術工芸品としての需要がわずかにあるが、それは産業ではない。</p>
<p>電子書籍が「見慣れた」存在になったとき、はたして、人々は紙の本を懐かしむだろうか。もちろん美術工芸品・趣味骨董のたぐいとしてはおそらく紙の本も長い命脈をたもつだろう。だが、実用品としての価値は著しく低下する。これはもう必然のような気がする。</p>
<p>だったら、抵抗するなとあなたは言うかもしれない。いや、私は電子書籍にすばらしい未来があるからこそ、抵抗する。このままこの混沌のまま、敗者に一顧だにもしないまま電子書籍を推進するならば、紙の本も電子書籍ももろとも破滅する。もちろん出版文化すべても道連れにして。 </p></div>
<p>■関連サイト <br />
・<a href="http://www.nacos.com/senmu/" target="_blank">中西秀彦のうんちくコラム（中西印刷株式会社）</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E6%88%91%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%A6%E9%9B%BB%E5%AD%90%E6%9B%B8%E7%B1%8D%E3%81%AE%E6%8A%B5%E6%8A%97%E5%8B%A2%E5%8A%9B%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%97%E3%81%8B+http://bit.ly/9C8NT9+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E6%88%91%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%A6%E9%9B%BB%E5%AD%90%E6%9B%B8%E7%B1%8D%E3%81%AE%E6%8A%B5%E6%8A%97%E5%8B%A2%E5%8A%9B%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%97%E3%81%8B+http://bit.ly/9C8NT9+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>熱い図書館への誘い</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/05/invitation_to_library_projects/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/08/05/invitation_to_library_projects/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 05 Aug 2010 05:36:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>magazine_k editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[図書館]]></category>
		<category><![CDATA[図書館情報学]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=3296</guid>
		<description><![CDATA[posted by 岡本真（ACADEMIC RESOURCE GUIDE編集長）
「マガジン航」の読者の方々であればお気づきかもしれませんが、いま、図書館の世界が熱い状況になっています。たとえば、つい先日の7月24日（土）は、図書館を巡る最近の熱気を感じさせる1日でした。この日大阪で、「〈図書館〉をキーワードに、図書館で働く人も、そうじゃない人も、あつまって飲みませんか」という呼びかけのもとに開かれた「図書館のむ会＠大阪」に60名もが集まりました。それだけではありません。これに呼応するように行われた「横浜市内図書館的施設ツアー＆図書館をネタに飲む会@横浜」には40名が、「図書館のむ会＠仙台」でも10名ほどが、さらに当日外出できない方々を中心に「図書館のむ会＠ウェブ」という一人家飲みの会まで開かれたのです。
当日、「図書館」をキーワードに日本全国でオンライン、オフラインに集ったのは100名を優に超えています。ただの飲み会とはいえ、そして当日が全国的にビールの美味しい天気だったとはいえ、ちょっと驚異的な出来事ではないでしょうか。
図書館が熱い理由
もちろん、図書館に関心を持つ人々はただ飲むのが好きなわけでも、日々飲み歩いているわけではありません。このような催しと併行して、様々なネットワーキングの動きが最近とみに盛んです。
たとえば、2008年に「図書館員の部活動」を標榜して始まったLifoというグループは、「遠足」と称して定期的に日本各地の図書館的施設を巡り、定例会と称する勉強会を続けています。また、今年の6月末には、図書館情報学若手の会ALISという組織が結成されています。こちらは図書館情報学を学ぶ学生や院生を中心とした大学横断的な試みで、6月27日に筑波大学で開催された第1回の定例会では現地参加者25名に加え、USTREAMの視聴者が70名にも及んでいます。
いま起こっているのは、イベントラッシュという現象だけではありません。図書館を巡る様々なプロジェクトが日々立ち上がっています。代表的なものを挙げれば、筆者自身が企画・運営に関わっているL-1グランプリ－若手ライブラリアンのためのワークショップ式登竜門の開催がこの11月に予定されているほか、「としょかん千三百手観音プロジェクト」「図書館“かわいい”はつくれるプロジェクト」といった、聞いただけでは何のことかわからない、しかし、その分、興味をかきたてられるプロジェクトが続々と誕生しています。本稿のタイトルで、「いま、図書館が熱い」と宣言した理由が見えてきたでしょうか。
「IT勉強会ブーム」との類似と、組織論としての面白さ
さて、私自身はライブラリアンではありませんが、最近U40 &#8211; Future Librarian 2010 プレミアセッションというイベントの参加申込が始まっています。
これは9月に奈良で開催される全国図書館大会というイベントの後夜祭として、ライブラリアンに限らず、図書館に関心を持つ人々が幅広く集まろうという催しです。会場は奈良に加えて、仙台、宇都宮、東京、名古屋、岡山、愛媛、山梨と現時点でも8つの会場が予定されています。いま、熱い図書館の世界に関わってみる第一歩として、たとえば、まずはここから始めてみてはいかがでしょうか。
私自身、このイベントの運営サイドにいるだけに、「マガジン航」の読者の方々が一人でも多く参加していただければ、これに優る喜びはありません。一緒に踊りましょう。
■関連記事
・全国図書館大会U40プレミアセッション
 Tweet This Post]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 岡本真（<a href="http://d.hatena.ne.jp/arg/" target="_blank">ACADEMIC RESOURCE GUIDE</a>編集長）</p>
<p>「マガジン航」の読者の方々であればお気づきかもしれませんが、いま、図書館の世界が熱い状況になっています。たとえば、つい先日の7月24日（土）は、図書館を巡る最近の熱気を感じさせる1日でした。この日大阪で、「〈図書館〉をキーワードに、図書館で働く人も、そうじゃない人も、あつまって飲みませんか」という呼びかけのもとに開かれた「図書館のむ会＠大阪」に60名もが集まりました。それだけではありません。これに呼応するように行われた<a href="http://d.hatena.ne.jp/arg/20100727/1280159341" target="_blank">「横浜市内図書館的施設ツアー＆図書館をネタに飲む会@横浜」</a>には40名が、「図書館のむ会＠仙台」でも10名ほどが、さらに当日外出できない方々を中心に「図書館のむ会＠ウェブ」という一人家飲みの会まで開かれたのです。</p>
<div id="attachment_3313" class="wp-caption alignnone" style="width: 460px"><img class="size-full wp-image-3313" title="yokohama_library_tour" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/08/yokohama_library_tour.jpg" alt="横浜市内図書館的施設ツアーの一コマ。新聞ライブラリー、放送ライブラリーがある情報文化センターにて" width="450" height="338" /><p class="wp-caption-text">横浜市内図書館的施設ツアーの一コマ。新聞ライブラリー、放送ライブラリーがある情報文化センターにて</p></div>
<p>当日、「図書館」をキーワードに日本全国でオンライン、オフラインに集ったのは100名を優に超えています。ただの飲み会とはいえ、そして当日が全国的にビールの美味しい天気だったとはいえ、ちょっと驚異的な出来事ではないでしょうか。</p>
<h3>図書館が熱い理由</h3>
<p>もちろん、図書館に関心を持つ人々はただ飲むのが好きなわけでも、日々飲み歩いているわけではありません。このような催しと併行して、様々なネットワーキングの動きが最近とみに盛んです。</p>
<p>たとえば、2008年に「図書館員の部活動」を標榜して始まったLifoというグループは、「遠足」と称して定期的に日本各地の図書館的施設を巡り、定例会と称する勉強会を続けています。また、今年の6月末には、図書館情報学若手の会ALISという組織が結成されています。こちらは図書館情報学を学ぶ学生や院生を中心とした大学横断的な試みで、6月27日に筑波大学で開催された第1回の定例会では現地参加者25名に加え、USTREAMの視聴者が70名にも及んでいます。</p>
<p><span id="more-3296"></span>いま起こっているのは、イベントラッシュという現象だけではありません。図書館を巡る様々なプロジェクトが日々立ち上がっています。代表的なものを挙げれば、筆者自身が企画・運営に関わっているL-1グランプリ－若手ライブラリアンのためのワークショップ式登竜門の開催がこの11月に予定されているほか、「<a href="http://1300kangnong.blog134.fc2.com/" target="_blank">としょかん千三百手観音プロジェクト</a>」「<a href="http://libkawaii.jugem.jp/" target="_blank">図書館“かわいい”はつくれるプロジェクト</a>」といった、聞いただけでは何のことかわからない、しかし、その分、興味をかきたてられるプロジェクトが続々と誕生しています。本稿のタイトルで、「いま、図書館が熱い」と宣言した理由が見えてきたでしょうか。</p>
<div id="attachment_3308" class="wp-caption alignnone" style="width: 460px"><img class="size-full wp-image-3308" title="tosyokan1300" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/08/tosyokan1300.jpg" alt="としょかん千三百手観音プロジェクト - ライブラリアンが知性とウイットを交えて寄せられた質問に回答するというプロジェクト" width="450" height="245" /><p class="wp-caption-text">ライブラリアンが知性とウイットを交えて寄せられた質問に回答するというプロジェクト。</p></div>
<h3>「IT勉強会ブーム」との類似と、組織論としての面白さ</h3>
<p>さて、私自身はライブラリアンではありませんが、最近<a href="http://futurelibrarian.g.hatena.ne.jp/" target="_blank">U40 &#8211; Future Librarian 2010 プレミアセッション</a>というイベントの参加申込が始まっています。</p>
<div id="attachment_3307" class="wp-caption alignnone" style="width: 460px"><img class="size-full wp-image-3307" title="u40" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/08/u40.jpg" alt="U40 - Future Librarian 2010の公式ブログ - プレミアセッションの参加申込を受け付けている。" width="450" height="225" /><p class="wp-caption-text">U40 - Future Librarian 2010の公式ブログ。プレミアセッションの参加申込を受付中。</p></div>
<p>これは9月に奈良で開催される全国図書館大会というイベントの後夜祭として、ライブラリアンに限らず、図書館に関心を持つ人々が幅広く集まろうという催しです。会場は奈良に加えて、仙台、宇都宮、東京、名古屋、岡山、愛媛、山梨と現時点でも8つの会場が予定されています。いま、熱い図書館の世界に関わってみる第一歩として、たとえば、まずはここから始めてみてはいかがでしょうか。</p>
<p>私自身、このイベントの運営サイドにいるだけに、「マガジン航」の読者の方々が一人でも多く参加していただければ、これに優る喜びはありません。一緒に踊りましょう。</p>
<p>■関連記事<br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2009/11/18/u40/" target="_blank">全国図書館大会U40プレミアセッション</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E7%86%B1%E3%81%84%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%AA%98%E3%81%84+http://bit.ly/c0CnAy+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E7%86%B1%E3%81%84%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%E3%81%B8%E3%81%AE%E8%AA%98%E3%81%84+http://bit.ly/c0CnAy+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>パネルディスカッション「電子図書館の可能性」</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/07/30/future_of_digital_library/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/07/30/future_of_digital_library/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 30 Jul 2010 02:49:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>magazine_k editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[対談・インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[国立国会図書館]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=3261</guid>
		<description><![CDATA[posted by 仲俣暁生
7月16日に国立国会図書館関西館にお招きいただき、「電子図書館の可能性」というテーマの講演会に参加してきました。長尾真氏（国立国会図書館長）、大場利康氏（NDL関西館電子図書館課長）、藤川和利氏（奈良先端科学技術大学院大学准教授・電子図書館研究開発室長）がそれぞれプレゼンテーションを行い、最後に私を加えた4名でパネルディスカッションも行われました。
当日の討議内容については、カレント・アウェアネス・ポータルのサイトで概要が紹介されていますので、そちらをぜひご参照ください。また映像による中継をみていた方によるツイッターのまとめサイトをご覧いただくと、当日の雰囲気を感じることができると思います。
さて、この日に私が提起したいくつかの問題について、長尾国立国会図書館長より、当日はパネルディスカッションで相互討議の時間が十分にとれなかったため、インタビューに答えたいとの申し出をいただきました。そこで、あらためて長尾館長にインタビューし、お考えを伺いました。

長尾館長へのインタビュー
――来年早々にも日本でサービスが開始される、グーグル・エディションが登場すると、「本」や「検索」に対する考え方が変わるのではないでしょうか。いまある本を電子化しただけの電子書籍とは異なり、インターネットで検索して表示された結果をみてみたら、それがたまたま「本」の内容だった、ということもありそうです。
長尾　グーグルは本だけでなく、あらゆるネット上の情報を対象としています。これからは本という概念がくずれてゆき、意味のある情報の塊が検索され読む対象となってゆくでしょう。国立国会図書館でも政府関係のウェブ情報を体系的に集めはじめていますから、図書館の扱う情報はこれからいろいろと変わってゆくことになります。
――国立国会図書館でも、グーグルと同様のサービスを行う考えはありますか。
長尾　グーグル・エディションにはアメリカのほとんどの出版社が電子出版物をのせるようですが、このような状況になれば、すべての人がこれを検索し、そこに本がなければ出版されていないと思ってしまうでしょう。したがって世界中のすべての出版社がグーグル・エディションに参加することになるわけです。こうして結果的に一極集中が起こる可能性があるわけですが、一私企業に情報が集中し、独占されるという現象が起こることは好ましくありません。そこで、日本の出版物については日本が責任をもって集積し、すべての人に公平にサービスする必要があるわけです。
　国立国会図書館はその機能を持っており、過去の出版物のディジタル化に力を入れていますし、これから出版されるものについても電子納本をしてもらって、少なくとも「どのような内容の本が出版されているのか」が分かるような検索サービスを行うことが必要と思っています。みなさんの希望があるならば、グーグル・エディションのように、国立国会図書館に納入された電子出版物を出版社の販売に用いることも、十分に考えられることです。ご存知のように、国立国会図書館の場合は十分な透明性をもった活動をしており、中立性、公平性を外部からチェックすることができます。私企業の場合におこる問題を避けるために、どのような形がよいのかを考えると、「公共性」の担い手である国立国会図書館が、その候補だろうと思います。
――電子書籍や電子図書館によって、物理的な冊子としての「書籍」と、そこに収められているコンテンツとしての「著作」とに分かれていく気がします。また、「一冊のなかに複数の著作が収められた書籍」（短編集、アンソロジーなど）や、「複数の書籍に分かれている著作」（上下巻に分かれている著作）といったものも多数存在します。「本」のもつ、「書籍」という単位と、「著作」という単位の違いを、電子図書館ではどのように扱うのでしょうか。
長尾　電子書籍の場合は、モノとしての図書ではないので、一つずつの著作単位で扱うことが手間をかけずにできるし、またそうすることが適切でしょう。国立国会図書館ではすでに雑誌について、各論文ごとの書誌情報を作って検索の対象としています。電子書籍の「構造化」「知識ネットワーク化」がさらに進めば、著作単位ではなく、読者が欲しいと思う部分が取り出せる、いわゆる書物の解体が行われるようになってゆくでしょう。
　電子図書館における検索と取り出しの単位は利用者の要求に応じていろいろと変わることになるでしょう。メタデータを付与する単位のとりかたのほか、文書の構造を階層的に表現する記述言語、情報検索の技術などを活用すれば、いろいろな可能性が出てくるでしょう。
――電子書籍や電子図書館については、デジタルコンテンツをアーカイブする、ということにばかり話題が傾きがちですが、書誌データをはじめとするメタデータの不統一や不備が気にかかります。電子書籍（コンテンツ）を集めれば、すぐに「電子図書館」ができるのでしょうか。言い換えるなら、iBooksやKindle、あるいはグーグル・エディションのような商用の電子書籍サービスと電子図書館の違いは何でしょう。
長尾　たんに電子書籍を大量に集めただけでは、電子図書館にはなりません。紙の本でも、本を集めただけでは「本棚」にはなっても、「図書館」にならないのと同じです。目録、保存、所在情報など、だれでもが使えるようにするための工夫をして初めて、「図書館」としての公共性が成立します。
　もちろん、紙の本が電子書籍になることによって、いろいろな可能性が生まれてきます。たとえば検索機能など、これまでは「図書館」でなければできなかったことの多くが、個人の「本棚」のレベルでもできるようになるでしょう。著作単位でメタデータがつけてあれば、さきほどのような検索と取り出しもできるようになります。
　しかし、電子情報の長期保存や、フォーマットの標準化など、電子書籍を公共的に利用するために調整が必要とされる領域も、技術的、文化的、法的な領域にわたって幅広くあるため、「電子図書館」として必要なプラットフォーム（基盤整備）が公的な部門として、どうしても必要になります。電子書籍の時代においても、「未来の読者に伝える」ための仕組みとして、「電子図書館」が必要なのです。
――図書館という公共的なアーカイブが電子書籍のサービスに乗り出すことに対し、出版社からの反発が強いように思います。こうした反発に対してはどうお答えになりますか。
長尾　誤解されやすいのですが、絶版等により入手ができない資料については「図書館間貸出」という枠組みで、公共図書館や大学図書館に国立国会図書館の資料を1冊に限り貸出するという制度が、すでに昭和26（1952）以来あり、現在でもよく利用されています。これに準じて、紙の本をデジタル化した場合にも、破損しやすい紙の本ではなく、デジタル化した方の資料を（著作権処理をして無料ウェブ公開できる資料でない場合でも）公共図書館には、同時に1部に限り、閲覧可能にするというかたちにしたいと思っています。つまり、市場性のない図書館資料については、図書館サービスの枠組みとしての「図書館間貸出のデジタル版」がありうる、ということです。
――その一方で、今後、新しく魅力的な著作物が、どんどんボーン・デジタルで出版される時代になります。こうした電子書籍を公共図書館ではどう扱うべきでしょう？
長尾　市場性のある電子出版物を公共図書館経由で読者が読む場合の、経済的な権益を整理することが必要になるでしょうね。どんなに読書用端末の価格が低廉になってきても、月数千円の通信費用や、一定の安定した収入が要件となるクレジットカード決済など、電子書籍の商用サービスを享受するのに必要な仕組みを揃えられる人だけにむけて出版物がつくられ、読者が限定されるということでは、日本全体の活力を考えると問題があります。
――たしかに、電子書籍の読書用端末を私有する人だけしか、電子書籍が利用できないのは問題ですね。図書館がもつ、利用者に対するエンパワーメントの機能についても考慮に入れるべきだと思います。実際に、公共図書館が著作権保護期間の切れたコンテンツではなく、市場性のある電子書籍の貸出しサービスをしている例は、すでに他国にはあるのでしょうか？
長尾　諸外国をみると、市場性のある電子書籍のマーケットとしても公共図書館が位置づけられており、ドイツの例、韓国の例などでは、図書館での利用に対して補償金を出す制度などがあります。
――ありがとうございました。
■関連記事
・講演会「電子図書館の可能性」＜報告＞（カレントアウェアネス・ポータル）
・ジャパニーズ・ブックダムの夢
・フランスからの声、エジプトからの声
 Tweet This Post]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 仲俣暁生</p>
<p>7月16日に国立国会図書館関西館にお招きいただき、「電子図書館の可能性」というテーマの講演会に参加してきました。長尾真氏（国立国会図書館長）、大場利康氏（NDL関西館電子図書館課長）、藤川和利氏（奈良先端科学技術大学院大学准教授・電子図書館研究開発室長）がそれぞれプレゼンテーションを行い、最後に私を加えた4名でパネルディスカッションも行われました。</p>
<div id="attachment_3262" class="wp-caption alignnone" style="width: 460px"><img class="size-full wp-image-3262" title="ndlwest" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/07/ndlwest.JPG" alt="国立国会図書館関西館の正面エントランス" width="450" height="311" /><p class="wp-caption-text">国立国会図書館関西館の正面エントランス</p></div>
<div id="attachment_3265" class="wp-caption alignnone" style="width: 460px"><img class="size-full wp-image-3265" title="ndlwest_inside" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/07/ndlwest_inside.jpg" alt="会場は来場者でほぼ満席。" width="450" height="338" /><p class="wp-caption-text">会場は150人もの来場者でほぼ満席。</p></div>
<p>当日の討議内容については、カレント・アウェアネス・ポータルのサイトで<a href="http://current.ndl.go.jp/e1076" target="_blank">概要が紹介されています</a>ので、そちらをぜひご参照ください。また映像による中継をみていた方によるツイッターの<a href="http://togetter.com/li/35818" target="_blank">まとめサイト</a>をご覧いただくと、当日の雰囲気を感じることができると思います。</p>
<p>さて、この日に私が提起したいくつかの問題について、長尾国立国会図書館長より、当日はパネルディスカッションで相互討議の時間が十分にとれなかったため、インタビューに答えたいとの申し出をいただきました。そこで、あらためて長尾館長にインタビューし、お考えを伺いました。</p>
<p><span id="more-3261"></span></p>
<div id="attachment_3263" class="wp-caption alignnone" style="width: 460px"><br />
<img class="size-full wp-image-3263" title="nagao_san" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/07/nagao_san.jpg" alt="パネルディスカッション時の長尾館長" width="450" height="328" /><br />
<p class="wp-caption-text">講演会での長尾真 国立国会図書館長</p></div>
<h3>長尾館長へのインタビュー</h3>
<p>――来年早々にも日本でサービスが開始される、グーグル・エディションが登場すると、「本」や「検索」に対する考え方が変わるのではないでしょうか。いまある本を電子化しただけの電子書籍とは異なり、インターネットで検索して表示された結果をみてみたら、それがたまたま「本」の内容だった、ということもありそうです。</p>
<p><strong>長尾</strong>　グーグルは本だけでなく、あらゆるネット上の情報を対象としています。これからは本という概念がくずれてゆき、意味のある情報の塊が検索され読む対象となってゆくでしょう。国立国会図書館でも政府関係のウェブ情報を体系的に集めはじめていますから、図書館の扱う情報はこれからいろいろと変わってゆくことになります。</p>
<p>――国立国会図書館でも、グーグルと同様のサービスを行う考えはありますか。</p>
<p><strong>長尾</strong>　グーグル・エディションにはアメリカのほとんどの出版社が電子出版物をのせるようですが、このような状況になれば、すべての人がこれを検索し、そこに本がなければ出版されていないと思ってしまうでしょう。したがって世界中のすべての出版社がグーグル・エディションに参加することになるわけです。こうして結果的に一極集中が起こる可能性があるわけですが、一私企業に情報が集中し、独占されるという現象が起こることは好ましくありません。そこで、日本の出版物については日本が責任をもって集積し、すべての人に公平にサービスする必要があるわけです。</p>
<p>　国立国会図書館はその機能を持っており、過去の出版物のディジタル化に力を入れていますし、これから出版されるものについても電子納本をしてもらって、少なくとも「どのような内容の本が出版されているのか」が分かるような検索サービスを行うことが必要と思っています。みなさんの希望があるならば、グーグル・エディションのように、国立国会図書館に納入された電子出版物を出版社の販売に用いることも、十分に考えられることです。ご存知のように、国立国会図書館の場合は十分な透明性をもった活動をしており、中立性、公平性を外部からチェックすることができます。私企業の場合におこる問題を避けるために、どのような形がよいのかを考えると、「公共性」の担い手である国立国会図書館が、その候補だろうと思います。</p>
<p>――電子書籍や電子図書館によって、物理的な冊子としての「書籍」と、そこに収められているコンテンツとしての「著作」とに分かれていく気がします。また、「一冊のなかに複数の著作が収められた書籍」（短編集、アンソロジーなど）や、「複数の書籍に分かれている著作」（上下巻に分かれている著作）といったものも多数存在します。「本」のもつ、「書籍」という単位と、「著作」という単位の違いを、電子図書館ではどのように扱うのでしょうか。</p>
<p><strong>長尾</strong>　電子書籍の場合は、モノとしての図書ではないので、一つずつの著作単位で扱うことが手間をかけずにできるし、またそうすることが適切でしょう。国立国会図書館ではすでに雑誌について、各論文ごとの書誌情報を作って検索の対象としています。電子書籍の「構造化」「知識ネットワーク化」がさらに進めば、著作単位ではなく、読者が欲しいと思う部分が取り出せる、いわゆる書物の解体が行われるようになってゆくでしょう。</p>
<p>　電子図書館における検索と取り出しの単位は利用者の要求に応じていろいろと変わることになるでしょう。メタデータを付与する単位のとりかたのほか、文書の構造を階層的に表現する記述言語、情報検索の技術などを活用すれば、いろいろな可能性が出てくるでしょう。</p>
<p>――電子書籍や電子図書館については、デジタルコンテンツをアーカイブする、ということにばかり話題が傾きがちですが、書誌データをはじめとするメタデータの不統一や不備が気にかかります。電子書籍（コンテンツ）を集めれば、すぐに「電子図書館」ができるのでしょうか。言い換えるなら、iBooksやKindle、あるいはグーグル・エディションのような商用の電子書籍サービスと電子図書館の違いは何でしょう。</p>
<p><strong>長尾</strong>　たんに電子書籍を大量に集めただけでは、電子図書館にはなりません。紙の本でも、本を集めただけでは「本棚」にはなっても、「図書館」にならないのと同じです。目録、保存、所在情報など、だれでもが使えるようにするための工夫をして初めて、「図書館」としての公共性が成立します。</p>
<p>　もちろん、紙の本が電子書籍になることによって、いろいろな可能性が生まれてきます。たとえば検索機能など、これまでは「図書館」でなければできなかったことの多くが、個人の「本棚」のレベルでもできるようになるでしょう。著作単位でメタデータがつけてあれば、さきほどのような検索と取り出しもできるようになります。</p>
<p>　しかし、電子情報の長期保存や、フォーマットの標準化など、電子書籍を公共的に利用するために調整が必要とされる領域も、技術的、文化的、法的な領域にわたって幅広くあるため、「電子図書館」として必要なプラットフォーム（基盤整備）が公的な部門として、どうしても必要になります。電子書籍の時代においても、「未来の読者に伝える」ための仕組みとして、「電子図書館」が必要なのです。</p>
<p>――図書館という公共的なアーカイブが電子書籍のサービスに乗り出すことに対し、出版社からの反発が強いように思います。こうした反発に対してはどうお答えになりますか。</p>
<p><strong>長尾</strong>　誤解されやすいのですが、絶版等により入手ができない資料については「図書館間貸出」という枠組みで、公共図書館や大学図書館に国立国会図書館の資料を1冊に限り貸出するという制度が、すでに昭和26（1952）以来あり、現在でもよく利用されています。これに準じて、紙の本をデジタル化した場合にも、破損しやすい紙の本ではなく、デジタル化した方の資料を（著作権処理をして無料ウェブ公開できる資料でない場合でも）公共図書館には、同時に1部に限り、閲覧可能にするというかたちにしたいと思っています。つまり、市場性のない図書館資料については、図書館サービスの枠組みとしての「図書館間貸出のデジタル版」がありうる、ということです。</p>
<p>――その一方で、今後、新しく魅力的な著作物が、どんどんボーン・デジタルで出版される時代になります。こうした電子書籍を公共図書館ではどう扱うべきでしょう？</p>
<p><strong>長尾　</strong>市場性のある電子出版物を公共図書館経由で読者が読む場合の、経済的な権益を整理することが必要になるでしょうね。どんなに読書用端末の価格が低廉になってきても、月数千円の通信費用や、一定の安定した収入が要件となるクレジットカード決済など、電子書籍の商用サービスを享受するのに必要な仕組みを揃えられる人だけにむけて出版物がつくられ、読者が限定されるということでは、日本全体の活力を考えると問題があります。</p>
<p>――たしかに、電子書籍の読書用端末を私有する人だけしか、電子書籍が利用できないのは問題ですね。図書館がもつ、利用者に対するエンパワーメントの機能についても考慮に入れるべきだと思います。実際に、公共図書館が著作権保護期間の切れたコンテンツではなく、市場性のある電子書籍の貸出しサービスをしている例は、すでに他国にはあるのでしょうか？</p>
<p><strong>長尾</strong>　諸外国をみると、市場性のある電子書籍のマーケットとしても公共図書館が位置づけられており、ドイツの例、韓国の例などでは、図書館での利用に対して補償金を出す制度などがあります。</p>
<p>――ありがとうございました。</p>
<p>■関連記事<br />
・<a href="http://current.ndl.go.jp/e1076" target="_blank">講演会「電子図書館の可能性」＜報告＞（カレントアウェアネス・ポータル）</a><br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/the_dream_of_japanese_bookdom/" target="_blank">ジャパニーズ・ブックダムの夢</a><br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2009/10/27/voices_from_france_and_egypt/" target="_blank">フランスからの声、エジプトからの声</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%83%91%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%80%8C%E9%9B%BB%E5%AD%90%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%E3%81%AE%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7%E3%80%8D+http://bit.ly/cwph28+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%83%91%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%80%8C%E9%9B%BB%E5%AD%90%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%E3%81%AE%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7%E3%80%8D+http://bit.ly/cwph28+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>Eブック版権をめぐるエージェントと出版社のバトル</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/07/27/battle_over_ebook_rights_again/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/07/27/battle_over_ebook_rights_again/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 27 Jul 2010 10:26:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>magazine_k editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[エージェンシー]]></category>
		<category><![CDATA[作家]]></category>
		<category><![CDATA[著作権]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

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		<description><![CDATA[posted by 大原けい (Lingual Literary Agency, NewYork)
アメリカ人が出版関連の利権で訴訟を起こしたり、ボイコットしたりしているのは死闘のバトルをやっているんじゃなくて、お互いに納得のいく着地点を探してプロレスごっこしてるだけ、なーんてことを以前に書いたので、なんだかオオカミ少年になりつつある気もしないではないが、またしても電子書籍をめぐってバトルが始まった。
今度はエージェントが大手出版社が抱える大物作家のEブック専門出版社を作り、アマゾンと専属契約を交わしてしまった、というニュース。報復措置として出版社側は、そのエージェントが担当する新人や新しい企画のボイコットをはじめた、というものだ。
電子化されるのは綺羅星のような名作ばかり
さて、このバトルで赤コーナーに立つのは、ICMやウィリアム・モリスと並ぶ大御所のアンドリュー・ワイリー・エージェンシー。クライアントの作家を思いつくまま挙げてみると、フィリップ・ロス、ソール・ベロウ、ノーマン・メイラー、サルマン・ラシュディー、マーティン・エイミス、オルハン・パムクなどなど、まさに綺羅星のような、そうそうたる顔ぶれだ。（リストを見ると大江健三郎や村上龍がはいっているが、これは日本のサカイ・エージェンシーと提携しているので、著作の一部を預かっているため）
このアンドリュー・ワイリー、業界では「ジャッカル」とか「ダース・ベーダー」とかあだ名される辣腕エージェント。つまり著者にとっては強ーい味方だが、出版社から搾り取れるだけ搾り取る、アグレッシブなやり方で有名な、いや、悪名高き御仁。でも、やっぱりいい作家とってるもんね。無視するわけにもいかない。
ワイリー卿（と呼ぶとしっくりくる。下のリンク先のインタビューの写真を参照）、つい最近まで電子書籍に関しては我関せずといったそぶりで、母校のハーバード大学の卒業生ロングインタビューでもキンドルについて訊かれて、「まだ売上げ全体の4％にしかならんものに、96％の時間を費やしてあれこれ言ってもしょうがない」ってなことを（しゃーしゃーと）答えていた。しかも「いちばん大衆的でくだらないベストセラーから電子化されるだろうね。ジェームズ・パターソンなんかEブックで十分じゃないの？　誰もそんなの書斎に飾っときたくないだろうし」なんて暴言まで吐いてるのだ。
ワイリーのクライアントである作家の電子書籍版権は、アンタッチャブルというか、出版社側は紙の本を出すときにもちろんEブック版権も付けてくれ、と申し出るのだが、それはダメです、渡せません、と言われてなす術がなかっただけで、Eブック版を放っておいたわけではない。だが、ワイリー卿ときたら、本当に自分のところでEブック専門出版社を作って、しかもその販売をする権利を、2年間の期限付きでアマゾンだけに譲渡という暴挙に出た。「オデッセイ」と名付けられたその出版社、名前にふさわしく今後数々の至難が待ち受けているんだろうなぁ。
まずは、20タイトルをアマゾンで9.99ドルで売り出すそうだが、この配分が例のエージェンシーモデルで分配されるとしたら、アマゾンが3ドル、著者側の取り分が7ドル。エージェントのコミッションは15％なので、ワイリー卿の儲けはダウンロードごとに1ドルちょい。普通に出版社からEブックをだしたら、印税率は15〜35％なので、著者にとっても2〜3倍の儲けになるわけだ。
出版社が怒っている理由
でもそりゃないよ、アマゾンに渡すデジタルファイル、誰が編集して、どこで組んだと思ってるの？　というわけで、これには版元も黙ってはいられない。しかもほとんどのタイトルがランダムハウスだ。ランダムハウスは米最大手で、唯一、アップルともエージェンシーモデルの契約をしていない出版社だ。それはなぜかといえば、出遅れてるんじゃなくて、出版社が本の小売価格を決めなければいけないエージェンシーモデルでは、いろいろと不都合でややこしい問題が起きることを見抜いてたんだと察する。
こういう場合、出版社としてはどうエージェントに対抗するかは微妙な問題だ。まず、読者に不都合となる措置には出られない。とりあえず、ワイリーからは今後、新しい企画は買わない、という腰砕けのボイコット作戦に出たものの、ワイリー卿が即座に「へい、まいりました」とオデッセイの活動を止めるとは思えないし。
ランダムハウスのスポークスマンは「エージェントっていうのは、著者の本が売れるように出版社をサポートするものかと思っていたが、書店で売る本の邪魔をしていいのかね」と嫌みたっぷりなコメント。
しかし、これでEブック版権をめぐって他のエージェントと他の出版社までが争いをはじめ、一大バトルになるかと思うとそうでもない。というのも、「空いている（つまりどこがEブック版権を持っているのかが契約書にハッキリ明言されていない）」本は、ほとんどないと言っていいからだ。版権が切れるほど古くもないが、まだEブックというコンセプトがなかった時代に出された本もあるにはあるが、こちらはEブックを出したところで大してうま味はないだろう。
20タイトルの電子化権を2年間とられるぐらいなら、全体から見ればごくほんの一部、という見方もできるが、ワイリー卿は、自社のクライアント作家でなくても、Eブックだけをうちで手がけることも可能、とまで言ってしまった。それじゃ、エージェントが出版社になるってことじゃないか。いいのか～？
いずれにしても、しばらくすったもんだしそう。わくわく。
■関連記事
・Literary Agent Plans E-Book Editions (NewYork Times)
・マクミラン対アマゾン、バトルの顛末
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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 大原けい (Lingual Literary Agency, NewYork)</p>
<p>アメリカ人が出版関連の利権で訴訟を起こしたり、ボイコットしたりしているのは死闘のバトルをやっているんじゃなくて、お互いに納得のいく着地点を探してプロレスごっこしてるだけ、なーんてことを<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/02/03/macmillan_vs_amazon/" target="_blank">以前に書いた</a>ので、なんだかオオカミ少年になりつつある気もしないではないが、またしても電子書籍をめぐって<a href="http://www.nytimes.com/2010/07/22/books/22odyssey.html?_r=1" target="_blank">バトルが始まった</a>。</p>
<p>今度はエージェントが大手出版社が抱える大物作家のEブック専門出版社を作り、アマゾンと専属契約を交わしてしまった、というニュース。報復措置として出版社側は、そのエージェントが担当する新人や新しい企画のボイコットをはじめた、というものだ。</p>
<h3>電子化されるのは綺羅星のような名作ばかり</h3>
<p>さて、このバトルで赤コーナーに立つのは、ICMやウィリアム・モリスと並ぶ大御所のアンドリュー・ワイリー・エージェンシー。クライアントの作家を思いつくまま挙げてみると、フィリップ・ロス、ソール・ベロウ、ノーマン・メイラー、サルマン・ラシュディー、マーティン・エイミス、オルハン・パムクなどなど、まさに<a href="http://www.amazon.com/gp/feature.html?ie=UTF8&amp;docId=1000528381" target="_blank">綺羅星のような、そうそうたる顔ぶれだ</a>。（リストを見ると大江健三郎や村上龍がはいっているが、これは日本のサカイ・エージェンシーと提携しているので、著作の一部を預かっているため）</p>
<p>このアンドリュー・ワイリー、業界では「ジャッカル」とか「ダース・ベーダー」とかあだ名される辣腕エージェント。つまり著者にとっては強ーい味方だが、出版社から搾り取れるだけ搾り取る、アグレッシブなやり方で有名な、いや、悪名高き御仁。でも、やっぱりいい作家とってるもんね。無視するわけにもいかない。</p>
<p>ワイリー卿（と呼ぶとしっくりくる。下のリンク先のインタビューの写真を参照）、つい最近まで電子書籍に関しては我関せずといったそぶりで、<a href="http://harvardmagazine.com/node/27848" target="_blank">母校のハーバード大学の卒業生ロングインタビュー</a>でもキンドルについて訊かれて、「まだ売上げ全体の4％にしかならんものに、96％の時間を費やしてあれこれ言ってもしょうがない」ってなことを（しゃーしゃーと）答えていた。しかも「いちばん大衆的でくだらないベストセラーから電子化されるだろうね。ジェームズ・パターソンなんかEブックで十分じゃないの？　誰もそんなの書斎に飾っときたくないだろうし」なんて暴言まで吐いてるのだ。</p>
<div id="attachment_3255" class="wp-caption alignnone" style="width: 460px"><img class="size-full wp-image-3255" title="odyssay_website" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/07/odyssay_website.jpg" alt="オデッセイ社のウェブサイトはとてもシンプルで、求める作品の電子書籍がすぐに購入できる。" width="450" height="496" /><p class="wp-caption-text">オデッセイ社のウェブサイトはシンプルで、求める作品の電子書籍がすぐに購入できる。</p></div>
<p>ワイリーのクライアントである作家の電子書籍版権は、アンタッチャブルというか、出版社側は紙の本を出すときにもちろんEブック版権も付けてくれ、と申し出るのだが、それはダメです、渡せません、と言われてなす術がなかっただけで、Eブック版を放っておいたわけではない。だが、ワイリー卿ときたら、本当に自分のところでEブック専門出版社を作って、しかもその販売をする権利を、2年間の期限付きでアマゾンだけに譲渡という暴挙に出た。<a href="http://www.odysseyeditions.com/" target="_blank">「オデッセイ」と名付けられたその出版社</a>、名前にふさわしく今後数々の至難が待ち受けているんだろうなぁ。</p>
<p><span id="more-3236"></span>まずは、20タイトルをアマゾンで9.99ドルで売り出すそうだが、この配分が例のエージェンシーモデルで分配されるとしたら、アマゾンが3ドル、著者側の取り分が7ドル。エージェントのコミッションは15％なので、ワイリー卿の儲けはダウンロードごとに1ドルちょい。普通に出版社からEブックをだしたら、印税率は15〜35％なので、著者にとっても2〜3倍の儲けになるわけだ。</p>
<h3>出版社が怒っている理由</h3>
<p>でもそりゃないよ、アマゾンに渡すデジタルファイル、誰が編集して、どこで組んだと思ってるの？　というわけで、これには版元も黙ってはいられない。しかもほとんどのタイトルが<a href="http://www.randomhouse.com/" target="_blank">ランダムハウス</a>だ。ランダムハウスは米最大手で、唯一、アップルともエージェンシーモデルの契約をしていない出版社だ。それはなぜかといえば、出遅れてるんじゃなくて、出版社が本の小売価格を決めなければいけないエージェンシーモデルでは、いろいろと不都合でややこしい問題が起きることを見抜いてたんだと察する。</p>
<p>こういう場合、出版社としてはどうエージェントに対抗するかは微妙な問題だ。まず、読者に不都合となる措置には出られない。とりあえず、ワイリーからは今後、新しい企画は買わない、という腰砕けのボイコット作戦に出たものの、ワイリー卿が即座に「へい、まいりました」とオデッセイの活動を止めるとは思えないし。</p>
<p>ランダムハウスのスポークスマンは「エージェントっていうのは、著者の本が売れるように出版社をサポートするものかと思っていたが、書店で売る本の邪魔をしていいのかね」と嫌みたっぷりなコメント。</p>
<p>しかし、これでEブック版権をめぐって他のエージェントと他の出版社までが争いをはじめ、一大バトルになるかと思うとそうでもない。というのも、「空いている（つまりどこがEブック版権を持っているのかが契約書にハッキリ明言されていない）」本は、ほとんどないと言っていいからだ。版権が切れるほど古くもないが、まだEブックというコンセプトがなかった時代に出された本もあるにはあるが、こちらはEブックを出したところで大してうま味はないだろう。</p>
<p>20タイトルの電子化権を2年間とられるぐらいなら、全体から見ればごくほんの一部、という見方もできるが、ワイリー卿は、自社のクライアント作家でなくても、Eブックだけをうちで手がけることも可能、とまで言ってしまった。それじゃ、エージェントが出版社になるってことじゃないか。いいのか～？</p>
<p>いずれにしても、しばらくすったもんだしそう。わくわく。</p>
<p>■関連記事<br />
・<a href="http://www.nytimes.com/2010/07/22/books/22odyssey.html?_r=1" target="_blank">Literary Agent Plans E-Book Editions (NewYork Times)</a><br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/02/03/macmillan_vs_amazon/">マクミラン対アマゾン、バトルの顛末</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=E%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E7%89%88%E6%A8%A9%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%A8%E5%87%BA%E7%89%88%E7%A4%BE%E3%81%AE%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%AB+http://bit.ly/9tOF2H+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=E%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E7%89%88%E6%A8%A9%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%A8%E5%87%BA%E7%89%88%E7%A4%BE%E3%81%AE%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%AB+http://bit.ly/9tOF2H+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		<title>電子書籍は波紋を生む「一石」となる</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/07/20/ebooks_cause_a_stir_in_publishing_industry/</link>
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		<pubDate>Tue, 20 Jul 2010 07:13:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>magazine_k editor</dc:creator>
				<category><![CDATA[レポート]]></category>
		<category><![CDATA[iPad]]></category>
		<category><![CDATA[iPhone]]></category>
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		<category><![CDATA[グーグル]]></category>
		<category><![CDATA[書店]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

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		<description><![CDATA[posted by 松永英明（文士・事物起源探究家、絵文録ことのは）
2010年7月8日～11日に開催された第17回東京国際ブックフェア。同時開催としてデジタルパブリッシングフェア2010なども開かれた。わたしが前回、東京国際ブックフェアに行ったのは2005年のことだから、5年ぶりの参加となる。その間、電子書籍の動向も大きく変化したように感じた。
5年前と今の電子本
電子書籍化の流れは前世紀末から始まり、今世紀に入ってから加速した。当初は各社がΣBookのような電子ブックリーダーを独自に開発したり、独自フォーマットを開発して「蔵衛門」などの専用ソフトウェアを売る、という方向性だった。しかし、特に独自の機械を開発したところは、残念ながらいずれも頓挫していった。一方、KeyringPDFを採用したパピレスは、ある程度汎用的なフォーマットを採用することで生き延びていった。
2005年のブックフェアではボイジャー社の無料公開セミナーを聴講した。ここで画期的だと思ったのは、ボイジャーの路線変更だ。独自ソフトT-Timeを開発していたボイジャー社は、T-Time5.5で大きく方向転換し、「液晶画面でjpg画像を表示できる機械ならどれでも電子本を読める」ようにした。携帯でもデジカメでもPSPでも読めるということで、デバイスの制約を取り払ったのである。それは確かに正しい方向だった。
しかし、それから約5年、電子本はなかなか広まらなかった。それが2009年からのKindle、iPadの衝撃で大きな変化が訪れたといえる。独自の電子書籍ツール開発競争は、アマゾンとアップルの二大巨頭がほぼ制覇したといえよう。一般ユーザーにとってのパソコンのOSがWindowsかMacの二択となった状況に似ているといえる。それにより、電子書籍のフォーマットも選択肢が絞られてきた。
そんな状況で、果たして紙の本はなくなるのか、電子書籍という黒船にどう対応するのかという話が盛り上がっている。2010年のデジタルパブリッシングフェアは、非常に重要なターニングポイントに位置しているといっても過言ではない。そこで大きな期待を抱いて、会場に向かった。
「本の消費現場で何が起きているのか」
午前中はシンポジウム「本の消費現場で何が起きているのか？」を聞いた。「読むことに関する環境の変化、消費現場の変化をどうとらえるか」をテーマにしたパネルディスカッションである（登壇者は以下の各氏。敬称略）。
・樺山紘一（印刷博物館館長）
・太田克史（編集者・星海社副社長）
・草彅主税（丸善お茶の水店店長）
・司会：仲俣暁生（編集者・「マガジン航」編集人）
樺山さんは歴史家として、星海社の太田さんは出版社の立場として、丸善の草彅さんは販売店の立場としての発言となる。詳細な内容は来年のブックフェア開催時をめどに出版されるそうなので、ここでは手元のメモ（by ポメラ）をもとに、特に電子書籍化に絡む部分について簡単にまとめておくとしよう（他の部分も興味深いので、ぜひ出版時には全文をお読みいただきたい）。

「冊子」「印刷」「電子化」という歴史
興味深かったのは樺山さんによる「本の歴史」の解説だ。見過ごされがちなポイントだが「書物」という形になったというのは大きな改革だったという。
つまり、冊子として綴じられたもの（コデックスシステム、ブックになっているもの）が登場したのは3世紀のローマ時代のことだった。東洋でも本が綴じられたのはそれくらいの時期だ。それ以前に冊子という形は存在しなかった。欧州は巻紙、東洋は木簡・竹簡で、はじめから書物があったわけではない。
冊子ができることによって情報を適切に盛り込めるようになり、持ち運びが可能になった。冊子形式には、ぱっと開けば見開きで見られるなどの非常に有効なポイントがあった。文庫本・新書版では、適切な大きさの文字で、見開き平均約1分間で読めるという特性がある。このように、書物というのは大変な発明だった（「マガジン航」掲載の津野海太郎「書物史の第三の革命」を参照）。
グーテンベルク以前に、こういうメディアを開発したのは大きな貢献だった。そしてもちろん、活版印刷によって膨大な書物が流通することになり、「西洋近代」は印刷革命と深い関係がある。
つまり、書籍の歴史としては、「冊子」「印刷」「電子化」という大きな展開があったというのだ。グーテンベルク以前／以後とインターネット以前／以後を対比する論調は多いが、冊子化以前／以後も大きな変革だったということになる。わたしにとって、この指摘は非常に大きなインスピレーションをもたらしてくれるものだった。
こういう歴史を考えると、電子化によっても、書物という紙媒体の世界が失われ、無意味になるわけではない。紙か電子かという問いはナンセンスである。共存、選択ができるようになるわけである。これについては仲俣さんも賛同した。実際、いまデジタルで読んでいる人は、紙でも読んでいる人だ、と指摘する。
「ネクストノベル」への期待
太田さんは、ハードの進化のあとにソフトの進化があると語る。粘土版・石版がでてきて、長編叙事詩が生まれた。どんなに才能があっても京極夏彦の小説が石版で出版されたら大変なことになる。電子上の何らかのハードにあわせた文芸作品がでてくるはずだ、と言う。
ところが、今の電子書籍に関する議論では、たとえるなら、ブック（本）の時代に入っているのに、石版の重さを再現するにはどうしたらいいかというような議論も見られる。過渡期にはそれもありなのだが、やがて新しい文芸活動がでてくるだろう。太田さんはそれを次の世界、「ネクストノベル」という言葉で表現した。
マクロ的にいうと、今は「異境の発見」の時代に当たる、と太田さんは言う。デジタルの世界は、紙からすると異境である。それぞれの世界があって、お互いに交流することでお互いの文化の発展となる。紙とデジタルのそれぞれの住人がお互い異境を認めて運動を起こしていくことだ。変化をおそれず立ち向かっていけばいい、と太田さんは考えている。
転換の時期はどうだったか
仲俣さんは、古い形式から新しい形式に切り替わる時代に立ち会った人たちの歴史を、樺山さんに尋ねた。和本から洋本、写本から活版本に変わるとき、人々はどう対応していったのか。対応できなかった人もいるのではないか。
樺山さんは、ユーザーのデマンド（ニーズ）という言葉でそれを説明する。グーテンベルクの印刷革命から50年くらいで活版印刷の時代に変わった。それは非常に大きなインパクトがあった。活版印刷がいやな人もいれば、積極的に推進した人もいた。
いずれにしても書物文化を変えたのは、ユーザーの側である。ニーズがあったからその時代が訪れた。この50年間に、2万5000点、350万冊くらいの書物が出版された。それまでの何百倍もの量である。それだけ、読者の本に対する要求が大きかった。お坊さん、法律家だけでなく、貴族などがこぞって買い求めた。
当時の本は極めて高かった。活版印刷の聖書は今の価値だと数十万円くらいだったというが、それでも190冊程度売れた。ニーズがあったからこそグーテンベルクの革命があったのだ。
もちろん、活版印刷に対する抵抗感が残っている人もいた。ちなみにこれと同時期、銅版画が生まれている。有名なアルブレヒト・デューラーはその画家の一人だ。ところが、「銅版画はいやだ」といって最後まで手を染めなかった人もいる。その代表的な例としては、意外なことにレオナルド・ダ・ヴィンチがいる。こういう人たちは新しい技術へのある種の抵抗感があった。けれども、それはそれでいっこうにかまわなかった。乗った人たちと乗らなかった人たちの両方によって、ルネサンスが作られた。
このときと同じように、電子書籍に関心がある人と、電子書籍がいやという人との対話によって、新しい時代が作られると思う――と樺山さんは語る。
大量出版の時代に向けて
仲俣さんは、電子書籍の話が盛り上がってよかったこととして、「業界だけでなく、読者が興味を持ってきた」ことを指摘した。本という誰もが親しんでいるメディアについて発言できる機会がでてきた。そこで鍵を握るのは読者、売る側ではなく読む側なのである。
去年のシンポジウムの会場は業界の人、ことに男性が多い印象だったという。しかし、今年は老若男女、多種多様な人が集まり、関心を持つ層が変わってきた。そして、その全員が本の世界を作っていくプレイヤーなのだ、と仲俣さんは言う。
なお、電子書籍以外の話題についても、このシンポジウムは非常に興味深い話題が多かった。先日亡くなった梅棹忠夫さんの「本はわかりやすくなければ伝えたことにならない」という考え方、「本は魂の食べ物」という言葉を太田さんに教えた「週刊モーニング」編集長の言葉、立ち読み可能な書店はもともと（クリス・アンダーソンのいう）「フリー戦略」だという指摘、松岡正剛氏とのコラボレーションによる丸善の「松丸本舗」の試み、書店員も編集者も固有名詞を出していく時代、といった話題については、紙幅の関係上、今回は省略する。
キンドル・電書と新しい表現手法
さて、このシンポジウムが終わって、今度はブックフェア本体に向かう。多くの出版社や編集プロダクションなどが出展し、海外の出版社も取引を望んでやってくる。今年はサウジアラビアが巨大なスペースで展示していたが、出版文化や本の紹介というよりは国そのものの紹介っぽい感じだった。
さて、デジタルパブリッシングフェアの区画に向かう。目当てはボイジャーのブースだ。そこで「電子書籍部」部長の米光一成さん、「日本Kindleの会」の漫画家・藤井あやさんが次のトークに備えて待機していた。来週の電書フリマでお世話になることもあって、ちょっとご挨拶。
やがて仲俣さんが司会として、米光さん・藤井さんがブースに登壇する。電書部の活動、Kindleの話などの紹介が行なわれる。印象深いのは、二人ともKindleを実際に手にして、少し使ってみたところ、大きな可能性をそこに見いだしたという話だ。
これについても完全な報告がいずれ行なわれると思うので、わたしが特に興味を惹いた話題について記しておこう。それは、Kindleあるいは電子書籍ならではの表現方法についての話だ。紙のマンガでは、見開きになっているのが普通である。そして、たとえば登場人物が扉を開くシーンは、見開きの最後のコマに置くというようなテクニックがある。そうすると、登場人物と一緒に読者もページを「めくる」という作業が行なわれる。
ところが、電子書籍では1ページ単位で表示されたりするので、そうはいかない。そうなると、今までのやり方だけではだめで、電子書籍に対応した新しい表現技法が必要になってくるだろうと思われる。
午前中のシンポジウムで「ネクストノベル」という話が出たが、メディアの変化は確実に表現方法の変化ももたらすだろうと感じた。わたし自身、どういう媒体に書くか、どういうレイアウト、どういうフォーマットで書くかが決まらないとなかなか文章も書けない人間である。レイアウトが表現方法や内容を規定するという要素もある。単に同じ文字データを表示させればそれでいいというものではない。
電子書籍の登場は、おそらく、利便性だけではなく、表現方法や受け取り方も変える可能性があると感じた。
また、電子書籍が出ることによって紙の出版点数が減り、適正な出版点数になることによって紙の本も健全化するのではないか、という意見もあった。それはよい変化として期待したいものである。
小飼弾：「ネット」接続デバイスが電子書籍ブームを生んだ
このトークが終わった時点で、いろいろと知り合いの編集者の方などともお会いした。そこで合流していってもよかったのだが、あえて次のトークを聞くことにした。小飼弾さんと、ボイジャーの萩野正昭さんの登場である。
弾さんの特徴は、物事をズバズバと割り切って分析することである。今回の話の中心は、なぜ電子書籍が急にメジャーになったのか、ということだった。ボイジャーもすでに18年、そんなに長い間電子書籍をやっていて、なぜ、いまになってようやくメジャー化したのか。
弾さんの結論を簡単にまとめると、一つはiPad/iPhoneやKindleの登場である。しかし、デバイスだけなら今までにも存在した。ではなぜこれらが伸びたのか。答えは「ネット」。通信機能を備えていたからだ、と弾さんは指摘する。この機械一つで購入までたどり着く。特別な作業は何もいらない。そこに大ヒットの理由があったというのである。
たしかにそれは大きい。わたしはKindle 2ユーザーだが、Kindle上でショップを見ていて、何となく面白そうな本を見つけると、つい購入ボタンを押しそうになってしまう。このあいだは「Japanese History」で検索したところ、「Japanese Love Hotels: A Cultural History」という本を見つけて、思わず買いそうになった。定価180ドルがKindle版はわずか42ドル。電子書籍の中では安くはないが、強烈に衝動買いを促すシステムが構築されている。
このように、iPadにしろKindleにしろ、買う作業における障壁が非常に低い。ボタンを一つクリックしただけで本が表示され、買えてしまう。これはついつい買ってしまう。
だが、これまでの電子書籍業界は、購入のしやすさというような「読者の立場」に立っていなかったと弾さんは強く指摘した。それは、用意されている電子本の「点数」にも現われているという。年間何万冊という本が刊行されている。数万冊の在庫があれば、そこに行けば何か買いたいものがあるということになるが、いまの理想書店などの品揃えでは欲しいものがあるかどうかわからない。次にまた来ようということにも繋がらない、という。
このトークで小飼さんが語られた他の内容もまた興味深いものだったが、これもいずれ公開されると思うので割愛する。
電子書籍ビジネス
さて、このトークが終わって、気の向くまま・足の向くままにデジタルパブリッシングフェア、ブックフェアのいろいろなブースを回ってみた。
電子書籍関連では、Google Booksのブースが非常に盛況だったのが印象的だった。ブックフェアに合わせて発表されたGoogle エディションは、「ネット上での立ち読みを促すことで本が売れるようになる」という、主に出版社向けのアピールだと感じた。
電子書籍化するシステムを販売する企業が多かったのも印象的だ。その多くが、ePub形式への対応（すなわち、「iPadやiPhoneで読める形に変換しますよ」）というものであった。Kindle派のわたしとしては、ePubオンリーというのはどうも腑に落ちない。が、この期におよんでも独自フォーマットにこだわるよりは、汎用に近いフォーマットに対応するという方向性は間違っていないと思う。5年前のデジタルパブリッシングフェアでは、電子書籍リーダーやフォーマットが乱立していたが、今年は業界標準に沿った形での提供に流れは変わってきていると感じた。
しかし、こういうところで提供されるシステムは、はっきり言って高い。いろいろなフォーマットに変換できるシステムが200万円（5年リース月額4万円）とか、Word文書をePubに変換するツールが57万5000円とか、個人ではまったく手が出ないレベルである。
米光さんたちの「電子書籍部」のシステムが有志によって作られていることを思うと、あるいはブクログの「パブー」が無料で誰でも電子書籍を作れるシステムとして提供されていることを思うと、ちょっとこれは高い。もちろん開発が大変なのはわかるのだが……。
興味を持ったのは、「Kindleストアで販売するマンガのセリフを英訳する代わりに売り上げを折半する」サービスである。Kindleの売り上げの何割かを支払う契約をすれば、英訳部分を担当してくれるというのである。これはよいシステムだ。いわば印税の中から翻訳料を支払っているわけで、初期費用もかからない分、同人作家を含めて多くのマンガ家さんにとってうれしいサービスではないだろうか。
ただ、文章主体の場合は翻訳すべき量が多いので、別途翻訳料がかかるという。ぜひ利用したいサービスだったが、断念した。
アルクのWePublishに期待
そんな中でわたしが実際に使ってみたいと思うサービスを見つけた。それは、デジタルパブリッシングフェアのブースではなく、一般の出版社ブースの片隅にあった。語学書などで知られるアルク（ALC）の個人向け電子書籍作成サービス「WePublish」である。
サービス開始は8月で、プレスリリースもまだだというのだが、これは非常に興味深いサービスになりそうだ。身も蓋もなく言ってしまえば、ブクログの「パブー」に似た後発サイトではある。しかし、ウェブ上で電子書籍の作成・公開・販売が可能になるサイトが増えることは歓迎したい。
おもしろいのは、ブログツールであるMovable Type形式のデータをアップロードできること。つまり、ブログの内容をMT形式でエクスポートしてWePublishに放り込めば、画像も読み込んで電子書籍に変換してくれるのである。
表示のためには独自の無料アプリ／ソフトを利用する必要があるが、iPadやiPhone上でも閲覧可能。少し突っ込んで聞いてみると、一度PDF形式に変換した上で画像化して表示させているようである。また、縦組みの制作も可能だ（まだ縦中横までは対応していないが）。
専門ソフトを使えない人たちでも気軽に電子書籍を制作できる環境を、という方向性は間違っていないと思う。
Kindle対応のデータは作れますか、と尋ねたら、興味深い回答が返ってきた。
「うちだけを使ってくださいというつもりはないんです。今までは、ここで出版したら他のところからは出せない、ということがあったと思うんですが、うちから出してもらっているものを、他社さん（たとえばKindleストア）で出されてもかまわない。もちろん、その選択肢の一つとして、ぜひ利用していただければということです」
いまの出版契約が一社独占である状態を、あっさり否定してくれた。これは期待せざるを得ない。電子書籍は出版契約も変える力を秘めている。もちろん単独契約もあってよいが（「○○先生の△△作品が読めるのは理想書店だけ！」というウリだってある）、いろいろな条件でいろいろな電子版元から出版できるようになれば、書き手にとっても読み手にとってもよい方向に向かうと思われる。読者の選択肢を増やすことは、決してマイナスではあるまい。
電子書籍という「一石」
今回のブックフェアで話を聞いたりブースを回ったりした結果、いまの電子書籍は視覚表現に対して、文字どおり「一石を投じる」存在であるということを強く感じた。電子書籍というものそれ自体より、それが登場することで「読み物」の世界に生まれる「波紋」が大きく広がるように思われる。
この大きなうねりの中で、わたしたちは表現とは何か、書物／読み物を作る・読むとはどういうことか、新しいメディアにふさわしい表現技法とは何か、といった根本的な課題をもう一度考え直すことになるのだろう。そして、紙にこだわる人も、最先端の流れに乗っていく人も、新しい世界を見つめることになる。
正直に言えば、わたし自身、その新しい表現とはどういうものになるのか、いまの時点ではまったく見えていない。予測もつかない。だが、何だか楽しい時代に居合わせたということだけは間違いないと思う。
■関連記事
・書物史の第三の革命
・東京国際ブックフェア2010 講演レポート
・米光一成×小沢高広　電子書籍宣言
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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 松永英明（文士・事物起源探究家、<a href="http://www.kotono8.com/" target="_blank">絵文録ことのは</a>）</p>
<p>2010年7月8日～11日に開催された第17回東京国際ブックフェア。同時開催としてデジタルパブリッシングフェア2010なども開かれた。わたしが前回、東京国際ブックフェアに行ったのは2005年のことだから、5年ぶりの参加となる。その間、電子書籍の動向も大きく変化したように感じた。</p>
<h3>5年前と今の電子本</h3>
<p>電子書籍化の流れは前世紀末から始まり、今世紀に入ってから加速した。当初は各社がΣBookのような電子ブックリーダーを独自に開発したり、独自フォーマットを開発して「蔵衛門」などの専用ソフトウェアを売る、という方向性だった。しかし、特に独自の機械を開発したところは、残念ながらいずれも頓挫していった。一方、KeyringPDFを採用したパピレスは、ある程度汎用的なフォーマットを採用することで生き延びていった。</p>
<p>2005年のブックフェアではボイジャー社の無料公開セミナーを聴講した。ここで画期的だと思ったのは、ボイジャーの路線変更だ。独自ソフトT-Timeを開発していたボイジャー社は、T-Time5.5で大きく方向転換し、「液晶画面でjpg画像を表示できる機械ならどれでも電子本を読める」ようにした。携帯でもデジカメでもPSPでも読めるということで、デバイスの制約を取り払ったのである。それは確かに正しい方向だった。</p>
<p>しかし、それから約5年、電子本はなかなか広まらなかった。それが2009年からのKindle、iPadの衝撃で大きな変化が訪れたといえる。独自の電子書籍ツール開発競争は、アマゾンとアップルの二大巨頭がほぼ制覇したといえよう。一般ユーザーにとってのパソコンのOSがWindowsかMacの二択となった状況に似ているといえる。それにより、電子書籍のフォーマットも選択肢が絞られてきた。</p>
<p>そんな状況で、果たして紙の本はなくなるのか、電子書籍という黒船にどう対応するのかという話が盛り上がっている。2010年のデジタルパブリッシングフェアは、非常に重要なターニングポイントに位置しているといっても過言ではない。そこで大きな期待を抱いて、会場に向かった。</p>
<div id="attachment_3230" class="wp-caption alignnone" style="width: 460px"><img class="size-full wp-image-3230" title="TIBF2010._logo" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/07/TIBF2010._logo.jpg" alt="東京国際ブックフェア2010の会場となった国際展示場" width="450" height="338" /><p class="wp-caption-text">東京国際ブックフェア2010の会場となった国際展示場</p></div>
<h3>「本の消費現場で何が起きているのか」</h3>
<p>午前中はシンポジウム「本の消費現場で何が起きているのか？」を聞いた。「読むことに関する環境の変化、消費現場の変化をどうとらえるか」をテーマにしたパネルディスカッションである（登壇者は以下の各氏。敬称略）。</p>
<p>・樺山紘一（印刷博物館館長）<br />
・太田克史（編集者・星海社副社長）<br />
・草彅主税（丸善お茶の水店店長）<br />
・司会：仲俣暁生（編集者・「マガジン航」編集人）</p>
<p>樺山さんは歴史家として、星海社の太田さんは出版社の立場として、丸善の草彅さんは販売店の立場としての発言となる。詳細な内容は来年のブックフェア開催時をめどに出版されるそうなので、ここでは手元のメモ（by ポメラ）をもとに、特に電子書籍化に絡む部分について簡単にまとめておくとしよう（他の部分も興味深いので、ぜひ出版時には全文をお読みいただきたい）。</p>
<p><span id="more-3210"></span></p>
<h3>「冊子」「印刷」「電子化」という歴史</h3>
<p>興味深かったのは樺山さんによる「本の歴史」の解説だ。見過ごされがちなポイントだが「書物」という形になったというのは大きな改革だったという。</p>
<p>つまり、冊子として綴じられたもの（コデックスシステム、ブックになっているもの）が登場したのは3世紀のローマ時代のことだった。東洋でも本が綴じられたのはそれくらいの時期だ。それ以前に冊子という形は存在しなかった。欧州は巻紙、東洋は木簡・竹簡で、はじめから書物があったわけではない。</p>
<p>冊子ができることによって情報を適切に盛り込めるようになり、持ち運びが可能になった。冊子形式には、ぱっと開けば見開きで見られるなどの非常に有効なポイントがあった。文庫本・新書版では、適切な大きさの文字で、見開き平均約1分間で読めるという特性がある。このように、書物というのは大変な発明だった（「マガジン航」掲載の<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/the_third_revolution_in_books_history/" target="_blank">津野海太郎「書物史の第三の革命」</a>を参照）。</p>
<p>グーテンベルク以前に、こういうメディアを開発したのは大きな貢献だった。そしてもちろん、活版印刷によって膨大な書物が流通することになり、「西洋近代」は印刷革命と深い関係がある。</p>
<p>つまり、書籍の歴史としては、「冊子」「印刷」「電子化」という大きな展開があったというのだ。グーテンベルク以前／以後とインターネット以前／以後を対比する論調は多いが、冊子化以前／以後も大きな変革だったということになる。わたしにとって、この指摘は非常に大きなインスピレーションをもたらしてくれるものだった。</p>
<p>こういう歴史を考えると、電子化によっても、書物という紙媒体の世界が失われ、無意味になるわけではない。紙か電子かという問いはナンセンスである。共存、選択ができるようになるわけである。これについては仲俣さんも賛同した。実際、いまデジタルで読んでいる人は、紙でも読んでいる人だ、と指摘する。</p>
<h3>「ネクストノベル」への期待</h3>
<p>太田さんは、ハードの進化のあとにソフトの進化があると語る。粘土版・石版がでてきて、長編叙事詩が生まれた。どんなに才能があっても京極夏彦の小説が石版で出版されたら大変なことになる。電子上の何らかのハードにあわせた文芸作品がでてくるはずだ、と言う。</p>
<p>ところが、今の電子書籍に関する議論では、たとえるなら、ブック（本）の時代に入っているのに、石版の重さを再現するにはどうしたらいいかというような議論も見られる。過渡期にはそれもありなのだが、やがて新しい文芸活動がでてくるだろう。太田さんはそれを次の世界、「ネクストノベル」という言葉で表現した。</p>
<p>マクロ的にいうと、今は「異境の発見」の時代に当たる、と太田さんは言う。デジタルの世界は、紙からすると異境である。それぞれの世界があって、お互いに交流することでお互いの文化の発展となる。紙とデジタルのそれぞれの住人がお互い異境を認めて運動を起こしていくことだ。変化をおそれず立ち向かっていけばいい、と太田さんは考えている。</p>
<h3>転換の時期はどうだったか</h3>
<p>仲俣さんは、古い形式から新しい形式に切り替わる時代に立ち会った人たちの歴史を、樺山さんに尋ねた。和本から洋本、写本から活版本に変わるとき、人々はどう対応していったのか。対応できなかった人もいるのではないか。</p>
<p>樺山さんは、ユーザーのデマンド（ニーズ）という言葉でそれを説明する。グーテンベルクの印刷革命から50年くらいで活版印刷の時代に変わった。それは非常に大きなインパクトがあった。活版印刷がいやな人もいれば、積極的に推進した人もいた。</p>
<p>いずれにしても書物文化を変えたのは、ユーザーの側である。ニーズがあったからその時代が訪れた。この50年間に、2万5000点、350万冊くらいの書物が出版された。それまでの何百倍もの量である。それだけ、読者の本に対する要求が大きかった。お坊さん、法律家だけでなく、貴族などがこぞって買い求めた。</p>
<p>当時の本は極めて高かった。活版印刷の聖書は今の価値だと数十万円くらいだったというが、それでも190冊程度売れた。ニーズがあったからこそグーテンベルクの革命があったのだ。</p>
<p>もちろん、活版印刷に対する抵抗感が残っている人もいた。ちなみにこれと同時期、銅版画が生まれている。有名なアルブレヒト・デューラーはその画家の一人だ。ところが、「銅版画はいやだ」といって最後まで手を染めなかった人もいる。その代表的な例としては、意外なことにレオナルド・ダ・ヴィンチがいる。こういう人たちは新しい技術へのある種の抵抗感があった。けれども、それはそれでいっこうにかまわなかった。乗った人たちと乗らなかった人たちの両方によって、ルネサンスが作られた。</p>
<p>このときと同じように、電子書籍に関心がある人と、電子書籍がいやという人との対話によって、新しい時代が作られると思う――と樺山さんは語る。</p>
<h3>大量出版の時代に向けて</h3>
<p>仲俣さんは、電子書籍の話が盛り上がってよかったこととして、「業界だけでなく、読者が興味を持ってきた」ことを指摘した。本という誰もが親しんでいるメディアについて発言できる機会がでてきた。そこで鍵を握るのは読者、売る側ではなく読む側なのである。</p>
<p>去年のシンポジウムの会場は業界の人、ことに男性が多い印象だったという。しかし、今年は老若男女、多種多様な人が集まり、関心を持つ層が変わってきた。そして、その全員が本の世界を作っていくプレイヤーなのだ、と仲俣さんは言う。</p>
<p>なお、電子書籍以外の話題についても、このシンポジウムは非常に興味深い話題が多かった。先日亡くなった梅棹忠夫さんの「本はわかりやすくなければ伝えたことにならない」という考え方、「本は魂の食べ物」という言葉を太田さんに教えた「週刊モーニング」編集長の言葉、立ち読み可能な書店はもともと（クリス・アンダーソンのいう）「フリー戦略」だという指摘、松岡正剛氏とのコラボレーションによる丸善の「松丸本舗」の試み、書店員も編集者も固有名詞を出していく時代、といった話題については、紙幅の関係上、今回は省略する。</p>
<h3>キンドル・電書と新しい表現手法</h3>
<p>さて、このシンポジウムが終わって、今度はブックフェア本体に向かう。多くの出版社や編集プロダクションなどが出展し、海外の出版社も取引を望んでやってくる。今年はサウジアラビアが巨大なスペースで展示していたが、出版文化や本の紹介というよりは国そのものの紹介っぽい感じだった。</p>
<p>さて、デジタルパブリッシングフェアの区画に向かう。目当てはボイジャーのブースだ。そこで「電子書籍部」部長の米光一成さん、「日本Kindleの会」の漫画家・藤井あやさんが次のトークに備えて待機していた。来週の電書フリマでお世話になることもあって、ちょっとご挨拶。</p>
<p>やがて仲俣さんが司会として、米光さん・藤井さんがブースに登壇する。電書部の活動、Kindleの話などの紹介が行なわれる。印象深いのは、二人ともKindleを実際に手にして、少し使ってみたところ、大きな可能性をそこに見いだしたという話だ。</p>
<div id="attachment_3231" class="wp-caption alignnone" style="width: 460px"><img class="size-full wp-image-3231" title="TIBF2010_ko_event" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/07/TIBF2010_ko_event.jpg" alt="ボイジャーのブースで行われた「マガジン航」のイベント風景。左が藤井あやさん、右が米光一成さん。" width="450" height="338" /><p class="wp-caption-text">ボイジャーのブースでのイベント風景。左が藤井あやさん、右が米光一成さん。</p></div>
<p>これについても完全な報告がいずれ行なわれると思うので、わたしが特に興味を惹いた話題について記しておこう。それは、Kindleあるいは電子書籍ならではの表現方法についての話だ。紙のマンガでは、見開きになっているのが普通である。そして、たとえば登場人物が扉を開くシーンは、見開きの最後のコマに置くというようなテクニックがある。そうすると、登場人物と一緒に読者もページを「めくる」という作業が行なわれる。</p>
<p>ところが、電子書籍では1ページ単位で表示されたりするので、そうはいかない。そうなると、今までのやり方だけではだめで、電子書籍に対応した新しい表現技法が必要になってくるだろうと思われる。</p>
<p>午前中のシンポジウムで「ネクストノベル」という話が出たが、メディアの変化は確実に表現方法の変化ももたらすだろうと感じた。わたし自身、どういう媒体に書くか、どういうレイアウト、どういうフォーマットで書くかが決まらないとなかなか文章も書けない人間である。レイアウトが表現方法や内容を規定するという要素もある。単に同じ文字データを表示させればそれでいいというものではない。</p>
<p>電子書籍の登場は、おそらく、利便性だけではなく、表現方法や受け取り方も変える可能性があると感じた。</p>
<p>また、電子書籍が出ることによって紙の出版点数が減り、適正な出版点数になることによって紙の本も健全化するのではないか、という意見もあった。それはよい変化として期待したいものである。</p>
<h3>小飼弾：「ネット」接続デバイスが電子書籍ブームを生んだ</h3>
<p>このトークが終わった時点で、いろいろと知り合いの編集者の方などともお会いした。そこで合流していってもよかったのだが、あえて次のトークを聞くことにした。小飼弾さんと、ボイジャーの萩野正昭さんの登場である。</p>
<p>弾さんの特徴は、物事をズバズバと割り切って分析することである。今回の話の中心は、なぜ電子書籍が急にメジャーになったのか、ということだった。ボイジャーもすでに18年、そんなに長い間電子書籍をやっていて、なぜ、いまになってようやくメジャー化したのか。</p>
<p>弾さんの結論を簡単にまとめると、一つはiPad/iPhoneやKindleの登場である。しかし、デバイスだけなら今までにも存在した。ではなぜこれらが伸びたのか。答えは「ネット」。通信機能を備えていたからだ、と弾さんは指摘する。この機械一つで購入までたどり着く。特別な作業は何もいらない。そこに大ヒットの理由があったというのである。</p>
<p>たしかにそれは大きい。わたしはKindle 2ユーザーだが、Kindle上でショップを見ていて、何となく面白そうな本を見つけると、つい購入ボタンを押しそうになってしまう。このあいだは「Japanese History」で検索したところ、「Japanese Love Hotels: A Cultural History」という本を見つけて、思わず買いそうになった。定価180ドルがKindle版はわずか42ドル。電子書籍の中では安くはないが、強烈に衝動買いを促すシステムが構築されている。</p>
<p>このように、iPadにしろKindleにしろ、買う作業における障壁が非常に低い。ボタンを一つクリックしただけで本が表示され、買えてしまう。これはついつい買ってしまう。</p>
<p>だが、これまでの電子書籍業界は、購入のしやすさというような「読者の立場」に立っていなかったと弾さんは強く指摘した。それは、用意されている電子本の「点数」にも現われているという。年間何万冊という本が刊行されている。数万冊の在庫があれば、そこに行けば何か買いたいものがあるということになるが、いまの理想書店などの品揃えでは欲しいものがあるかどうかわからない。次にまた来ようということにも繋がらない、という。</p>
<p>このトークで小飼さんが語られた他の内容もまた興味深いものだったが、これもいずれ公開されると思うので割愛する。</p>
<h3>電子書籍ビジネス</h3>
<p>さて、このトークが終わって、気の向くまま・足の向くままにデジタルパブリッシングフェア、ブックフェアのいろいろなブースを回ってみた。</p>
<p>電子書籍関連では、Google Booksのブースが非常に盛況だったのが印象的だった。ブックフェアに合わせて発表されたGoogle エディションは、「ネット上での立ち読みを促すことで本が売れるようになる」という、主に出版社向けのアピールだと感じた。</p>
<p>電子書籍化するシステムを販売する企業が多かったのも印象的だ。その多くが、ePub形式への対応（すなわち、「iPadやiPhoneで読める形に変換しますよ」）というものであった。Kindle派のわたしとしては、ePubオンリーというのはどうも腑に落ちない。が、この期におよんでも独自フォーマットにこだわるよりは、汎用に近いフォーマットに対応するという方向性は間違っていないと思う。5年前のデジタルパブリッシングフェアでは、電子書籍リーダーやフォーマットが乱立していたが、今年は業界標準に沿った形での提供に流れは変わってきていると感じた。</p>
<p>しかし、こういうところで提供されるシステムは、はっきり言って高い。いろいろなフォーマットに変換できるシステムが200万円（5年リース月額4万円）とか、Word文書をePubに変換するツールが57万5000円とか、個人ではまったく手が出ないレベルである。</p>
<p>米光さんたちの「電子書籍部」のシステムが有志によって作られていることを思うと、あるいはブクログの<a href="http://p.booklog.jp/" target="_blank">「パブー」</a>が無料で誰でも電子書籍を作れるシステムとして提供されていることを思うと、ちょっとこれは高い。もちろん開発が大変なのはわかるのだが……。</p>
<p>興味を持ったのは、「Kindleストアで販売するマンガのセリフを英訳する代わりに売り上げを折半する」サービスである。Kindleの売り上げの何割かを支払う契約をすれば、英訳部分を担当してくれるというのである。これはよいシステムだ。いわば印税の中から翻訳料を支払っているわけで、初期費用もかからない分、同人作家を含めて多くのマンガ家さんにとってうれしいサービスではないだろうか。</p>
<p>ただ、文章主体の場合は翻訳すべき量が多いので、別途翻訳料がかかるという。ぜひ利用したいサービスだったが、断念した。</p>
<h3>アルクのWePublishに期待</h3>
<p>そんな中でわたしが実際に使ってみたいと思うサービスを見つけた。それは、デジタルパブリッシングフェアのブースではなく、一般の出版社ブースの片隅にあった。語学書などで知られる<a href="http://www.alc.co.jp/" target="_blank">アルク（ALC）</a>の個人向け電子書籍作成サービス「WePublish」である。</p>
<p>サービス開始は8月で、プレスリリースもまだだというのだが、これは非常に興味深いサービスになりそうだ。身も蓋もなく言ってしまえば、ブクログの「パブー」に似た後発サイトではある。しかし、ウェブ上で電子書籍の作成・公開・販売が可能になるサイトが増えることは歓迎したい。</p>
<p>おもしろいのは、ブログツールであるMovable Type形式のデータをアップロードできること。つまり、ブログの内容をMT形式でエクスポートしてWePublishに放り込めば、画像も読み込んで電子書籍に変換してくれるのである。</p>
<p>表示のためには独自の無料アプリ／ソフトを利用する必要があるが、iPadやiPhone上でも閲覧可能。少し突っ込んで聞いてみると、一度PDF形式に変換した上で画像化して表示させているようである。また、縦組みの制作も可能だ（まだ縦中横までは対応していないが）。</p>
<p>専門ソフトを使えない人たちでも気軽に電子書籍を制作できる環境を、という方向性は間違っていないと思う。</p>
<p>Kindle対応のデータは作れますか、と尋ねたら、興味深い回答が返ってきた。</p>
<blockquote><p>「うちだけを使ってくださいというつもりはないんです。今までは、ここで出版したら他のところからは出せない、ということがあったと思うんですが、うちから出してもらっているものを、他社さん（たとえばKindleストア）で出されてもかまわない。もちろん、その選択肢の一つとして、ぜひ利用していただければということです」</p></blockquote>
<p>いまの出版契約が一社独占である状態を、あっさり否定してくれた。これは期待せざるを得ない。電子書籍は出版契約も変える力を秘めている。もちろん単独契約もあってよいが（「○○先生の△△作品が読めるのは理想書店だけ！」というウリだってある）、いろいろな条件でいろいろな電子版元から出版できるようになれば、書き手にとっても読み手にとってもよい方向に向かうと思われる。読者の選択肢を増やすことは、決してマイナスではあるまい。</p>
<h3>電子書籍という「一石」</h3>
<p>今回のブックフェアで話を聞いたりブースを回ったりした結果、いまの電子書籍は視覚表現に対して、文字どおり「一石を投じる」存在であるということを強く感じた。電子書籍というものそれ自体より、それが登場することで「読み物」の世界に生まれる「波紋」が大きく広がるように思われる。</p>
<p>この大きなうねりの中で、わたしたちは表現とは何か、書物／読み物を作る・読むとはどういうことか、新しいメディアにふさわしい表現技法とは何か、といった根本的な課題をもう一度考え直すことになるのだろう。そして、紙にこだわる人も、最先端の流れに乗っていく人も、新しい世界を見つめることになる。</p>
<p>正直に言えば、わたし自身、その新しい表現とはどういうものになるのか、いまの時点ではまったく見えていない。予測もつかない。だが、何だか楽しい時代に居合わせたということだけは間違いないと思う。</p>
<p>■関連記事<br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/the_third_revolution_in_books_history/" target="_blank">書物史の第三の革命<br />
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