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	<title>マガジン航[kɔː]</title>
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		<title>「2010年代の出版を考える」イベント報告</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/02/07/pub2010_event_report/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/02/07/pub2010_event_report/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 07 Feb 2010 02:13:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>solar</dc:creator>
				<category><![CDATA[レポート]]></category>
		<category><![CDATA[出版流通]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=2019</guid>
		<description><![CDATA[posted by 仲俣暁生
2月1日の夜、東京・阿佐谷のAsagaya/Loft Aで、「2010年代の出版を考える」というトークイベントを開催しました。これはそのイベントの結果報告です。
登壇者はポット出版の沢辺均さん、語研の高島利行さん、「情報考学」という書評ブログで知られる橋本大也さん、そして「マガジン航」編集人の仲俣の四人。
このほか、リアルタイムでtwitterに中継する（いわゆる「tsudaる」）役割を、この言葉の語源であるジャーナリストの津田大介さんと、畠中英秋さんが買って出てくださり、ネット中継もポット出版が行ったUstreamのほかに、深水英一郎さんがニコニコ生放送でオンエアしてくれるなど、ITに詳しい人たちの助力により、来場者以外の方も参加できる、画期的なトークイベントになりました。
ポット出版の那須ゆかりさんによる「2010年代の出版を考える」イベントレポートで紹介されているとおり、当日の来場者数は立ち見も含め140人、このほかUstreamの視聴者が最大時で1150人、ニコニコ生放送での視聴者が1149人、コメント数が2984人と、予想を超える多くの人々の参加が得られました。ネット系のイベントでは、すでにUstreamとTwitterの組み合わせによる中継がさかんに行われていますが、出版系のイベントでここまでのリアルタイム性とインタラクティブ性が実現できたのも、多くの方の協力のおかげです。あらためてここでお礼を申し上げます。
来場者の多くが出版関係者（出版社の比率が最大でしたが、書店、取次、フリーランスのライターや編集者の方も多数）であったにもかかわらず、iPhoneユーザーやTwitterユーザーの比率がかなり多かったのは、予想していたとはいえ、やや驚きです(キンドルをすでに持っているという人も10人以上もいました)。twitter上でイベントの告知をしたこととも関係があると思いますが、個人レベルでは、出版人のIT環境への対応はかなり進んでいるな、という印象を受けました。
私自身が登壇していたため、当日のトークの内容については客観的な評価ができないのですが、幸い、ネット上に来場してくれた方によるすぐれた記事がいくつも公開されています（EBook2.0 Forumの「2010年の出版」視聴記、新刊JPニュースのぶっちゃけ＆爆弾発言連発!?　「2010年代の出版を考える」トークイベントをレポート！、Traveling LIBRARIAN−旅する図書館屋の「雪の電子書籍元年!?」、浅草・吾妻橋発　てきとーじゃーなるの「2010年代の出版を考えるヨッパライ」など）ので、ぜひこちらをご覧下さい。
当日参加できなかった方も、ライブ中継を行ったUstreamの映像が、前半部分のみ、いまも録画で視聴できますので、こちらをご覧下さい。また、twitter上のハッシュタグ #pub2010 のタイムラインも、いまものんびりと継続中です。
なお、この日のトークの内容を電子出版して販売することも計画しています。詳細が決まりしだい発表しますので、こちらもご期待ください。
■関連記事
・電子書籍に高まる出版社の期待
 Tweet This Post]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 仲俣暁生</p>
<p>2月1日の夜、東京・阿佐谷の<a href="http://www.loft-prj.co.jp/lofta/" target="_blank">Asagaya/Loft A</a>で、「2010年代の出版を考える」というトークイベントを開催しました。これはそのイベントの結果報告です。</p>
<div id="attachment_2025" class="wp-caption alignnone" style="width: 460px"><img class="size-full wp-image-2025" title="pub2010_01_low" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/02/pub2010_01_low.jpg" alt="壇上向かって右から沢辺、橋本、仲俣、高島の各氏。会場は100人を超える観客で満員。" width="450" height="300" /><p class="wp-caption-text">壇上向かって左から沢辺、橋本、仲俣、高島の各氏。会場は100人を超える観客で満員。</p></div>
<p>登壇者は<a href="http://www.pot.co.jp/company/" target="_blank">ポット出版</a>の沢辺均さん、<a href="http://www.goken-net.co.jp/" target="_blank">語研</a>の高島利行さん、<a href="http://www.ringolab.com/note/daiya/" target="_blank">「情報考学」</a>という書評ブログで知られる橋本大也さん、そして「マガジン航」編集人の仲俣の四人。</p>
<p>このほか、リアルタイムでtwitterに中継する（いわゆる「tsudaる」）役割を、この言葉の語源であるジャーナリストの津田大介さんと、<span>畠中英秋さんが買って出てくださり、ネット中継もポット出版が行ったUstreamのほかに、深水英一郎さんがニコニコ生放送でオンエアしてくれるなど、ITに詳しい人たちの助力により、来場者以外の方も参加できる、画期的なトークイベントになりました。</span></p>
<p><span>ポット出版の那須ゆかりさんによる<a style="CURSOR: pointer" title="「2010年代の出版を考える」イベントレポート" href="http://www.pot.co.jp/news/20100202_145251493916565.html" target="_blank">「2010年代の出版を考える」イベントレポート</a>で紹介されているとおり、当日の来場者数は立ち見も含め140人、このほかUstreamの視聴者が最大時で1150人、ニコニコ生放送での視聴者が1149人、コメント数が2984人と、予想を超える多くの人々の参加が得られました。ネット系のイベントでは、すでにUstreamとTwitterの組み合わせによる中継がさかんに行われていますが、出版系のイベントでここまでのリアルタイム性とインタラクティブ性が実現できたのも、多くの方の協力のおかげです。あらためてここでお礼を申し上げます。</span></p>
<p><span>来場者の多くが出版関係者（出版社の比率が最大でしたが、書店、取次、フリーランスのライターや編集者の方も多数）であったにもかかわらず、iPhoneユーザーやTwitterユーザーの比率がかなり多かったのは、予想していたとはいえ、やや驚きです(キンドルをすでに持っているという人も10人以上もいました)</span><span>。</span><span>twitter上でイベントの告知をしたこととも関係があると思いますが、個人レベルでは、出版人のIT環境への対応はかなり進んでいるな、という印象を受けました。</span></p>
<p><span>私自身が登壇していたため、当日のトークの内容については客観的な評価ができないのですが、幸い、ネット上に来場してくれた方によるすぐれた記事がいくつも公開されています（</span><span>EBook2.0 Forumの<a href="http://www.ebook2forum.com/2010/02/publishing-in-2010s/" target="_blank">「2010年の出版」視聴記</a>、新刊JPニュースの</span><a href="http://www.sinkan.jp/news/index_974.html" target="_blank">ぶっちゃけ＆爆弾発言連発!?　「2010年代の出版を考える」トークイベントをレポート！</a>、Traveling LIBRARIAN−旅する図書館屋の<a href="http://d.hatena.ne.jp/yashimaru/20100202#p1" target="_blank">「<span>雪の電子書籍元年!?」</span></a>、浅草・吾妻橋発　てきとーじゃーなるの<a href="http://yabunaga.blogspot.com/2010/02/blog-post.html" target="_blank">「2010年代の出版を考えるヨッパライ」</a>など）ので、ぜひこちらをご覧下さい。</p>
<p>当日参加できなかった方も、ライブ中継を行ったUstreamの映像が、<a href="http://www.ustream.tv/recorded/4371842" target="_blank">前半部分のみ、いまも録画で視聴できます</a>ので、こちらをご覧下さい。また、twitter上のハッシュタグ <a href="http://twitter.com/#search?q=%23pub2010" target="_blank">#pub2010 </a>のタイムラインも、いまものんびりと継続中です。</p>
<p>なお、この日のトークの内容を電子出版して販売することも計画しています。詳細が決まりしだい発表しますので、こちらもご期待ください。</p>
<p>■関連記事<br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2009/12/07/ebook_seminer_for_publishers/" target="_blank">電子書籍に高まる出版社の期待</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%80%8C2010%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%89%88%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E3%80%8D%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88%E5%A0%B1%E5%91%8A+http://bit.ly/dwccGs+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%80%8C2010%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%89%88%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E3%80%8D%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88%E5%A0%B1%E5%91%8A+http://bit.ly/dwccGs+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		<title>マクミラン対アマゾン、バトルの顛末</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/02/03/macmillan_vs_amazon/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/02/03/macmillan_vs_amazon/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 03 Feb 2010 14:50:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>solar</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[アマゾン]]></category>
		<category><![CDATA[キンドル]]></category>
		<category><![CDATA[出版流通]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

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		<description><![CDATA[posted by 大原けい(Lingual Literary Agency, NewYork)
1月29日の週末、何の予告もなしに米アマゾンのサイトから大手出版社の一つ、マクミランの本が急に買えなくなった（マクミランはドイツのホルツブリンクを親会社とし、傘下のインプリントには、一般書のセント・マーティンス、SF/ファンタジーのTor、文芸のファラー・ストラウス＆ジルー、ノンフィクションのヘンリー・ホルトなどを持つ）。断片的な事実関係が明らかになるにつれ、キンドル版Ｅブックの価格を巡る争いが発端になっていたことがわかった。
アメリカで約2年前から発売になったキンドルは、パソコン画面よりも目に優しいＥインク、パソコンにつながなくても1分以内に買ったタイトルをダウンロードできるG3ネットワーク、通信費はアマゾン持ち、などの理由で着実に浸透していった。読書好きの人にとって何よりも魅力的なのが、ハードカバーならどう安くても20ドルはする売れ筋の新刊の多くが、キンドル版なら本屋に足を運ぶこともなく即座に9.99ドルという値段で読めることだ。
ただしこれは、アマゾンがハードカバーを1冊売ったときと同じ売上げを版元に渡す条件だったので、キンドル普及のため、しばらく赤字大出血を覚悟でアマゾンが一方的に設定した値段だったことも確かだ。出版社側にとっては、ハードカバーが売れようが、キンドル版がダウンロードされようが、同じ売上げが懐に入ってくるのだから、アマゾンがどちらを売っても構わないように思えるかもしれない。しかしその一方で、自社のキンドル版Ｅブックの値段設定に対し、何の発言権もないこと、Ｅブックの値段に比べて、書店に並ぶハードカバーの新刊が割高に見えてくることを懸念していた。

「エージェンシー・モデル」は定着するか
今回マクミランがアマゾンに提示した新たな条件とは「エージェンシー・モデル」と呼ばれ、Ｅブックの価格はマクミラン側が決め、アマゾンがエージェントとして売上げから30％を受け取るというものだ。マクミラン側にとっても事実上ハードカバーを1冊売るより粗利が減るが、アマゾンも赤字が解消されるのだから、悪い話ではない。今話題のiPadでも、アップルと主な出版社との間で、同じエージェンシー・モデルでの話がまとまりつつある。
この2年間Ｅブック市場はキンドルの独占状態（一説には70％）だったが、バーンズ＆ノーブルのNookやアップルのiPadを始め、徐々に他社のデバイスも出揃い始め、アマゾンが好き勝手できなくなりつつある。赤字覚悟で他のどこよりも安い9.99ドルでＥブックを売る傍ら、ハードウェアのキンドルを売って儲ける方法もこれからは通用しない。となると、マクミランがキンドル版の値上げを要求してきたのはアマゾンにとっても好都合だったとも思える。傾向として著者団体はマクミランを支持し、読者はアマゾンに肩入れする声が大きいが、これも自然の摂理だろう。
今回の騒動がマクミランの本だけで収まるとは思えず、他の大手出版社がこれに加わる可能性も十分に考えられる。両社とも内々にコメントを発表しているが、この先どんな形になろうともマクミランがアマゾンと取引停止することは双方とも考えておらず、アマゾンのサイトからマクミランのＥブックだけでなく、紙の本までほとんど取引停止という措置をとったのはアマゾンの判断だが、今回はひとまずアマゾン側が折れるしかないと表明している。
ガチのバトルのように見えて、実際はネゴシエーション
グーグル・プリントの和解案の件についても言えるが、アメリカでは訴訟や今回の全面対決もネゴシエーションの方法のひとつに過ぎず、相手をとことんつぶそうとケンカをしているのではなく、お互いの立場でバトルをした後は、双方にとっていいところに落ち着けるように、取っ組み合っているだけなのだ。アマゾンとマクミランはこうしてＥブックの適正価格を模索しているとも言える。
何事においても「和」を優先する日本人は、こういう「バトルごっこ」がうまくできなくて話し合いが感情的になりやすいし、意見の対立が即、人格否定になりがちだし、ガチンコで本音を出さないで解決しようとする分、後でストレスが溜まったりするのではないだろうか？　アメリカで繰り返される訴訟合戦が恐ろしいものに見えるかもしれない。だがこれはケンカ好きのアメリカ企業の常套手段で、自由市場主義に則った公平なルールでバトルをした後は、またビジネスパートナーとしていっしょに仕事をしていくのである。
マクミランCEO、ジョン・サージェントの言葉が頭を離れない。「我々の話し合いが決裂したのは、目先の儲けの話ではなく、電子本の長期的展望の違いからである」。未来を見据えた、これがまだ第１ラウンドなのだということだろう。
■関連記事
・本の値引き競争で笑うのは誰？
・Amazon、MacmillanのKindleでの値上げ要求に降伏―消費者の判断は？（Tech Crunch Japan）
・アマゾンとマクミランがバトりんこ、仲良くＥブック適正価格を模索しだした—Amazon and Macmillan tango over the pricing of Kindle edition（マンハッタン Book and City）
 Tweet This Post]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 大原けい(Lingual Literary Agency, NewYork)</p>
<p>1月29日の週末、何の予告もなしに米アマゾンのサイトから大手出版社の一つ、<a href="http://us.macmillan.com/" target="_blank">マクミラン</a>の本が急に買えなくなった（マクミランはドイツのホルツブリンクを親会社とし、傘下のインプリントには、一般書のセント・マーティンス、SF/ファンタジーのTor、文芸のファラー・ストラウス＆ジルー、ノンフィクションのヘンリー・ホルトなどを持つ）。断片的な事実関係が明らかになるにつれ、キンドル版Ｅブックの価格を巡る争いが発端になっていたことがわかった。</p>
<p>アメリカで約2年前から発売になったキンドルは、パソコン画面よりも目に優しいＥインク、パソコンにつながなくても1分以内に買ったタイトルをダウンロードできるG3ネットワーク、通信費はアマゾン持ち、などの理由で着実に浸透していった。読書好きの人にとって何よりも魅力的なのが、ハードカバーならどう安くても20ドルはする売れ筋の新刊の多くが、キンドル版なら本屋に足を運ぶこともなく即座に9.99ドルという値段で読めることだ。</p>
<p>ただしこれは、アマゾンがハードカバーを1冊売ったときと同じ売上げを版元に渡す条件だったので、キンドル普及のため、しばらく赤字大出血を覚悟でアマゾンが一方的に設定した値段だったことも確かだ。出版社側にとっては、ハードカバーが売れようが、キンドル版がダウンロードされようが、同じ売上げが懐に入ってくるのだから、アマゾンがどちらを売っても構わないように思えるかもしれない。しかしその一方で、自社のキンドル版Ｅブックの値段設定に対し、何の発言権もないこと、Ｅブックの値段に比べて、書店に並ぶハードカバーの新刊が割高に見えてくることを懸念していた。</p>
<p><span id="more-1980"></span></p>
<h3>「エージェンシー・モデル」は定着するか</h3>
<p>今回マクミランがアマゾンに提示した新たな条件とは「エージェンシー・モデル」と呼ばれ、Ｅブックの価格はマクミラン側が決め、アマゾンがエージェントとして売上げから30％を受け取るというものだ。マクミラン側にとっても事実上ハードカバーを1冊売るより粗利が減るが、アマゾンも赤字が解消されるのだから、悪い話ではない。今話題のiPadでも、アップルと主な出版社との間で、同じエージェンシー・モデルでの話がまとまりつつある。</p>
<p>この2年間Ｅブック市場はキンドルの独占状態（一説には70％）だったが、バーンズ＆ノーブルのNookやアップルのiPadを始め、徐々に他社のデバイスも出揃い始め、アマゾンが好き勝手できなくなりつつある。赤字覚悟で他のどこよりも安い9.99ドルでＥブックを売る傍ら、ハードウェアのキンドルを売って儲ける方法もこれからは通用しない。となると、マクミランがキンドル版の値上げを要求してきたのはアマゾンにとっても好都合だったとも思える。傾向として<a href="http://www.authorsguild.org/advocacy/articles/the-right-battle.html" target="_blank">著者団体はマクミランを支持し</a>、読者はアマゾンに肩入れする声が大きいが、これも自然の摂理だろう。</p>
<div id="attachment_1990" class="wp-caption alignnone" style="width: 430px"><img class="size-full wp-image-1990" title="authors_guild_supports_macmillan" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/02/authors_guild_supports_macmillan.jpg" alt="マクミラン支持を表明した全米作家協会のサイト" width="420" height="364" /><p class="wp-caption-text">米国作家協会（the Authors Guild）はマクミラン支持を表明した。</p></div>
<p>今回の騒動がマクミランの本だけで収まるとは思えず、他の大手出版社がこれに加わる可能性も十分に考えられる。両社とも内々にコメントを発表しているが、この先どんな形になろうともマクミランがアマゾンと取引停止することは双方とも考えておらず、アマゾンのサイトからマクミランのＥブックだけでなく、紙の本までほとんど取引停止という措置をとったのはアマゾンの判断だが、今回はひとまずアマゾン側が折れるしかないと<a href="http://www.amazon.com/tag/kindle/forum/ref=cm_cd_tfp_ef_tft_tp?_encoding=UTF8&amp;cdForum=Fx1D7SY3BVSESG&amp;cdThread=Tx2MEGQWTNGIMHV&amp;displayType=tagsDetail" target="_blank">表明している</a>。</p>
<div id="attachment_2006" class="wp-caption alignnone" style="width: 430px"><img class="size-full wp-image-2006  " title="amazon_accepts_macmillan's_terms" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/02/amazon_accepts_macmillans_terms1.jpg" alt="アマゾンは最終的にマクミランの出した条件を受け入れた。" width="420" height="497" /><p class="wp-caption-text">アマゾンは最終的に、マクミランの出した条件を受け入れた。</p></div>
<h3>ガチのバトルのように見えて、実際はネゴシエーション</h3>
<p>グーグル・プリントの和解案の件についても言えるが、アメリカでは訴訟や今回の全面対決もネゴシエーションの方法のひとつに過ぎず、相手をとことんつぶそうとケンカをしているのではなく、お互いの立場でバトルをした後は、双方にとっていいところに落ち着けるように、取っ組み合っているだけなのだ。アマゾンとマクミランはこうしてＥブックの適正価格を模索しているとも言える。</p>
<p>何事においても「和」を優先する日本人は、こういう「バトルごっこ」がうまくできなくて話し合いが感情的になりやすいし、意見の対立が即、人格否定になりがちだし、ガチンコで本音を出さないで解決しようとする分、後でストレスが溜まったりするのではないだろうか？　アメリカで繰り返される訴訟合戦が恐ろしいものに見えるかもしれない。だがこれはケンカ好きのアメリカ企業の常套手段で、自由市場主義に則った公平なルールでバトルをした後は、またビジネスパートナーとしていっしょに仕事をしていくのである。</p>
<p>マクミランCEO、ジョン・サージェントの言葉が頭を離れない。「我々の話し合いが決裂したのは、目先の儲けの話ではなく、電子本の長期的展望の違いからである」。未来を見据えた、これがまだ第１ラウンドなのだということだろう。</p>
<p>■関連記事<br />
・<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2009/11/12/who-won-the-9-price-war/" target="_blank">本の値引き競争で笑うのは誰？</a><br />
・<a title="Amazon、MacmillanのKindleでの値上げ要求に降伏―消費者の判断は？" rel="bookmark" href="http://jp.techcrunch.com/archives/20100131amazon-caves-to-macmillans-ebook-pricing-demands/" target="_blank">Amazon、MacmillanのKindleでの値上げ要求に降伏―消費者の判断は？（Tech Crunch Japan）</a><br />
・<a href="http://oharakay.com/archives/2032" target="_blank">アマゾンとマクミランがバトりんこ、仲良くＥブック適正価格を模索しだした—Amazon and Macmillan tango over the pricing of Kindle edition（マンハッタン Book and City）</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%B3%E5%AF%BE%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%82%BE%E3%83%B3%E3%80%81%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%A1%9B%E6%9C%AB+http://bit.ly/dtn6tv+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%B3%E5%AF%BE%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%82%BE%E3%83%B3%E3%80%81%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%A1%9B%E6%9C%AB+http://bit.ly/dtn6tv+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>Twitter私論（1）</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/31/tweets_about_twitter_01/</link>
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		<pubDate>Sun, 31 Jan 2010 06:09:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>solar</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[Twitter]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=1974</guid>
		<description><![CDATA[posted by 橘川幸夫（デジタルメディア研究所／オンブック代表）
TwitterをしつつTwitterについて考える。まだ何も概念措定されていない「動き」について、その只中で思考出来ることは快楽だ。そこには定かならざる可能性の大きなうねりだけがある。自分自身の「つぶやき」を「ふぁぼったー」して、更に思考をブーストしてみる。
1. 「なう」でっせ。
◇物理的な位置情報確認のなう情報から始まって、時代の中の主体性確認の情報装置へと変容しつつある。ていうか変容させたい。
metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-20 09:37:57 2 favs bynaoyaabhimaitsme
◇なう＝私がここにいるというのは物理的な空間にいるというのと同時に大きな時間の流れの中にいるということ。メメントモリ。
metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-20 09:44:27
Twitterの「なう」には2種類ある。それは「渋谷なう」「実家なう」などという具体的な位置情報である。初めてTwitterに入った頃は、この「なう」がうっとおしく感じる人もいるだろう。Twitterというかネットワーク環境は、リアルな社会の完成にともない、孤立感を深めた人同士がつながるためのものだ。一見、リア充しているような人でも、潜在意識の奥底で自らの存在に対して不安がなければ、わざわざネットでコミュニケーションする必要はない。「なう」は、分断化され、疎外され、孤立を深める現代人の「いま、ここにいるよ」という、魂の叫びである（ホントか）（笑）。
さて、「なう」には、もう一種類ある。それは「晩飯なう」とか「プロポーズなう」というように、行為に対する「なう」情報である。物理的な位置情報の「なう」が「もの」としての情報だとすれば、こちらの行為情報は「こと」としての情報である。人や社会は「ものごと」で成立している。どちらが優位ということではなくて、ものごとのトータルな融合が自らの主体性の確立において必要なのである。

2. 歓迎する自分。
◇Twitterのつぶやきは自分自身への手紙。のぞき見歓迎、干渉コメント歓迎。
metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-20 06:05:52
Twitterの役割は多様である。自分自身へのメッセージでもあるし、他者への情報提供であったりアピールであったりもする。多様性は整理されずに混濁のカオスのままでこそ、威力を発揮する。コミュニケーションしたければ、干渉すべし。ディスコミュニケーションしたければ、ひたすら無視を続けることもよし。
3. いざ、本質へ。
◇あるオールド出版人は「テレビの時はテレビガイドのような出版にも恩恵のある商品を作れたが、インターネットでは作れてない」と言った。そうではない、新しい潮流のガイドブックを作るという発想自体がインターネット的ではないのだ。友よ、いざ、本質へ。
metakit/橘川幸夫 posted at 2009-12-27 07:55:01
文化でも産業でも、新しい潮流が生まれると、すくせに解説本や指南書で一儲けを企む出版人やコンサルタントが増えた。本来は、自分たちが潮流を作りだす主体であるはずの役割の人たちなのに、他人の情報や動きの尻馬に乗ることが仕事だと思っている。それは、サーフィンが普及して頃からではないか。この波乗り野郎が、たまには自分で波を作ってみろや。Twitterは、それ自体が新しい情報伝達手段であり、新しいジャーナリズムである。古い文化の視点で、外側からなぞったところで、本質の輝きは理解できないさ。
4. テキスト文化のテレビ化。
◇フォローする人が100人でも1万人でも、僕が読めるTLは一定である。であるなら、そのTLを見ることによって、より広大な他者の広がりを感じられた方がよいのではないか。ほんの断片からでも時代を想像することは出来る。
metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-26 11:10:02
これは僕も最初、勘違いしていたところである。フォローした人とは個別に付き合うことだから、その人の発言はすべて読まなければならない、と。しかし、進めていけば分かることだが、フォロー数は確実に増える。ちょっとした発言でも「面白いな」と思ったら、すぐにフォローしてしまうから。無論、「うるせえな」と思ったら、同じようにフォローをはずす。そうして理解したことは、すべての個人のつぶやきを読む必要はないということだ。Twitterの凄いところは、TL（いま、ここ）に表示される言葉だけがすべてで、時間の激流がどんどん書かれた言葉を過去に押し流してしまうところである。いわばテキスト文化が、はじめてテレビ的なシステムの中で機能をはじめたといえる。しかも、参加型である! 僕の長年の夢だ。
5. さざなみの無限連鎖。
◇大きな広場ではなく、小さな広場が重なりあって連鎖していく。原理的には、個人の発言が全体に広がっていくことは出来る。情報に力があれば。
metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-17 05:49:40
TL上で言葉は、どんどん過去に流されいく。しかし、生命力あふれる言葉や情報があれば、それは、RTという機能で、まるでシャケの川上りのように、TLの激流を遡って、いつまでも「いまここ」に存在する。それは、自分をフォローしてくれる人だけではなく、フォローアーたちのフォロワーへと、湖に投げされた小石の波紋のように、さざなみが広がっていく。
6. 魂のメーリングリスト。
◇Twitterは魂のメーリングリスト。言葉や情報のSNSである。
metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-27 09:29:40
Twitterが旧来のSNSというと違うのは、MixiやGreeが、人間関係のつながりでコミュニティを拡大していくものだとしたら、Twitterには基本コミュニティはない。ただ、誰かが発した言葉に意味と異議を感じた別の個人が、それを手つなぎ鬼のようにつなげていくだけ。情報の伝達は、関係が濃密であるかアカの他人であるかは問われない。情報のコミュニティなのである。
そのことで、一番、すっきりするのが、これまでのネットコミュニティは、ニフティだろうとFacebookだろうと、運営者によるネットワーカーの囲い込み戦略が見えてしまう。会員が増大してうまくいけばいくほど、露骨になっていく。Twitterの運営者が、今後どう出るのか分からないが、少なくとも僕の感覚的には「Twitterはコミュニティではなくて、通信のための交換機だな」と思えること。ようするに、これは、不特定多数の人間が同時に会話出来る「おしゃべり電話」なのだ。
1980年代の当初、当時の電電公社の電話交換機がアナログからデジタルに変換になった。デジタルになるということは、コンピュータになるということであり、ソフトを開発すれば、これまでの単なるAポイントとBポイントをつなぐだけの交換機ではなくなることを意味した。そこで試作機として開発されたのが「おしゃべり電話」である。僕は、情報通信総合研究所に呼ばれて、開発メンバーのブレーンとして参加した。100人が同時に通話出来る「電話の広場」みたいな構想で、実験は青森と山口だったかで行われた。
その発展がダイヤルQ2の「パーティライン」や「パーティフォン」などになっていくのだが、世界中で同じ開発が進められていて、不特定多数の同時通話という実証実験が行われていた。
時代状況は、複雑な伏流の道を経て突然、地上に現出する。「不特定多数のタイムライン上のコミュニケーション」は、世界がデジタル社会化したことによって、ますます役割の意味を増すだろう。旧来の作法や矜持が、陳腐に思えるほど、時代の疾走は速度をあげている。
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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 橘川幸夫（<a href="http://www.demeken.co.jp/dmkn/" target="_blank">デジタルメディア研究所</a>／<a href="http://www.onbook.jp/" target="_blank">オンブック</a>代表）</p>
<p>TwitterをしつつTwitterについて考える。まだ何も概念措定されていない「動き」について、その只中で思考出来ることは快楽だ。そこには定かならざる可能性の大きなうねりだけがある。自分自身の「つぶやき」を「ふぁぼったー」して、更に思考をブーストしてみる。</p>
<h4>1. 「なう」でっせ。</h4>
<blockquote><p>◇物理的な位置情報確認のなう情報から始まって、時代の中の主体性確認の情報装置へと変容しつつある。ていうか変容させたい。<br />
<a href="http://twitter.com/metakit/status/7966520255" target="_blank">metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-20 09:37:57</a> 2 favs bynaoyaabhimaitsme</p>
<p>◇なう＝私がここにいるというのは物理的な空間にいるというのと同時に大きな時間の流れの中にいるということ。メメントモリ。<br />
<a href="http://twitter.com/metakit/status/7966738278" target="_blank">metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-20 09:44:27</a></p></blockquote>
<p>Twitterの「なう」には2種類ある。それは「渋谷なう」「実家なう」などという具体的な位置情報である。初めてTwitterに入った頃は、この「なう」がうっとおしく感じる人もいるだろう。Twitterというかネットワーク環境は、リアルな社会の完成にともない、孤立感を深めた人同士がつながるためのものだ。一見、リア充しているような人でも、潜在意識の奥底で自らの存在に対して不安がなければ、わざわざネットでコミュニケーションする必要はない。「なう」は、分断化され、疎外され、孤立を深める現代人の「いま、ここにいるよ」という、魂の叫びである（ホントか）（笑）。</p>
<p>さて、「なう」には、もう一種類ある。それは「晩飯なう」とか「プロポーズなう」というように、行為に対する「なう」情報である。物理的な位置情報の「なう」が「もの」としての情報だとすれば、こちらの行為情報は「こと」としての情報である。人や社会は「ものごと」で成立している。どちらが優位ということではなくて、ものごとのトータルな融合が自らの主体性の確立において必要なのである。</p>
<p><span id="more-1974"></span></p>
<h4>2. 歓迎する自分。</h4>
<blockquote><p>◇Twitterのつぶやきは自分自身への手紙。のぞき見歓迎、干渉コメント歓迎。<br />
<a href="http://twitter.com/metakit/status/7959515764" target="_blank">metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-20 06:05:52</a></p></blockquote>
<p>Twitterの役割は多様である。自分自身へのメッセージでもあるし、他者への情報提供であったりアピールであったりもする。多様性は整理されずに混濁のカオスのままでこそ、威力を発揮する。コミュニケーションしたければ、干渉すべし。ディスコミュニケーションしたければ、ひたすら無視を続けることもよし。</p>
<h4>3. いざ、本質へ。</h4>
<blockquote><p>◇あるオールド出版人は「テレビの時はテレビガイドのような出版にも恩恵のある商品を作れたが、インターネットでは作れてない」と言った。そうではない、新しい潮流のガイドブックを作るという発想自体がインターネット的ではないのだ。友よ、いざ、本質へ。<br />
<a href="http://twitter.com/metakit/status/7072593574" target="_blank">metakit/橘川幸夫 posted at 2009-12-27 07:55:01</a></p></blockquote>
<p>文化でも産業でも、新しい潮流が生まれると、すくせに解説本や指南書で一儲けを企む出版人やコンサルタントが増えた。本来は、自分たちが潮流を作りだす主体であるはずの役割の人たちなのに、他人の情報や動きの尻馬に乗ることが仕事だと思っている。それは、サーフィンが普及して頃からではないか。この波乗り野郎が、たまには自分で波を作ってみろや。Twitterは、それ自体が新しい情報伝達手段であり、新しいジャーナリズムである。古い文化の視点で、外側からなぞったところで、本質の輝きは理解できないさ。</p>
<h4>4. テキスト文化のテレビ化。</h4>
<blockquote><p>◇フォローする人が100人でも1万人でも、僕が読めるTLは一定である。であるなら、そのTLを見ることによって、より広大な他者の広がりを感じられた方がよいのではないか。ほんの断片からでも時代を想像することは出来る。<br />
<a href="http://twitter.com/metakit/status/8217266597" target="_blank">metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-26 11:10:02</a></p></blockquote>
<p>これは僕も最初、勘違いしていたところである。フォローした人とは個別に付き合うことだから、その人の発言はすべて読まなければならない、と。しかし、進めていけば分かることだが、フォロー数は確実に増える。ちょっとした発言でも「面白いな」と思ったら、すぐにフォローしてしまうから。無論、「うるせえな」と思ったら、同じようにフォローをはずす。そうして理解したことは、すべての個人のつぶやきを読む必要はないということだ。Twitterの凄いところは、TL（いま、ここ）に表示される言葉だけがすべてで、時間の激流がどんどん書かれた言葉を過去に押し流してしまうところである。いわばテキスト文化が、はじめてテレビ的なシステムの中で機能をはじめたといえる。しかも、参加型である! 僕の長年の夢だ。</p>
<h4>5. さざなみの無限連鎖。</h4>
<blockquote><p>◇大きな広場ではなく、小さな広場が重なりあって連鎖していく。原理的には、個人の発言が全体に広がっていくことは出来る。情報に力があれば。<br />
<a href="http://twitter.com/metakit/status/7838660429" target="_blank">metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-17 05:49:40</a></p></blockquote>
<p>TL上で言葉は、どんどん過去に流されいく。しかし、生命力あふれる言葉や情報があれば、それは、RTという機能で、まるでシャケの川上りのように、TLの激流を遡って、いつまでも「いまここ」に存在する。それは、自分をフォローしてくれる人だけではなく、フォローアーたちのフォロワーへと、湖に投げされた小石の波紋のように、さざなみが広がっていく。</p>
<h4>6. 魂のメーリングリスト。</h4>
<blockquote><p>◇Twitterは魂のメーリングリスト。言葉や情報のSNSである。<br />
<a href="http://twitter.com/metakit/status/8257575632" target="_blank">metakit/橘川幸夫 posted at 2010-01-27 09:29:40</a></p></blockquote>
<p>Twitterが旧来のSNSというと違うのは、MixiやGreeが、人間関係のつながりでコミュニティを拡大していくものだとしたら、Twitterには基本コミュニティはない。ただ、誰かが発した言葉に意味と異議を感じた別の個人が、それを手つなぎ鬼のようにつなげていくだけ。情報の伝達は、関係が濃密であるかアカの他人であるかは問われない。情報のコミュニティなのである。</p>
<p>そのことで、一番、すっきりするのが、これまでのネットコミュニティは、ニフティだろうとFacebookだろうと、運営者によるネットワーカーの囲い込み戦略が見えてしまう。会員が増大してうまくいけばいくほど、露骨になっていく。Twitterの運営者が、今後どう出るのか分からないが、少なくとも僕の感覚的には「Twitterはコミュニティではなくて、通信のための交換機だな」と思えること。ようするに、これは、不特定多数の人間が同時に会話出来る「おしゃべり電話」なのだ。</p>
<p>1980年代の当初、当時の電電公社の電話交換機がアナログからデジタルに変換になった。デジタルになるということは、コンピュータになるということであり、ソフトを開発すれば、これまでの単なるAポイントとBポイントをつなぐだけの交換機ではなくなることを意味した。そこで試作機として開発されたのが「おしゃべり電話」である。僕は、情報通信総合研究所に呼ばれて、開発メンバーのブレーンとして参加した。100人が同時に通話出来る「電話の広場」みたいな構想で、実験は青森と山口だったかで行われた。</p>
<p>その発展がダイヤルQ2の「パーティライン」や「パーティフォン」などになっていくのだが、世界中で同じ開発が進められていて、不特定多数の同時通話という実証実験が行われていた。</p>
<p>時代状況は、複雑な伏流の道を経て突然、地上に現出する。「不特定多数のタイムライン上のコミュニケーション」は、世界がデジタル社会化したことによって、ますます役割の意味を増すだろう。旧来の作法や矜持が、陳腐に思えるほど、時代の疾走は速度をあげている。</p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=Twitter%E7%A7%81%E8%AB%96%EF%BC%881%EF%BC%89+http://bit.ly/bfr7na+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=Twitter%E7%A7%81%E8%AB%96%EF%BC%881%EF%BC%89+http://bit.ly/bfr7na+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>読み物コーナーに新記事を追加</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/28/yomimono_tsuika-4/</link>
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		<pubDate>Thu, 28 Jan 2010 02:19:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>solar</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=1953</guid>
		<description><![CDATA[posted by 仲俣暁生
アップルが新たに発表したタブレットマシンiPadには、iBooksという電子書籍のアプリケーションが載るようです。アップルの参戦で、電子書籍の話題はいっそう盛り上がっていますが、気になるのは電子書籍の読書にかかわるプライバシーの問題です。
昨年に公開した「プライバシーに関する電子書籍バイヤーズガイド」という記事で、電子フロンティア財団のエド・ベイリーは「主要な電子書籍リーダーのメーカー」のうち、電子書籍の利用者に対し、「どんなデータが収集されるのか、またその理由についてはっきりとした言葉で消費者に説明しているところは皆無」であることに、警鐘を鳴らしています。
先頃、この記事で紹介されている各社のプライバシー・ポリシー一覧（アップルのiBooksについては未掲載）が更新されていたので、「電子書籍のプライバシーポリシー一覧」という新たな記事として「読み物」コーナーに追加しました。電子書籍の購入を検討している方は、この一覧表をじっくりとお読みになってみてはいかがでしょう。
 Tweet This Post]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 仲俣暁生</p>
<p>アップルが新たに発表したタブレットマシン<a href="http://www.apple.com/ipad/" target="_blank">iPad</a>には、<a href="http://www.apple.com/ipad/gallery/#software-ibooks" target="_blank">iBooks</a>という電子書籍のアプリケーションが載るようです。アップルの参戦で、電子書籍の話題はいっそう盛り上がっていますが、気になるのは電子書籍の読書にかかわるプライバシーの問題です。</p>
<p>昨年に公開した「<a title="プライバシーに関する電子書籍バイヤーズガイド" href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/an_e-book_buyers_guide_to_privacy/">プライバシーに関する電子書籍バイヤーズガイド</a>」という記事で、電子フロンティア財団のエド・ベイリーは「主要な電子書籍リーダーのメーカー」のうち、電子書籍の利用者に対し、「どんなデータが収集されるのか、またその理由についてはっきりとした言葉で消費者に説明しているところは皆無」であることに、警鐘を鳴らしています。</p>
<p>先頃、この記事で紹介されている各社のプライバシー・ポリシー一覧（アップルのiBooksについては未掲載）が更新されていたので、<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/privacy_policies_of_ebooks/" target="_blank">「電子書籍のプライバシーポリシー一覧」</a>という新たな記事として「読み物」コーナーに追加しました。電子書籍の購入を検討している方は、この一覧表をじっくりとお読みになってみてはいかがでしょう。</p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E8%AA%AD%E3%81%BF%E7%89%A9%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%AB%E6%96%B0%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%82%92%E8%BF%BD%E5%8A%A0+http://bit.ly/czSjit+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E8%AA%AD%E3%81%BF%E7%89%A9%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%AB%E6%96%B0%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%82%92%E8%BF%BD%E5%8A%A0+http://bit.ly/czSjit+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>〈ミニコミ2.0〉とはなにか？</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/25/new_wave_of_independent_magazines/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/25/new_wave_of_independent_magazines/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 25 Jan 2010 10:46:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>solar</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[リトルマガジン]]></category>
		<category><![CDATA[出版流通]]></category>
		<category><![CDATA[雑誌]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=1901</guid>
		<description><![CDATA[posted by 武田俊（KAI-YOU代表）
はじめまして。KAI-YOUという、ミニコミ誌の制作やイベントの企画を行っている組織の代表をしております、武田俊と申します。今回は、以前の仲俣暁生さんの記事「リトルマガジンのゆくえ」に対して、その作り手の立場から何か答えるというような形式で書かせて頂こうと思っています。
といっても具体的には何をやっている人間なのか、という疑問を持たれることと思いますので、簡単に自己紹介をさせていただきます。
これまでのKAI-YOUの主だった活動としては、「世界と遊ぶ文芸誌」といういささか大仰なキーワードのもとに動いているミニコミ文芸誌『界遊』の制作と、それに関係するイベントの企画・運営が挙げられます。そして昨年の11月からは、〈ミニコミ2.0〉というタイトルを掲げていくつかの企画を行ってきました。
あえて「ミニコミ」と口にしてみる
〈ミニコミ2.0〉企画は、奇しくも昨年休刊となってしまった『STUDIO VOICE』のウェブサイトである「STUDIO VOICE ONLINE」内のコンテンツから始まり、ジュンク堂書店新宿店に企画を持ち込み行ったフェア、フェア担当の書店員・阪根正行さんとの対談記事、そして批評家／編集者である宇野常寛さんと、ライター／編集者の速水健朗さんによるトークイベント、といったようにウェブとリアルを往復するような形で展開させていきました。
ここでポイントとなるのは、いまなぜミニコミ誌なのか、ということです。もちろんミニコミ誌というメディアは今に始まったものではありません。ビートニクと呼ばれてきたような詩人や作家たちが自らの本を手作りで世に届けたものもそうですし、ファンジンや同人誌といったようなものも当てはまります。一言でまとめてしまえば、マスコミュニケーションという大きな存在に対して、カウンターとして振る舞い存在するインディーズメディアと呼ぶことができます。ミニコミュニケーション、という略される以前の言葉自体を考えればもっともな話です。
そのようなミニコミ誌という言葉から想像される一般的なイメージというのは、普段は他分野で仕事をしている社会人や学生が、自分の好きなコンテンツやカルチャーに対して自分の意見を記すというような、どこか内輪ノリで自己実現欲求に忠実なメディアといったものではないかと思います。現にそういったものが少なくありません。
いわゆる「大きな物語」消失以後、個人の趣味嗜好は細分化され、コンテンツはそれぞれの固定的消費者コミュニティー内で流通・消費されています。その結果それら全てをフォローするようなメディアを作るということは不可能ですし、そうであるからこそこれまでのような形でマスメディアを展開することも難しい。だからこそコンテンツの総数自体は増殖していき、出版界で言うならば不況だからこそ出版点数が増える、というねじれを生んでいます。
そういった状況の上に、比較的安価で購入できるDTPソフトや格安のオンデマンド印刷所の台頭といった、それぞれの声を具現化するためのインフラが整備されたのだから、ミニコミ誌というものが乱立しているのもまた頷ける話でしょう。ただその中でも、固定的消費者コミュニティーの中で内閉化することを拒むような形で、より広く遠くへ届けようとするミニコミ誌が増えているのです。
そしてそれに加え、これまでは書き手専業であったような方たちが自らのメディアを制作し、その販売も自分で行うというケースも目立っています。このことはミニコミ誌からミニコミ性が失われたということでもあるし、逆に言えばマスメディアがミニコミ化しつつあると見ることも可能なのではないでしょうか？
ただ雑誌を作るだけでなく、届けたい
私たちが一連の企画のタイトルに、〈ミニコミ2.0〉といういささか恥ずかしくもあるフレーズを冠しているのは、「2.0」的状況――流動性が高まることで、消費者と作り手の区分が極めて曖昧となっている状況――において、ミニコミ誌だけでなく、広義の意味でのミニコミュニケーション＝インディーズメディアがバージョンアップを遂げているということ、そこからこれまでとは違ったコンテンツやメディアの在り方を考えたい、という思いがあるからです。
誰しもがメディアを持ち表現することが可能となったことは、作り手サイドに物を作るという一次制作能力だけでなく、本来二次的であったパフォーマンス的要素すら要求されるのだ、ということを顕在化させました。そこからは大きく分けて2つの課題が導き出されることと思います。まず、コンテンツをどう届けるかということ自体を、それぞれのメディアの作り手自身が改めなければならないということ。
ことに出版不況における大きな課題としての流通というものの在り方を考え直さなければなりません。そしてもう一つは、この過剰ともいえる流動性の高まりにおいては、随時現状認識を行い、その都度より適切なパフォーマンスを行っていく必要があるということです。いつまでも形骸化した「マス」として、あるいは「ミニ」として振る舞うのではなく、そうではない何かというものを探っていく必要があるのではないでしょうか。
私たちが『界遊』というメディアを文芸誌ベースで制作しているのも、まさにいつまでも「マス」として振る舞ってしまう「文学」というものを、他ジャンルのコンテンツと同じフラットな地平にならべることで、それぞれの固定的消費者コミュニティーに風穴を空けられないか、という思いがあるからなのです。
確かに状況は絶望的なのかもしれません。けれども、身の回りには沢山のツールが転がっているし、絶望的状況というのはいつだってきっと変化の兆しを含んでいるはずです。私が見たいと思うのはトップダウンでもボトムアップでもなく、形式上フラット化した結果乱立しているような言説空間でもありません。その先の可能性こそを見たい、そう思っています。そのためにもまず、乱立化するその一つとして〈ミニコミ2.0〉から考えるということを進めたいのです。
■関連記事
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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 武田俊（<a href="http://kai-you.net/" target="_blank">KAI-YOU</a>代表）</p>
<p>はじめまして。<a href="http://kai-you.net/" target="_blank">KAI-YOU</a>という、ミニコミ誌の制作やイベントの企画を行っている組織の代表をしております、武田俊と申します。今回は、以前の仲俣暁生さんの記事<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2009/11/05/chronicle/" target="_blank">「リトルマガジンのゆくえ」</a>に対して、その作り手の立場から何か答えるというような形式で書かせて頂こうと思っています。</p>
<p>といっても具体的には何をやっている人間なのか、という疑問を持たれることと思いますので、簡単に自己紹介をさせていただきます。</p>
<p>これまでのKAI-YOUの主だった活動としては、「世界と遊ぶ文芸誌」といういささか大仰なキーワードのもとに動いているミニコミ文芸誌『界遊』の制作と、それに関係するイベントの企画・運営が挙げられます。そして昨年の11月からは、〈ミニコミ2.0〉というタイトルを掲げていくつかの企画を行ってきました。</p>
<h3>あえて「ミニコミ」と口にしてみる</h3>
<p>〈ミニコミ2.0〉企画は、奇しくも昨年休刊となってしまった『STUDIO VOICE』のウェブサイトである「STUDIO VOICE ONLINE」内の<a href="http://www.studiovoice.jp/kaiyou/minicomi/index.html" target="_blank">コンテンツ</a>から始まり、ジュンク堂書店新宿店に企画を持ち込み行ったフェア、フェア担当の書店員・阪根正行さんとの<a href="http://www.cyzo.com/2009/12/post_3412.html" target="_blank">対談記事</a>、そして批評家／編集者である宇野常寛さんと、ライター／編集者の速水健朗さんによるトークイベント、といったようにウェブとリアルを往復するような形で展開させていきました。</p>
<div id="attachment_1915" class="wp-caption aligncenter" style="width: 410px"><img class="size-full wp-image-1915" title="minikomi20" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/01/minikomi20.jpg" alt="ジュンク堂書店新宿店で行われた、〈ミニコミ2.0〉フェアの展示風景。" width="400" height="600" /><p class="wp-caption-text">ジュンク堂書店新宿店で行われた、〈ミニコミ2.0〉フェアの展示風景。</p></div>
<p>ここでポイントとなるのは、いまなぜミニコミ誌なのか、ということです。もちろんミニコミ誌というメディアは今に始まったものではありません。ビートニクと呼ばれてきたような詩人や作家たちが自らの本を手作りで世に届けたものもそうですし、ファンジンや同人誌といったようなものも当てはまります。一言でまとめてしまえば、マスコミュニケーションという大きな存在に対して、カウンターとして振る舞い存在するインディーズメディアと呼ぶことができます。ミニコミュニケーション、という略される以前の言葉自体を考えればもっともな話です。</p>
<p><span id="more-1901"></span>そのようなミニコミ誌という言葉から想像される一般的なイメージというのは、普段は他分野で仕事をしている社会人や学生が、自分の好きなコンテンツやカルチャーに対して自分の意見を記すというような、どこか内輪ノリで自己実現欲求に忠実なメディアといったものではないかと思います。現にそういったものが少なくありません。</p>
<p>いわゆる「大きな物語」消失以後、個人の趣味嗜好は細分化され、コンテンツはそれぞれの固定的消費者コミュニティー内で流通・消費されています。その結果それら全てをフォローするようなメディアを作るということは不可能ですし、そうであるからこそこれまでのような形でマスメディアを展開することも難しい。だからこそコンテンツの総数自体は増殖していき、出版界で言うならば不況だからこそ出版点数が増える、というねじれを生んでいます。</p>
<p>そういった状況の上に、比較的安価で購入できるDTPソフトや格安のオンデマンド印刷所の台頭といった、それぞれの声を具現化するためのインフラが整備されたのだから、ミニコミ誌というものが乱立しているのもまた頷ける話でしょう。ただその中でも、固定的消費者コミュニティーの中で内閉化することを拒むような形で、より広く遠くへ届けようとするミニコミ誌が増えているのです。</p>
<p>そしてそれに加え、これまでは書き手専業であったような方たちが自らのメディアを制作し、その販売も自分で行うというケースも目立っています。このことはミニコミ誌からミニコミ性が失われたということでもあるし、逆に言えばマスメディアがミニコミ化しつつあると見ることも可能なのではないでしょうか？</p>
<h3>ただ雑誌を作るだけでなく、届けたい</h3>
<p>私たちが一連の企画のタイトルに、〈ミニコミ2.0〉といういささか恥ずかしくもあるフレーズを冠しているのは、「2.0」的状況――流動性が高まることで、消費者と作り手の区分が極めて曖昧となっている状況――において、ミニコミ誌だけでなく、広義の意味でのミニコミュニケーション＝インディーズメディアがバージョンアップを遂げているということ、そこからこれまでとは違ったコンテンツやメディアの在り方を考えたい、という思いがあるからです。</p>
<p>誰しもがメディアを持ち表現することが可能となったことは、作り手サイドに物を作るという一次制作能力だけでなく、本来二次的であったパフォーマンス的要素すら要求されるのだ、ということを顕在化させました。そこからは大きく分けて2つの課題が導き出されることと思います。まず、コンテンツをどう届けるかということ自体を、それぞれのメディアの作り手自身が改めなければならないということ。</p>
<p>ことに出版不況における大きな課題としての流通というものの在り方を考え直さなければなりません。そしてもう一つは、この過剰ともいえる流動性の高まりにおいては、随時現状認識を行い、その都度より適切なパフォーマンスを行っていく必要があるということです。いつまでも形骸化した「マス」として、あるいは「ミニ」として振る舞うのではなく、そうではない何かというものを探っていく必要があるのではないでしょうか。</p>
<p>私たちが『界遊』というメディアを文芸誌ベースで制作しているのも、まさにいつまでも「マス」として振る舞ってしまう「文学」というものを、他ジャンルのコンテンツと同じフラットな地平にならべることで、それぞれの固定的消費者コミュニティーに風穴を空けられないか、という思いがあるからなのです。</p>
<p>確かに状況は絶望的なのかもしれません。けれども、身の回りには沢山のツールが転がっているし、絶望的状況というのはいつだってきっと変化の兆しを含んでいるはずです。私が見たいと思うのはトップダウンでもボトムアップでもなく、形式上フラット化した結果乱立しているような言説空間でもありません。その先の可能性こそを見たい、そう思っています。そのためにもまず、乱立化するその一つとして〈ミニコミ2.0〉から考えるということを進めたいのです。</p>
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・<a href="http://www.studiovoice.jp/kaiyou/minicomi/index.html" target="_blank">ミニコミ2．0～「誰でもメディア時代」の雑誌（STUDIO VOICE ONLINE）</a><br />
・<a href="http://www.cyzo.com/2009/12/post_3412.html" target="_blank">閉塞した出版業界の中で、掟破りのインディーズ・レーベルが勃興する！（日刊サイゾー）</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%80%88%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%9F2.0%E3%80%89%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%AB%E3%81%8B%EF%BC%9F+http://bit.ly/4zBMUc+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E3%80%88%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%9F2.0%E3%80%89%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%AB%E3%81%8B%EF%BC%9F+http://bit.ly/4zBMUc+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		<title>日本産アニメ・マンガの違法流通について考える</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/21/illegal_distribution_of_japanese_manga_and_anime/</link>
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		<pubDate>Wed, 20 Jan 2010 21:33:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>solar</dc:creator>
				<category><![CDATA[レポート]]></category>
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		<category><![CDATA[違法コンテンツ]]></category>

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		<description><![CDATA[posted by 椎名ゆかり
「電子書籍元年」とも言われる今年、年頭から電子書籍をめぐっていろいろとニュースが舞い込んでいる。たとえば「電子書籍へ大手が大同団結」(Asahi.com)は、キンドルに代表される読書専用端末の到来による市場変化を見越した大手出版社の「日本電子書籍出版社協会」（仮称）設立の動きを伝えたものだ。
わたしはマンガ専門の出版エージェントや翻訳をしている仕事柄、電子書籍には人並み以上の関心をもっている。しかし電子書籍を（たとえ専用端末上であっても）消費者にお金を出して積極的に購入してもらうには、ネット上に流通している「著作権者に無断でアップロードされ、その気になれば誰にでも無料で手に入る違法コンテンツ」がなくなることも同様に大事だと考えている。
監視団体による調査報告

ここにアトリビューター（Attributor）というネット上の違法コンテンツを監視する団体が1月14日付で発表した、ネット上の違法コンテンツの流通に関する調査結果がある。2009年の第4四半期にアメリカで流通していた14ジャンルの913の書籍について行われたものだ。
調査の簡単なまとめは以下の通り。
・同団体が調査した25のウェブサイトから900万回を超える違法ダウンロードが確認された。
・4つの無料ファイル共有サイトからはおよそ300万回の違法ダウンロードが認められ、この4つのサイトだけみても全体の違法流通コンテンツの3分の1に及ぶ。
・900万回の違法ダウンロードを小売価格で計算すると、ほぼ3億8千万ドルに相当する。
・調査対象となった本の市場での占有率から違法ダウンロード全体の小売価格を推定すると28億5千万ドルから30億ドルとなる。
・上記の金額はアメリカの出版売上のほぼ10％を占める。
・平均するとおよそ1つの本につき1万冊が違法に読まれている計算となる。
・本のジャンルと違法ダウンロードされる回数には相関関係が見られる。いちばん多くダウンロードされているジャンルは「ビジネスと投資」で平均1冊につき1万3千回。「フィクション」は調査されたジャンルの中ではいちばんダウンロード数が少なく、平均1冊につき2千回。
（上記調査のジャンル、小売価格は共にアマゾンを参考にしている。調査対象となった913冊は同四半期における出版市場の13．5％を占める）
『パブリッシャーズ・ウィークリー』のインタビューを受けて、アトリビューターは「1年前に調査を始めたときよりも状況は悪化している」と答えた。
さらに調査結果のまとめの中で、この結果は「違法ダウンロードがどのくらい業界に損失を与えているかを示す」ものではない、としている。つまりこの調査結果は「違法ダウンロードがなかったらどのくらい本が購入されていたか？」の質問の答えにはならず、違法ダウンロードが無ければその分の本が実際に購入されていたと考えるのは安易だ、と警告する。

一方で違法ダウンロードが売上に与えた損害額を推定するデータもある。対象が本ではないものの、ある調査ではiPhone用アプリを違法でダウンロードした人の10％は違法に流通するアプリがなければ正規品を購入したと見積もり、アップルが違法ダウンロードによって4億5千万ドルにのぼる損害を受けたと試算した。
出版専門コンサルタント会社マゼラン・メディア(Magellan Media)は、違法ダウンロードが本の売上に与える影響について調べ（2009年10月公表）、上記ふたつの調査とは別の意見を述べている。
同社は本が出版されてからファイル共有サイト等に本がアップロードされ、違法にダウンロードされるまでを追い、アップロードされる前と後の本の売上の推移を調査。その結果から、違法ダウンロードが本の売上にダメージを与えていると結論付けるのは早計としている。違法データが発売日からしばらくして（平均19週間後）流通することによって、下降を示していた本の売上が再度上がるケースが見られたからだ。
マゼラン・メディアは違法ダウンロードが本の売上を促進するケースとそうでないケースがあり、違法ダウンロードのすべてが損害を与えるとは言えない、と結論づける。
Impact Of Piracy And Free ( T O C F F)
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「ファンサブ」と「スキャンレーション」
アトリビューターが指摘するまでもなく、違法ダウンロードに関する調査結果から、その流通がどれほどコンテンツの権利者に被害を与えているのか（または、与えていないのか）を正確に算出するのは不可能だ。しかしだからと言って調査が無駄だというわけではない。むしろ逆である。
いままで取り上げたのはアメリカにおける調査だが、日本産のコンテンツに目を向けると、ネット上で日本のアニメ・マンガが、著作権者の許可なく大量にネット上にアップロードされ、世界中で視聴され読まれているのは多くの人の知るところである。
著作権者の許可なく、ファンによって勝手にネット上にアップロードされたアニメは「ファンサブ fansub」（ファンによる字幕 subtitles が付けられていることによる造語）、マンガの場合は「スキャンレーション scanlation 」（スキャンとトランスレーションを組み合わせた造語）と呼ばれ、現在海外のファンが日本産アニメ・マンガに最初に触れるのはファンサブ、スキャンレーションを通して、という場合が多いと言われる。
経済産業省は「模倣品被害の実態」の報告書を毎年発表し、その報告書でネット上に流通する「模倣品」についても言及しているが、いくつもの種類の「模倣品」（例えば、商標など）が同時に調査されているため、「アニメ」なら「アニメ」、「マンガ」なら「マンガ」の違法コンテンツ流通の実態は、その報告書の細かさにも関わらず見えにくい。
しかし日本産アニメ・マンガのファンサブとスキャンレーションがかなりの勢いで違法にアップロードされているのは間違いがない。そもそもファンサブとスキャンレーションがここまでネット上に流通するようになったのは、ファン側にお金を取って海賊版を売る海賊版業者と自分たちを区別し、その“正当性を信じる根拠”があったからだ。
その主張を以下の2点にまとめてみる。
・正規品の発売が途中で中止されたり、作品の古さや人気の点で発売される見込みがない場合、ファンはその作品の続きもしくは、その作品を見る機会を持つことができない。この場合ファンサブ・スキャンレーションを作って流通させても、日米の権利者の利益は損なわない。
・人気作品で正規品が発売される可能性が高い場合でも、実際に北米で発売されるまでには日本との時差がある。その間にファンサブ・スキャンレーションで作品の認知度を高めておけばファンの間で話題になり、宣伝となる。これはむしろ日米の権利者の利益となっている。
とくに北米での日本産アニメ産業の黎明期においては、ファンだけでなく業界からも、さらには時に海外でのアニメ人気を伝える報告者からも上記の理由でファンサブは正当化されていた。日米での発売の時間差が減少し、作品によっては同時配信されるようになった今でも、その宣伝効果を唱えるファンは多い。
黎明期当時、その主張の“正当性”を支えていたのは「正規品の発売が決まった時点で、無許可のファンサブ・スキャンレーションはネット上から取り下げる」というファンのコミュニティ内での自主規制だが、現在ではこの自主規制が守られている様子はほとんどない。
先に取り上げたアトリビューターの調査結果によって、『パブリッシャーズ・ウィークリー』は「電子書籍によって違法コンテンツの流通が促進されることを心配する出版社が、ますます不安になっている」とみる。
ネット上の違法行為探知を専門とするDtecNetによると、現在のところ違法にアップロードされた本の多くが紙媒体の本から直接スキャンされたもので、読書専用端末への違法ダウンロードも少ないという。そもそも大学の教科書、特に医学や法律の高価な教科書が違法にダウンロードされるケースも多い。つまりこれらの本を違法にダウンロードしているのは大学生という推測がたつ。
アメリカでの初期の読書専用端末の購入者は年齢が高めという調査結果もあり、それが読書専用端末への違法ダウンロードが少ないことの理由とする見方もある。本の違法アップロードはスキャナーさえあれば簡単にpdfファイル化することが可能であり、いずれにせよ、電子書籍の普及率が更に高まるにつれて状況は変わってくる可能性が高い。
日本産コンテンツの違法アップロードの現状を言うと、最近では合法サイトのアニメ配信動画（字幕付）がそのサイトのロゴが付いたまま違法サイトで流されたり（ULTIMO SPALPEENさんより情報をいただきました）、ファンが自分たちで翻訳するのではなく出版された正規の英語版マンガをスキャンしてアップロードするなど、以前のファンサブ・スキャンレーションには見られなかったことが当たり前になってきている。読書専用端末の使用台数が増えれば、少なくとも今後マンガの違法ダウンロードは増えると考えるのが自然だ。
まずは実態調査と結果の公表を
個人的に前出のアトリビューターの調査で注目したのは『パブリッシャーズ・ウィークリー』の記事に掲載された「2009年第2四半期中に出された5万3千の配信停止要請のうち98％で、サイトによる配信の停止が確認された」という点である。
日本の著作権者も過去に「配信停止要請」（Cease and Desist Letter）をファンサブやスキャンレーションを運営するグループに対してまったく出してこなかったわけではないが（少し古いが例として「北米ファンによる違法翻訳コピーの行方」を参照）、ここまで積極的に動いてきたわけではない。むしろ北米のファンからは日本の著作権者は消極的と考えられていて、業を煮やしたファンが団体を立ち上げたほどだ。（「アニメの違法配信に反対するファン団体 Operation TAFAP (True Anime Fans Aren&#8217;t Pirates!）が立ち上げられる」を参照）
上で取り上げたDtecNetは『ハリー・ポッター』規模の作品の監視には一月当たり4千ドルから5千ドルかかるが、それでも出版業界による違法アップロードの取り締まりが早ければ早いほど効果的だと言う。
アトリビューターの調査対象であるファイル共有サイトと、アニメ・マンガファンによる違法配信を目的にしたサイトとは単純に比べられないが、今回の調査で法的手段に出る前段階での「配信停止要請」がある程度有効であることが示唆されたのは、著作権者にとって心強い。
このままではインターネットがある限り、違法にアップロードされるコンテンツはなくならない。そのためインターネットでコンテンツを配信する有益なビジネスモデルを作る際に同時に考えなくてはいけないこととして、以下にわたしの意見をあげさせていただく。あまりにも単純なことなので恥ずかしくなるほどだが、実際にこの認識が共有されていないと思われる機会に最近いくつか遭遇したので、あえて書いておくことにした。
それは「著作権者に許可無くアップロードされたコンテンツの実態調査をきちんと行う必要があり、もし行われているのならその調査結果は広く知られることが重要だ」ということである。
どれほどの損害額かを算定することが不可能でも、著作権者が実態を知った上で戦略を考え、行動することが大事である。もし著作権者が「ファンは自分の著作物を好きにしてよい」と思うならそれでいい。実態を知ってなお、「宣伝効果がある」というファンの意見に耳を傾けるなら、それもいいだろう。
しかし現在、海外、とくに北米では「日本産アニメやマンガは無料で手に入るもの」という認識がファンの間で“常識”となり、人気作品が数十万、数百万単位で違法に視聴され、読まれていることを知っても、「このままでいい」と思う著作権者は少ないのではないだろうか。
(この記事は「英語で！アニメ・マンガ」の1月15日のエントリー、「アメリカにおけるネット上での本の違法ダウンロード調査」に加筆していただき、転載したものです）
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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 椎名ゆかり</p>
<p>「電子書籍元年」とも言われる今年、年頭から電子書籍をめぐっていろいろとニュースが舞い込んでいる。たとえば<a href="http://www.asahi.com/culture/update/0113/TKY201001120503.html" target="_blank">「電子書籍へ大手が大同団結」(Asahi.com)</a>は、キンドルに代表される読書専用端末の到来による市場変化を見越した大手出版社の「日本電子書籍出版社協会」（仮称）設立の動きを伝えたものだ。</p>
<p>わたしはマンガ専門の出版エージェントや翻訳をしている仕事柄、電子書籍には人並み以上の関心をもっている。しかし電子書籍を（たとえ専用端末上であっても）消費者にお金を出して積極的に購入してもらうには、ネット上に流通している「著作権者に無断でアップロードされ、その気になれば誰にでも無料で手に入る違法コンテンツ」がなくなることも同様に大事だと考えている。</p>
<h3>監視団体による調査報告</h3>
<div class="mceTemp">
<p>ここに<a href="http://www.attributor.com/" target="_blank">アトリビューター（Attributor）</a>というネット上の違法コンテンツを監視する団体が1月14日付で発表した、<a href="http://www.attributor.com/blog/book-piracy-costs-study/" target="_blank">ネット上の違法コンテンツの流通に関する調査結果</a>がある。2009年の第4四半期にアメリカで流通していた14ジャンルの913の書籍について行われたものだ。</p>
<p>調査の簡単なまとめは以下の通り。</p>
<blockquote><p>・同団体が調査した25のウェブサイトから900万回を超える違法ダウンロードが確認された。</p>
<p>・4つの無料ファイル共有サイトからはおよそ300万回の違法ダウンロードが認められ、この4つのサイトだけみても全体の違法流通コンテンツの3分の1に及ぶ。</p>
<p>・900万回の違法ダウンロードを小売価格で計算すると、ほぼ3億8千万ドルに相当する。</p>
<p>・調査対象となった本の市場での占有率から違法ダウンロード全体の小売価格を推定すると28億5千万ドルから30億ドルとなる。</p>
<p>・上記の金額はアメリカの出版売上のほぼ10％を占める。</p>
<p>・平均するとおよそ1つの本につき1万冊が違法に読まれている計算となる。</p>
<p>・本のジャンルと違法ダウンロードされる回数には相関関係が見られる。いちばん多くダウンロードされているジャンルは「ビジネスと投資」で平均1冊につき1万3千回。「フィクション」は調査されたジャンルの中ではいちばんダウンロード数が少なく、平均1冊につき2千回。</p>
<p><span>（上記調査のジャンル、小売価格は共にアマゾンを参考にしている。調査対象となった913冊は同四半期における出版市場の13．5％を占める）</span></p></blockquote>
<p>『パブリッシャーズ・ウィークリー』の<a href="http://www.publishersweekly.com/article/CA6714772.html?desc=topstory" target="_blank">インタビュー</a>を受けて、アトリビューターは「1年前に調査を始めたときよりも状況は悪化している」と答えた。</p>
<div id="attachment_1875" class="wp-caption alignnone" style="width: 435px"><img class="size-full wp-image-1875" title="attributor" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/01/attributor.jpg" alt="アトリビューターのウェブサイト" width="425" height="318" /><p class="wp-caption-text">アトリビューターのウェブサイト</p></div>
<p>さらに調査結果のまとめの中で、この結果は「違法ダウンロードがどのくらい業界に損失を与えているかを示す」ものではない、としている。つまりこの調査結果は「違法ダウンロードがなかったらどのくらい本が購入されていたか？」の質問の答えにはならず、違法ダウンロードが無ければその分の本が実際に購入されていたと考えるのは安易だ、と警告する。</p>
<p><span id="more-1866"></span></p>
<p>一方で違法ダウンロードが売上に与えた損害額を推定するデータもある。対象が本ではないものの、ある調査ではiPhone用アプリを違法でダウンロードした人の10％は違法に流通するアプリがなければ正規品を購入したと見積もり、アップルが違法ダウンロードによって<a href="http://247wallst.com/2010/01/13/apple-app-store-has-lost-450-million-to-piracy/" target="_blank">4億5千万ドルにのぼる損害を受けたと試算した</a>。</p>
<p>出版専門コンサルタント会社<a href="http://www.magellanmediapartners.com/index.php/mmcp/" target="_blank">マゼラン・メディア(Magellan Media)</a>は、違法ダウンロードが本の売上に与える影響について調べ（2009年10月公表）、上記ふたつの調査とは別の意見を述べている。</p>
<p>同社は本が出版されてからファイル共有サイト等に本がアップロードされ、違法にダウンロードされるまでを追い、アップロードされる前と後の本の売上の推移を調査。その結果から、違法ダウンロードが本の売上にダメージを与えていると結論付けるのは早計としている。違法データが発売日からしばらくして（平均19週間後）流通することによって、下降を示していた本の売上が再度上がるケースが見られたからだ。</p>
<p>マゼラン・メディアは違法ダウンロードが本の売上を促進するケースとそうでないケースがあり、<a href="http://www.slideshare.net/bfoleary/impact-of-piracy-and-free-t-o-c-f-f" target="_blank">違法ダウンロードのすべてが損害を与えるとは言えない、と結論づける</a>。</p>
<div id="__ss_2256449" style="width: 425px; text-align: left;"><a style="font:14px Helvetica,Arial,Sans-serif;display:block;margin:12px 0 3px 0;text-decoration:underline;" title="Impact Of Piracy And Free ( T O C  F F)" href="http://www.slideshare.net/bfoleary/impact-of-piracy-and-free-t-o-c-f-f">Impact Of Piracy And Free ( T O C F F)</a><object style="margin:0px" classid="clsid:d27cdb6e-ae6d-11cf-96b8-444553540000" width="425" height="355" codebase="http://download.macromedia.com/pub/shockwave/cabs/flash/swflash.cab#version=6,0,40,0"><param name="allowFullScreen" value="true" /><param name="allowScriptAccess" value="always" /><param name="src" value="http://static.slidesharecdn.com/swf/ssplayer2.swf?doc=impactofpiracyandfreetoc-ff-091017111330-phpapp01&amp;rel=0&amp;stripped_title=impact-of-piracy-and-free-t-o-c-f-f" /><param name="allowfullscreen" value="true" /><embed style="margin:0px" type="application/x-shockwave-flash" width="425" height="355" src="http://static.slidesharecdn.com/swf/ssplayer2.swf?doc=impactofpiracyandfreetoc-ff-091017111330-phpapp01&amp;rel=0&amp;stripped_title=impact-of-piracy-and-free-t-o-c-f-f" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object></div>
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</div>
<h3>「ファンサブ」と「スキャンレーション」</h3>
<p>アトリビューターが指摘するまでもなく、違法ダウンロードに関する調査結果から、その流通がどれほどコンテンツの権利者に被害を与えているのか（または、与えていないのか）を正確に算出するのは不可能だ。しかしだからと言って調査が無駄だというわけではない。むしろ逆である。</p>
<p>いままで取り上げたのはアメリカにおける調査だが、日本産のコンテンツに目を向けると、ネット上で日本のアニメ・マンガが、著作権者の許可なく大量にネット上にアップロードされ、世界中で視聴され読まれているのは多くの人の知るところである。</p>
<p>著作権者の許可なく、ファンによって勝手にネット上にアップロードされたアニメは「ファンサブ fansub」（ファンによる字幕 subtitles が付けられていることによる造語）、マンガの場合は「スキャンレーション scanlation 」（スキャンとトランスレーションを組み合わせた造語）と呼ばれ、現在海外のファンが日本産アニメ・マンガに最初に触れるのはファンサブ、スキャンレーションを通して、という場合が多いと言われる。</p>
<p>経済産業省は「模倣品被害の実態」の報告書を毎年発表し、その報告書でネット上に流通する「模倣品」についても言及しているが、いくつもの種類の「模倣品」（例えば、商標など）が同時に調査されているため、「アニメ」なら「アニメ」、「マンガ」なら「マンガ」の違法コンテンツ流通の実態は、その報告書の細かさにも関わらず見えにくい。</p>
<p>しかし日本産アニメ・マンガのファンサブとスキャンレーションがかなりの勢いで違法にアップロードされているのは間違いがない。そもそもファンサブとスキャンレーションがここまでネット上に流通するようになったのは、ファン側にお金を取って海賊版を売る海賊版業者と自分たちを区別し、その“正当性を信じる根拠”があったからだ。</p>
<p>その主張を以下の2点にまとめてみる。</p>
<blockquote><p>・正規品の発売が途中で中止されたり、作品の古さや人気の点で発売される見込みがない場合、ファンはその作品の続きもしくは、その作品を見る機会を持つことができない。この場合ファンサブ・スキャンレーションを作って流通させても、日米の権利者の利益は損なわない。</p>
<p>・人気作品で正規品が発売される可能性が高い場合でも、実際に北米で発売されるまでには日本との時差がある。その間にファンサブ・スキャンレーションで作品の認知度を高めておけばファンの間で話題になり、宣伝となる。これはむしろ日米の権利者の利益となっている。</p></blockquote>
<p>とくに北米での日本産アニメ産業の黎明期においては、ファンだけでなく業界からも、さらには時に海外でのアニメ人気を伝える報告者からも上記の理由で<a href="http://money.cnn.com/2005/12/12/news/midcaps/anime_fortune_121205/index.htm?section=money_latest" target="_blank">ファンサブは正当化されていた</a>。日米での発売の時間差が減少し、作品によっては同時配信されるようになった今でも、その宣伝効果を唱えるファンは多い。</p>
<p>黎明期当時、その主張の“正当性”を支えていたのは「正規品の発売が決まった時点で、無許可のファンサブ・スキャンレーションはネット上から取り下げる」というファンのコミュニティ内での自主規制だが、現在ではこの自主規制が守られている様子はほとんどない。</p>
<p>先に取り上げたアトリビューターの調査結果によって、『パブリッシャーズ・ウィークリー』は「電子書籍によって違法コンテンツの流通が促進されることを心配する出版社が、ますます不安になっている」とみる。</p>
<p>ネット上の違法行為探知を専門とする<a href="http://www.dtecnet.com/" target="_blank">DtecNet</a>によると、現在のところ違法にアップロードされた本の多くが紙媒体の本から直接スキャンされたもので、読書専用端末への違法ダウンロードも少ないという。そもそも大学の教科書、特に医学や法律の高価な教科書が違法にダウンロードされるケースも多い。つまりこれらの本を違法にダウンロードしているのは大学生という<a href="http://go-to-hellman.blogspot.com/2009/12/copyright-enforcement-for-ebooks.html" target="_blank">推測</a>がたつ。</p>
<p>アメリカでの初期の読書専用端末の購入者は年齢が高めという<a href="http://followthereader.wordpress.com/2009/05/14/bowker-reveals-new-book-buying-realities/" target="_blank">調査結果</a>もあり、それが読書専用端末への違法ダウンロードが少ないことの理由とする見方もある。本の違法アップロードはスキャナーさえあれば簡単にpdfファイル化することが可能であり、いずれにせよ、電子書籍の普及率が更に高まるにつれて状況は変わってくる可能性が高い。</p>
<p>日本産コンテンツの違法アップロードの現状を言うと、最近では合法サイトのアニメ配信動画（字幕付）がそのサイトのロゴが付いたまま違法サイトで流されたり（<a href="http://willowick.seesaa.net/" target="_blank">ULTIMO SPALPEEN</a>さんより情報をいただきました）、ファンが自分たちで翻訳するのではなく出版された正規の英語版マンガをスキャンしてアップロードするなど、以前のファンサブ・スキャンレーションには見られなかったことが当たり前になってきている。読書専用端末の使用台数が増えれば、少なくとも今後マンガの違法ダウンロードは増えると考えるのが自然だ。</p>
<h3>まずは実態調査と結果の公表を</h3>
<p>個人的に前出のアトリビューターの調査で注目したのは『パブリッシャーズ・ウィークリー』の記事に掲載された「2009年第2四半期中に出された5万3千の配信停止要請のうち98％で、サイトによる配信の停止が確認された」という点である。</p>
<p>日本の著作権者も過去に「配信停止要請」（Cease and Desist Letter）をファンサブやスキャンレーションを運営するグループに対してまったく出してこなかったわけではないが（少し古いが例として<a href="http://d.hatena.ne.jp/ceena/20060522/1148304661" target="_blank">「北米ファンによる違法翻訳コピーの行方」</a>を参照）、ここまで積極的に動いてきたわけではない。むしろ北米のファンからは日本の著作権者は消極的と考えられていて、業を煮やしたファンが団体を立ち上げたほどだ。<a href="http://willowick.seesaa.net/article/138127776.html" target="_blank">（「アニメの違法配信に反対するファン団体 Operation TAFAP (True Anime Fans Aren&#8217;t Pirates!）が立ち上げられる」</a>を参照）</p>
<p>上で取り上げたDtecNetは『ハリー・ポッター』規模の作品の監視には一月当たり4千ドルから5千ドルかかるが、それでも出版業界による違法アップロードの取り締まりが早ければ早いほど効果的だと言う。</p>
<p>アトリビューターの調査対象であるファイル共有サイトと、アニメ・マンガファンによる違法配信を目的にしたサイトとは単純に比べられないが、今回の調査で法的手段に出る前段階での「配信停止要請」がある程度有効であることが示唆されたのは、著作権者にとって心強い。</p>
<p>このままではインターネットがある限り、違法にアップロードされるコンテンツはなくならない。そのためインターネットでコンテンツを配信する有益なビジネスモデルを作る際に同時に考えなくてはいけないこととして、以下にわたしの意見をあげさせていただく。あまりにも単純なことなので恥ずかしくなるほどだが、実際にこの認識が共有されていないと思われる機会に最近いくつか遭遇したので、あえて書いておくことにした。</p>
<p>それは「<strong>著作権者に許可無くアップロードされたコンテンツの実態調査をきちんと行う必要があり、もし行われているのならその調査結果は広く知られることが重要だ</strong>」ということである。</p>
<p>どれほどの損害額かを算定することが不可能でも、著作権者が実態を知った上で戦略を考え、行動することが大事である。もし著作権者が「ファンは自分の著作物を好きにしてよい」と思うならそれでいい。実態を知ってなお、「宣伝効果がある」というファンの意見に耳を傾けるなら、それもいいだろう。</p>
<p>しかし現在、海外、とくに北米では「日本産アニメやマンガは無料で手に入るもの」という認識がファンの間で“常識”となり、人気作品が数十万、数百万単位で違法に視聴され、読まれていることを知っても、「このままでいい」と思う著作権者は少ないのではないだろうか。</p>
<p>(この記事は<a href="http://d.hatena.ne.jp/ceena/" target="_blank">「英語で！アニメ・マンガ」</a>の1月15日のエントリー、<a href="http://d.hatena.ne.jp/ceena/20100115" target="_blank">「アメリカにおけるネット上での本の違法ダウンロード調査」</a>に加筆していただき、転載したものです）</p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%94%A3%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%81%AE%E9%81%95%E6%B3%95%E6%B5%81%E9%80%9A%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B+http://bit.ly/8eWIjT+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%94%A3%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%81%AE%E9%81%95%E6%B3%95%E6%B5%81%E9%80%9A%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B+http://bit.ly/8eWIjT+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>進化する図書館システム</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/18/advanced_library_systems/</link>
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		<pubDate>Mon, 18 Jan 2010 02:05:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>solar</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[OPAC]]></category>
		<category><![CDATA[図書館]]></category>
		<category><![CDATA[青空文庫]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=1843</guid>
		<description><![CDATA[posted by 岡本真（ACADEMIC RESOURCE GUIDE編集長）
本の未来を論じる上で避けては通れないものの一つが、図書館の役割だろう。さて、その図書館のうち、とくに図書館システムと呼ばれる、図書館が保有する資料を総合的に管理するシステムについて、昨今の日本国内の動向を紹介したい。
図書館システムの惨憺たる現状
一般に図書館システムと言った場合、利用者の立場からすれば、図書館内にある蔵書検索端末を思い浮かべるだろう。これは図書館業界においてはOPAC（Online Public Access Catalogue）と呼ばれており、最近ではOPACをウェブ上で公開する図書館も増えている。ちなみに慶應義塾大学の上田修一教授の調査によれば、2009年3月31日時点で749ある大学図書館のうち、81.6%にあたる611館がウェブでOPACを公開している（ウェブOPAC）。
また、 日本図書館協会の調べでは、2009年12月時点で全国の公共図書館（都道府県立、市区町村立）1317館のうち、実に83.6%にあたる1102館がウェブOPACを公開している。こういった数字を見ると、日本の図書館システム、特にOPACはインターネット社会に適応しつつあるようにも見えるだろう。
だが、実のところ、その実情は惨憺たるものだ。実際にお住まいの自治体の図書館のサイトにアクセスし、OPACを使ってみればよくわかる。お目当ての本を検索しようにも、「タイトル」「件名」といった一般にはほとんどなじみのない図書館の専門用語が並び、これらの項目ごとに検索キーワードを入力するボックスが並んでいる。
検索結果の表示順序のレベルもひどいものだ。試しに漱石の『こころ』やエンデの『モモ』で検索してみよう。求めているものとは、およそ無縁な本がズラッと表示されてしまう。いまや日本に住む9割の人間がインターネットを使うようになり、その大部分がYahoo!やグーグルといった検索エンジンを使う時代になっているにも関わらず、図書館システムの現状はこのように悲惨極まりない状況にある。

変化の兆し
しかし、何もかも進化がなく低迷しているわけではない。たとえば、IDとパスワードを登録することで、現在の借出状況を確認したり、新たに予約を入れたりという個々人に特化した機能を導入する図書館はここ数年で急速に増えてきた。前出の日本図書館協会の調べでは、2009年12月時点で707の公共図書館がウェブ経由での予約を受け付けているという。この恩恵にあずかっている読者も少なくないだろう。
とはいえ、我々が日常的に接しているアマゾンやビーケーワンのようなオンライン書店に比べれば、いささか寂しい思いが残る。たとえば、 アマゾンのおすすめ商品、いわゆるレコメンド機能は、なぜ図書館システムには見られないのだろうか。また、はてなダイアリー等のブログサービスでおなじみとなっている Amazon Webサービスを利用した本の表紙画像の表示はなぜ図書館システムでは行われないのだろうか。こんな疑問を持った方は少なくないのではと思う。
さて、ここからが本題だ。実は、ごく僅かながら、この1、2年になって、オンライン書店にひけを取らない図書館システムが全国各地で徐々に産声を上げている。そう、変化の兆しが見られるようになってきたのだ。以下、注目すべき図書館システムを幾つか紹介しよう。
進化する図書館システム事例
利用記録に基づくレコメンド
図書館が有するデータの中でも重要なのが、貸出履歴をはじめとする利用記録や嗜好データだ。これらのデータを部分的に活用したレコメンドの仕組みが、知る限りでは、すでに三つの図書館で提供されている。

・山形県立図書館 &#8211; 便利な機能 （2007年11月2日～）
・成田市立図書館 &#8211; おすすめリスト （2009年6月27日~）
・九州大学附属図書館 &#8211; 貸出履歴からのリコメンド （2009年12月1日~）

サービスを始めたばかりの九州大学附属図書館は、レコメンドの仕組みについて詳しい情報を公開していないが、機能提供から半年が過ぎた成田市立図書館は、ある程度の仕組みを明らかにしている。同図書館の米田渉氏が昨年11月に開催された第11回図書館総合展のフォーラム「『貸出履歴を利用した新しい利用者支援の展開』リターンズ」で語ったところでは、成田市立図書館では、利用者が貸出履歴の利用を承諾した場合、貸出履歴の書誌、予約している書誌、今度読みたい本に登録されている書誌等をベースにし、さらに貸出回数や予約回数の累計といった複数の指標を掛け合わせた独自のアルゴリズムに基づき、おすすめリストを表示しているという。
これらの試みは、いずれも一つの図書館が相当な努力の末に実現しているものであることは言うまでもない。図書館の場合、専任の情報技術職を雇用できるところはほとんどなく、システムの開発も大学や自治体の会計制度による様々な制約を受けている。このため、アマゾンに負けない図書館システムを提供したいと図書館関係者が思っても、上で紹介したような取り組みにまでたどり着ける図書館は限られてしまう。
だが、事態は決して悲観的ではない。もう間もなくだが、今年2月13日に、筑波大学の大学院生によるベンチャー企業・ 株式会社しずくラボが、疑似的な貸出履歴活用サービス 「Shizuku2.0」のベータ公開を宣言している。同社代表の小野永貴氏に概要をうかがった限りでは、このシステムであれば、比較的規模の小さい図書館であっても、導入にあたっての技術的な課題はさほどではないだろう。
また、慶應義塾大学の原田隆史准教授は、「図書館の貸出履歴を用いた図書の推薦システム」の研究に取り組んでおり、研究目的で取得した貸出履歴を用いて、レコメンドの実験を行っている。アンケート結果では、このシステムへの評価は決して悪くないそうだ。原田氏のグループでも、上記の「Shizuku2.0」のベータ公開にあわせて、利用記録を活用する何らかのAPIを公開する予定という。もちろん、利用記録に基づくレコメンドは、あくまで図書館システムが持つ可能性の一端を示すにすぎないが、ここから従来は思いもしなかった図書館システムの革新が始まるのかもしれない。
さて、レコメンド以外の新たな動向をいくつか挙げて終わりとしよう。
表紙画像の表示

・神戸市図書館情報ネットワーク蔵書検索システム
・清泉女子大学附属図書館

他にも同様の事例は増えており、画像を独自に用意したり、Amazon Webサービス経由で取得した本の表紙画像を本の書誌情報と共に表示する図書館システムが増えつつある。
コメント投稿の受付

・尚絅学園図書館
・東京経済大学図書館

オンライン書店におけるレビューと同様、利用者によるコメントを受け付ける図書館システムも2007年頃から登場している。特に図書館システムの提供企業の1つである日本事務機株式会社が同社の大学図書館向けパッケージ 「NeoCILIUS Knowledge OPAC」に利用者レビューの機能を組み込んだため、2008年頃から同社のシステムを採用している大学図書館の中で、コメント機能を提供する流れが出始めている。
蔵書に限らない検索

・市川市立図書館
・杉並区立図書館

市川市立図書館は自館の蔵書だけではなく、主に文学を中心に著作権切れの作品をデジタル化している 青空文庫の資料も検索できる。杉並区立図書館は、所蔵していない本の情報も検索できる。いずれの取り組みも、検索対象を所蔵する資料に限ってきた従来の図書館システムとは一線を画すものだろう。
以上、レコメンド機能の登場を中心に、惨憺たる状況にありつつも変化の兆しを見せ、中には進化の可能性をうかがわせる図書館システムの現状をみてきた。先に述べたように、今年2010年は、株式会社しずくラボの活発な活動が期待されることもあって、停滞に潜む胎動が大きな動きにつながる可能性も感じられる。アマゾンやグーグル、あるいは国立国会図書館といった大きなプレイヤーだけに目を奪われることなく、図書館システムを巡る日本国内の動向にも注意を払っていきたい。
なお、本文中で紹介した第11回図書館総合展のフォーラム「『貸出履歴を利用した新しい利用者支援の展開』リターンズ」での講演者の資料が一部公開されている。

・米田渉氏の資料
・小野永貴氏の資料

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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 岡本真（<a href="http://d.hatena.ne.jp/arg/" target="_blank">ACADEMIC RESOURCE GUIDE</a>編集長）</p>
<p>本の未来を論じる上で避けては通れないものの一つが、図書館の役割だろう。さて、その図書館のうち、とくに図書館システムと呼ばれる、図書館が保有する資料を総合的に管理するシステムについて、昨今の日本国内の動向を紹介したい。</p>
<h3>図書館システムの惨憺たる現状</h3>
<p>一般に図書館システムと言った場合、利用者の立場からすれば、図書館内にある蔵書検索端末を思い浮かべるだろう。これは図書館業界においてはOPAC（Online Public Access Catalogue）と呼ばれており、最近ではOPACをウェブ上で公開する図書館も増えている。ちなみに慶應義塾大学の<a href=" http://www.slis.keio.ac.jp/~ueda/libwww/libwwwstat.html" target="_blank">上田修一教授の調査</a>によれば、2009年3月31日時点で749ある大学図書館のうち、81.6%にあたる611館がウェブでOPACを公開している（ウェブOPAC）。</p>
<p>また、<a href=" http://www.jla.or.jp/link/public2.html#webopac " target="_blank"> 日本図書館協会の調べ</a>では、2009年12月時点で全国の公共図書館（都道府県立、市区町村立）1317館のうち、実に83.6%にあたる1102館がウェブOPACを公開している。こういった数字を見ると、日本の図書館システム、特にOPACはインターネット社会に適応しつつあるようにも見えるだろう。</p>
<p>だが、実のところ、その実情は惨憺たるものだ。実際にお住まいの自治体の図書館のサイトにアクセスし、OPACを使ってみればよくわかる。お目当ての本を検索しようにも、「タイトル」「件名」といった一般にはほとんどなじみのない図書館の専門用語が並び、これらの項目ごとに検索キーワードを入力するボックスが並んでいる。</p>
<p>検索結果の表示順序のレベルもひどいものだ。試しに漱石の『こころ』やエンデの『モモ』で検索してみよう。求めているものとは、およそ無縁な本がズラッと表示されてしまう。いまや日本に住む9割の人間がインターネットを使うようになり、その大部分がYahoo!やグーグルといった検索エンジンを使う時代になっているにも関わらず、図書館システムの現状はこのように悲惨極まりない状況にある。</p>
<p><span id="more-1843"></span></p>
<h3>変化の兆し</h3>
<p>しかし、何もかも進化がなく低迷しているわけではない。たとえば、IDとパスワードを登録することで、現在の借出状況を確認したり、新たに予約を入れたりという個々人に特化した機能を導入する図書館はここ数年で急速に増えてきた。前出の<a href=" http://www.jla.or.jp/link/public2.html#yoyaku" target="_blank">日本図書館協会の調べ</a>では、2009年12月時点で707の公共図書館がウェブ経由での予約を受け付けているという。この恩恵にあずかっている読者も少なくないだろう。</p>
<p>とはいえ、我々が日常的に接しているアマゾンやビーケーワンのようなオンライン書店に比べれば、いささか寂しい思いが残る。たとえば、<a href=" http://www.amazon.co.jp/gp/help/customer/display.html?nodeId=779360" target="_blank"> アマゾンのおすすめ商品</a>、いわゆるレコメンド機能は、なぜ図書館システムには見られないのだろうか。また、はてなダイアリー等のブログサービスでおなじみとなっている<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/help/customer/display.html?ie=UTF8&amp;nodeId=3497101" target="_blank"> Amazon Webサービス</a>を利用した本の表紙画像の表示はなぜ図書館システムでは行われないのだろうか。こんな疑問を持った方は少なくないのではと思う。</p>
<p>さて、ここからが本題だ。実は、ごく僅かながら、この1、2年になって、オンライン書店にひけを取らない図書館システムが全国各地で徐々に産声を上げている。そう、変化の兆しが見られるようになってきたのだ。以下、注目すべき図書館システムを幾つか紹介しよう。</p>
<h3>進化する図書館システム事例</h3>
<h5>利用記録に基づくレコメンド</h5>
<p>図書館が有するデータの中でも重要なのが、貸出履歴をはじめとする利用記録や嗜好データだ。これらのデータを部分的に活用したレコメンドの仕組みが、知る限りでは、すでに三つの図書館で提供されている。</p>
<ul>
<li>・<a href=" http://www.lib.pref.yamagata.jp/mylist/cookie.html" target="_blank">山形県立図書館 &#8211; 便利な機能</a> （2007年11月2日～）</li>
<li>・<a href=" http://www.library.narita.chiba.jp/news/2009/n-20090627_recommendation.html" target="_blank">成田市立図書館 &#8211; おすすめリスト</a> （2009年6月27日~）</li>
<li>・<a href=" http://www.lib.kyushu-u.ac.jp/research/20091201_opac_ml.html" target="_blank">九州大学附属図書館 &#8211; 貸出履歴からのリコメンド</a> （2009年12月1日~）</li>
</ul>
<p>サービスを始めたばかりの九州大学附属図書館は、レコメンドの仕組みについて詳しい情報を公開していないが、機能提供から半年が過ぎた成田市立図書館は、ある程度の仕組みを明らかにしている。同図書館の米田渉氏が昨年11月に開催された第11回図書館総合展のフォーラム「『貸出履歴を利用した新しい利用者支援の展開』リターンズ」で語ったところでは、成田市立図書館では、利用者が貸出履歴の利用を承諾した場合、貸出履歴の書誌、予約している書誌、今度読みたい本に登録されている書誌等をベースにし、さらに貸出回数や予約回数の累計といった複数の指標を掛け合わせた独自のアルゴリズムに基づき、おすすめリストを表示しているという。</p>
<div id="attachment_1849" class="wp-caption alignnone" style="width: 435px"><img class="size-full wp-image-1849" title="narita_library" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/01/narita_library.jpg" alt="成田市立図書館のおすすめリスト。操作を紹介する動画が公開されている" width="425" height="238" /><p class="wp-caption-text">成田市立図書館のおすすめリスト。操作を紹介する動画が公開されている</p></div>
<p>これらの試みは、いずれも一つの図書館が相当な努力の末に実現しているものであることは言うまでもない。図書館の場合、専任の情報技術職を雇用できるところはほとんどなく、システムの開発も大学や自治体の会計制度による様々な制約を受けている。このため、アマゾンに負けない図書館システムを提供したいと図書館関係者が思っても、上で紹介したような取り組みにまでたどり着ける図書館は限られてしまう。</p>
<p>だが、事態は決して悲観的ではない。もう間もなくだが、今年2月13日に、筑波大学の大学院生によるベンチャー企業・<a href=" http://www.szk.co.jp/" target="_blank"> 株式会社しずくラボ</a>が、疑似的な貸出履歴活用サービス<a href=" http://www.shizuku.ne.jp/" target="_blank"> 「Shizuku2.0」</a>のベータ公開を宣言している。同社代表の小野永貴氏に概要をうかがった限りでは、このシステムであれば、比較的規模の小さい図書館であっても、導入にあたっての技術的な課題はさほどではないだろう。</p>
<div id="attachment_1850" class="wp-caption alignnone" style="width: 435px"><img class="size-full wp-image-1850" title="shizuku_beta" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/01/shizuku_beta.jpg" alt="Shizuku2.0の予告サイト。ベータ公開に向けてのカウントダウン中" width="425" height="277" /><p class="wp-caption-text">Shizuku2.0の予告サイト。ベータ公開に向けてのカウントダウン中</p></div>
<p>また、慶應義塾大学の原田隆史准教授は、「図書館の貸出履歴を用いた図書の推薦システム」の研究に取り組んでおり、研究目的で取得した貸出履歴を用いて、レコメンドの実験を行っている。アンケート結果では、このシステムへの評価は決して悪くないそうだ。原田氏のグループでも、上記の「Shizuku2.0」のベータ公開にあわせて、利用記録を活用する何らかのAPIを公開する予定という。もちろん、利用記録に基づくレコメンドは、あくまで図書館システムが持つ可能性の一端を示すにすぎないが、ここから従来は思いもしなかった図書館システムの革新が始まるのかもしれない。</p>
<p>さて、レコメンド以外の新たな動向をいくつか挙げて終わりとしよう。</p>
<h5>表紙画像の表示</h5>
<ul>
<li>・<a href=" http://www.lib.city.kobe.jp/opac/" target="_blank">神戸市図書館情報ネットワーク蔵書検索システム</a></li>
<li>・<a href=" http://www.seisen-u.ac.jp/lib/" target="_blank">清泉女子大学附属図書館</a></li>
</ul>
<p>他にも同様の事例は増えており、画像を独自に用意したり、Amazon Webサービス経由で取得した本の表紙画像を本の書誌情報と共に表示する図書館システムが増えつつある。</p>
<div id="attachment_1858" class="wp-caption alignnone" style="width: 437px">
<h5><img class="size-full wp-image-1858" title="seisen_university" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/01/seisen_university.jpg" alt="清泉女子大学のOPACでの表紙画像の表示例" width="427" height="275" /></h5>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p><p class="wp-caption-text">清泉女子大学のOPACでの表紙画像の表示例</p></div></p>
<h5>コメント投稿の受付</h5>
<ul>
<li>・<a href=" http://www.shokei-gakuen.ac.jp/library/" target="_blank">尚絅学園図書館</a></li>
<li>・<a href=" http://www.tku.ac.jp/~library/" target="_blank">東京経済大学図書館</a></li>
</ul>
<p>オンライン書店におけるレビューと同様、利用者によるコメントを受け付ける図書館システムも2007年頃から登場している。特に図書館システムの提供企業の1つである日本事務機株式会社が同社の大学図書館向けパッケージ<a href=" http://www.njc.co.jp/solution/education/neocilius.html" target="_blank"> 「NeoCILIUS Knowledge OPAC」</a>に利用者レビューの機能を組み込んだため、2008年頃から同社のシステムを採用している大学図書館の中で、コメント機能を提供する流れが出始めている。</p>
<h5>蔵書に限らない検索</h5>
<ul>
<li>・<a href=" http://www.city.ichikawa.chiba.jp/shisetsu/tosyo/tosmain.htm" target="_blank">市川市立図書館</a></li>
<li>・<a href=" http://www.library.city.suginami.tokyo.jp/TOSHOW/" target="_blank">杉並区立図書館</a></li>
</ul>
<p>市川市立図書館は自館の蔵書だけではなく、主に文学を中心に著作権切れの作品をデジタル化している<a href=" http://www.aozora.gr.jp/" target="_blank"> 青空文庫</a>の資料も検索できる。杉並区立図書館は、所蔵していない本の情報も検索できる。いずれの取り組みも、検索対象を所蔵する資料に限ってきた従来の図書館システムとは一線を画すものだろう。</p>
<div id="attachment_1852" class="wp-caption alignnone" style="width: 435px"><img class="size-full wp-image-1852" title="ichikawa_library" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/uploads/2010/01/ichikawa_library.jpg" alt="市川市立図書館のOPACでの夏目漱石の「こころ」の表示例。赤枠内が青空文庫" width="425" height="304" /><p class="wp-caption-text">市川市立図書館のOPACでの夏目漱石の「こころ」の表示例。赤枠内が青空文庫</p></div>
<p>以上、レコメンド機能の登場を中心に、惨憺たる状況にありつつも変化の兆しを見せ、中には進化の可能性をうかがわせる図書館システムの現状をみてきた。先に述べたように、今年2010年は、株式会社しずくラボの活発な活動が期待されることもあって、停滞に潜む胎動が大きな動きにつながる可能性も感じられる。アマゾンやグーグル、あるいは国立国会図書館といった大きなプレイヤーだけに目を奪われることなく、図書館システムを巡る日本国内の動向にも注意を払っていきたい。</p>
<p>なお、本文中で紹介した第11回図書館総合展のフォーラム「『貸出履歴を利用した新しい利用者支援の展開』リターンズ」での講演者の資料が一部公開されている。</p>
<ul>
<li>・<a href=" http://www.library.narita.chiba.jp/repository/2009/sougouten_20091111.html" target="_blank">米田渉氏の資料</a></li>
<li>・<a href=" http://www.shizuku.ne.jp/forumppt.php?y=2009" target="_blank">小野永貴氏の資料</a></li>
</ul>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E9%80%B2%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0+http://bit.ly/7Z94tI+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E9%80%B2%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B%E5%9B%B3%E6%9B%B8%E9%A4%A8%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0+http://bit.ly/7Z94tI+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>欲しいものを手に入れたら</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/13/when_we_get_what_we_want/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/13/when_we_get_what_we_want/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 12 Jan 2010 22:20:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>solar</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[読書]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=1824</guid>
		<description><![CDATA[posted by ダン・ヴィーセル （Dan Visel）
今日は一年で最も日が短く（注・原文はif:bookに2009年12月に投稿された）、ニューヨークはじきにぬかるみに変わる一面の雪に厚く覆われており、この世界にがっかりしないでいるのは難しい。民主党はヘルスケア改革を法案を通すためと称して骨抜きにし、オバマはコペンハーゲンで何ら意義あることを成し遂げられず、アフガニスタンでの戦争が10年代にも続くことが明らかとなり、銀行屋どもは見たところ何も有益なことをしていないにも関わらず百万ドルのボーナスを手にし、メキシコシティーがニューヨーク州よりも先に同性愛者の結婚を合法化している。
ゼロ年代の終わりとなる12月になり、何が達成されたか、また何が達成されるはずだったかの両方を振り返りたくなる。何かしら実現するはずだったのにと思うと失望は一層深くなるものだ。一年前、オバマがゼロ年代の長いトンネルの終わりを照らす光に思えたように。
今年は、電子書籍が5年前には想像もできなかったくらいたくさん報道された年の瀬でもある。ただ同時に、私は近頃何を見ても興奮しにくくなっている。デバイスについて大層騒ぎになっているが、それがまだ未熟なのは明らかだろう。アップルが遅れに遅れているタブレットを発表し、グーグル発のデバイスが次々とそれに続けば、どのデバイスにしろ一年かそこらで時代遅れになるに違いない。出版についてはいろいろ言われているが、読者予備軍にとって特に興味をひくものではない。出版社はハードカバーと比較して電子書籍を発売する日付や、単一のディストリビューターに独占権を認めるかどうかなんてことを議論しているからだ。それは特に面白い話じゃないし、この5年間を念頭に置けばなおさらである。
現在の議論において、本は単なる日用品であり、市場において最大の利益となる価格で消費者に渡るものである（これと似た議論が、ソーシャルネットワークの世界についてもなされたようだが、こちらはTwitterの140文字制限でコミュニケーションを行う困難をクレジットカードでの購買記録に置き換えるという天才的なアイデア――手遅れの不況のさなかとはいえ――をもつ新しいソーシャルネットワークのプラットフォームであるBlippyで論理的帰結に達しているようだ）。
電子書籍が遂に成功をおさめるという議論がなされているのもかもしれない。重役たちが、電子書籍の売り上げが将来の売り上げのしかじかのパーセンテージになるという壮大な主張を行うわけだ。スティーブン・コヴィーはアマゾンと独占流通契約を結んでいる。マコト・リッチがニューヨークタイムズでその全容をうやうやしく報じている。
私が抱える問題は一部個人的なものだ。技術の世界は回転がとても速い。私は当研究所(the Institute of the Future of the Book)で5年過ごしているが、これは健忘的な最近のメディアの世界だと誰であれ自分がしわくちゃな年寄りだと感じさせるのに十分過ぎる。天啓に思えるものは言うまでもなく、目新しかったり興味深く思えるものも見つけるのがますます難しくなっている。
で、何度も言うように年の瀬だ。確かに空気は暗く、不況は続いている。とはいえ、最近のソーシャルメディアの世界に何かしら長ったらしい退屈さを感じているのは私だけではないのではないか。私は最近こうした堂々巡りの会話をたくさんしてきた。diapsalmataにおけるホイットニー・トレッティンの投稿にも、これと関連する欲求不満が見事に見出される。つまり、のろのろ長引いている未来の境目にいるという感覚だ。トレッティンは、切迫する新たなデジタル読書体験に関する引用を三つすることで投稿を始めているが、素朴な読者ならそれは現在の話だと想像する引用文である。で、それが1999年の文章の引用だと分かる仕掛けである。
「祈り」はすでに叶えられたが……
症状が診断を下す。医者をお望みなら、私はアビラの聖テレサをお勧めする。「叶えられなかった祈りより、叶えられた祈りの上により多くの涙が流される」と彼女は記した。トルーマン・カポーティは、みたされないことを扱った未完の小説の表紙にこの文句を引用するはずだった。
私がカポーティを読んでいたのと大体同じ頃、コートニー・ラブがより冒涜的な言葉でこのことを歌っていた。「どういう結末になるか最初から言ってたでしょ／欲しいものを手に入れたらそれはもう欲しくないの」 これは現状にあてはまる描写である。我々は叶えられた祈りの世界に住んでいるのだ。オバマは8年続いた失政の後に秩序を回復した。何百万もの人々がiPhoneやキンドルやその他の何らかのデジタル機器で読書をしている。
なぜそこで涙が必要なのか？ 全般的に言って、現在ある多くのデバイスやソフトウェアは特に革新的なものではなかったり、読書のあり方に同調しないものだったりする。ハードウェアがずっとよくなっているとは言え、読書体験そのものは、ボイジャーが大衆市場に本を3.5インチディスクに格納して販売していた15年前と本質的に違わない。
違うのはネットワーク面だ。今ではほとんど即座に膨大な数の本を手に入れることができる。感謝祭中のヴァージニアの高速道路に退屈し、エドガー・アラン・ポーの『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』を再読したい感じなら、私はほとんどすぐに（コストをかけることなく）コピーをiPhoneにダウンロードできるわけだ。これは驚くべきことといわざるを得ない。読書体験としてはひどいものだが、それはまた別の問題である。頭に浮かんだらほぼすぐにそのテキスト（あるいはそれに近いもの）を手に入れられるのだ。これが新しいところである。
私はこの即座に得られる満足の感覚に興味がある。これが現在の顕著な特徴の一つである。iTunesからほとんどどんな単位ででも音楽を買えたり、Netflixで多すぎるほどある中から映画を選んで即座に観ることができるところがこれに似ている。それより弱い形としては、アマゾンで古本を買う体験がそうで、これは自分が常に行っていることだ。絶版かどうかに関わらず、ほとんどどの本でもアマゾン上で表示され、そのほとんどの本が10ドルもせずに一週間以内に自分のものになる。これらすべてのケースにおいて、十分な元手とネットワークアクセスがあれば、我々のメディアに対する欲求の大部分は、ますます瞬間的に解決可能なのだ。
我々はこのことをあまり考えないが、即座に欲求を満たすこの新しい能力は実はとても奇妙な進化といえる。つまり人間の進化の多くは、じらされて苛立つ欲望との折り合いをつける学習プロセスなのだ。そして本の歴史の大半は欠乏の物語である。市場には供給をこえる需要があった。デジタルへの移行がそれをすべて変えてしまった。デジタルコンテンツの供給は、大抵の趣旨や目的に対し無限であり、供給が需要を遥かにしのぐところまで来たことに気付く。これがあてはまるのは本だけではない。すべての電子的な読み物がこの位置に来たと言えるかもしれないのだ。こういう時代では、ほんの少しでも好奇心があれば、面白いと思えるコンテンツに限りがないことになる。
しかし、この価値観の変化は高くつく。この変化によって、いかにしてコンテンツを評価するかとても難しくなっている。我々は、欲しいものの重要性を確かめる働きをする欲求の円弧――欲求を抱き、自分に対して正当化し、それを得る方法を見つけ出し、手に入れる――に慣れていた。それが短いものになると、我々は途方に暮れて取り残されることになる。一昨年（注・2007年）の年末に書いた文章で、私はエリザベス・ビショップの「英国のクルーソー（Crusoe in England）」における救助されたロビンソン・クルーソーを例に用いた。彼はかつて心から大切にしたナイフを見て、それが意味のない、ありふれたただのナイフになってしまったことに気付く。「これの生きた魂はこぼれおちてしまった」と彼は言う。おそらくそれが今、本の世界で起こっていることなのだ。
レイモン・アロンの『変貌する産業社会』から引用する。「慨して、人類が今日まで悩まされているのが貧困だ。貧困は、個人の欲求とそれを満たす手段の間に共通の評価基準が欠けていることと簡単に定義される」
読書とコミュニティ
私は、何らかの記録を続ける必要性から（と思う）、今年読んだ本のリストを今年も書き続けている。もし本が人間を作るなら、構成要素のリストを書き続けると有用かもしれない。何の役に立つのかは分からないけれど。読書リストの集計はまだしていないが、だいたい三日に一冊は読んでいるのではないか（これは典型的なニューヨークの通勤を考えれば特段難しいことではない）。これは必死な感じがする。自分よりずっと高速に動く世界の状況を把握しようとする死に物狂いの試みというか。普通に考えて自分の人生で読み終えられる可能性がある以上の本が、私のブックリストに載っているのだ。いつもそうである。
しかしながら、この一年で最も興味深い読書体験は読了した本ではなかった。むしろ、読み終えることができてない本を読んでいるときだった。私はニューヨークの『フィネガンズ・ウェイク』読書グループに通っている。私は、最高に敬虔なジョイス愛読者ではないと言わざるをえない。十年前『ユリシーズ』を再読したとき、私は啓示を受けて突然そのスタイルが意味するところを理解したのだが、好きな書き手を十人挙げなくてはならないとして、ジョイスがその中に入るか必ずしも自信がない。答えがほしいときに私が手に取るのはプルーストだ。だが、『フィネガンズ・ウェイク』読書グループの儀式的なところには何か心地よいものがある。自分自身がコミュニティの一部であり、またそのコミュニティが自身よりも崇高なものに奉じているという感覚があるのだ。
毎月、読書グループは2時間かけてだいたい2ページ読み進む。ワインを飲みつつ、皆少しの文章を声を出して読む。グループはこの課題にとても長い間取り組んでいる。メンバーの年齢の中央値は私の年齢の二倍で、メンバーの多くは私が生まれる前からこの読書を続けている。クローズ・リーディングこそが『フィネガンズ・ウェイク』に入り込む唯一の方法である。とても濃密な文章を前に、読者は他の人が読むのを聞くことで理解のとっかかりを掴むしかない。いろんな読者がその文章に何か異なるものを見出す。黙って文章を精査する人もいれば、言葉に無声の語呂合わせを探す人もいれば、その文章について独自の風変わりな理論を主張する人もいる。必ず脱線が起こり、それが続く。しかしうまくいくときは、ほとんどあたかも文章がページから離昇するように感じる。カコフォニーから抜け出し、ジョイスの重層的な物語が共振するさまが聞こえ出すのだ。
そうしてようやくその文章の理解に少しだけ近づく。それはグループ読書を通じてのみ可能なことである。個人の読者がこのグループと同じくらい理解することはとてもできない――十分な本と忍耐力があれば、そうした体験に似た何かが非同期に再現することも確かにありうるけれど。しかし、私はこのような読書の体験に一番興味があるのだ。このコミュニティでは、読書は我々が通常考えているような内的体験以上のものになる。
それは経済的な文脈（さらにいえば学問的な文脈さえも）のまったく外側にある。いくつか文学系のメーリングリストに長年入っているが、私はウェブでそれに似たものを何かしら見つけたことはない。こんな感じで読書をすれば、残りの人生おそらく一冊の本でほぼ十分かもしれないという感じになる――もちろん、その一冊が正しい本であることが条件になるが。思うにこれは、我々が読書に関して前に進む道を見つけようとするなら探ってみるべき一つの救済策かもしれない。つまり、読書を日用品のやりとりではなく、社会的なやりとりの一手段と考えることである。
（日本語訳 yomoyomo）
※この記事のオリジナルはこちら
・when we get what we want (if:book)
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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by ダン・ヴィーセル （Dan Visel）</p>
<p>今日は一年で最も日が短く（注・<a href="http://www.futureofthebook.org/blog/archives/2009/12/when_we_get_what_we_want.html" target="_blank">原文</a>は<a href="http://www.futureofthebook.org/blog/" target="_blank">if:book</a>に2009年12月に投稿された）、ニューヨークはじきにぬかるみに変わる一面の雪に厚く覆われており、この世界にがっかりしないでいるのは難しい。民主党はヘルスケア改革を法案を通すためと称して骨抜きにし、オバマはコペンハーゲンで何ら意義あることを成し遂げられず、アフガニスタンでの戦争が10年代にも続くことが明らかとなり、銀行屋どもは見たところ何も有益なことをしていないにも関わらず百万ドルのボーナスを手にし、メキシコシティーがニューヨーク州よりも先に同性愛者の結婚を合法化している。</p>
<p>ゼロ年代の終わりとなる12月になり、何が達成されたか、また何が達成されるはずだったかの両方を振り返りたくなる。何かしら実現するはずだったのにと思うと失望は一層深くなるものだ。一年前、オバマがゼロ年代の長いトンネルの終わりを照らす光に思えたように。</p>
<p>今年は、電子書籍が5年前には想像もできなかったくらいたくさん報道された年の瀬でもある。ただ同時に、私は近頃何を見ても興奮しにくくなっている。デバイスについて大層騒ぎになっているが、それがまだ未熟なのは明らかだろう。アップルが遅れに遅れているタブレットを発表し、グーグル発のデバイスが次々とそれに続けば、どのデバイスにしろ一年かそこらで時代遅れになるに違いない。出版についてはいろいろ言われているが、読者予備軍にとって特に興味をひくものではない。出版社はハードカバーと比較して電子書籍を発売する日付や、単一のディストリビューターに独占権を認めるかどうかなんてことを議論しているからだ。それは特に面白い話じゃないし、この5年間を念頭に置けばなおさらである。</p>
<p>現在の議論において、本は単なる日用品であり、市場において最大の利益となる価格で消費者に渡るものである（これと似た議論が、ソーシャルネットワークの世界についてもなされたようだが、こちらはTwitterの140文字制限でコミュニケーションを行う困難をクレジットカードでの購買記録に置き換えるという天才的なアイデア――手遅れの不況のさなかとはいえ――をもつ新しいソーシャルネットワークのプラットフォームである<a href="http://blippy.com/" target="_blank">Blippy</a>で論理的帰結に達しているようだ）。</p>
<p><span id="more-1824"></span>電子書籍が遂に成功をおさめるという議論がなされているのもかもしれない。重役たちが、電子書籍の売り上げが将来の売り上げのしかじかのパーセンテージになるという壮大な主張を行うわけだ。スティーブン・コヴィーはアマゾンと独占流通契約を結んでいる。マコト・リッチがニューヨークタイムズでその全容をうやうやしく報じている。</p>
<p>私が抱える問題は一部個人的なものだ。技術の世界は回転がとても速い。私は<a href="http://www.futureofthebook.org/" target="_blank">当研究所(the Institute of the Future of the Book)</a>で5年過ごしているが、これは健忘的な最近のメディアの世界だと誰であれ自分がしわくちゃな年寄りだと感じさせるのに十分過ぎる。天啓に思えるものは言うまでもなく、目新しかったり興味深く思えるものも見つけるのがますます難しくなっている。</p>
<p>で、何度も言うように年の瀬だ。確かに空気は暗く、不況は続いている。とはいえ、最近のソーシャルメディアの世界に何かしら<em><strong>長ったらしい退屈さ</strong></em>を感じているのは私だけではないのではないか。私は最近こうした堂々巡りの会話をたくさんしてきた。diapsalmataにおけるホイットニー・トレッティンの<a href="http://blog.whitneyannetrettien.com/2009/10/books-redundancy-getting-past-our.html" target="_blank">投稿</a>にも、これと関連する欲求不満が見事に見出される。つまり、のろのろ長引いている未来の境目にいるという感覚だ。トレッティンは、切迫する新たなデジタル読書体験に関する引用を三つすることで投稿を始めているが、素朴な読者ならそれは現在の話だと想像する引用文である。で、それが1999年の文章の引用だと分かる仕掛けである。</p>
<h3>「祈り」はすでに叶えられたが……</h3>
<p>症状が診断を下す。医者をお望みなら、私はアビラの聖テレサをお勧めする。「叶えられなかった祈りより、叶えられた祈りの上により多くの涙が流される」と彼女は記した。トルーマン・カポーティは、みたされないことを扱った未完の小説の表紙にこの文句を引用するはずだった。</p>
<p>私がカポーティを読んでいたのと大体同じ頃、コートニー・ラブがより冒涜的な言葉でこのことを歌っていた。<a href="http://www.youtube.com/watch?v=SP_1uGTV77c" target="_blank">「どういう結末になるか最初から言ってたでしょ／欲しいものを手に入れたらそれはもう欲しくないの」</a> これは現状にあてはまる描写である。我々は叶えられた祈りの世界に住んでいるのだ。オバマは8年続いた失政の後に秩序を回復した。何百万もの人々がiPhoneやキンドルやその他の何らかのデジタル機器で読書をしている。</p>
<p>なぜそこで涙が必要なのか？ 全般的に言って、現在ある多くのデバイスやソフトウェアは特に革新的なものではなかったり、読書のあり方に同調しないものだったりする。ハードウェアがずっとよくなっているとは言え、読書体験そのものは、ボイジャーが大衆市場に本を3.5インチディスクに格納して販売していた15年前と本質的に違わない。</p>
<p>違うのはネットワーク面だ。今ではほとんど即座に膨大な数の本を手に入れることができる。感謝祭中のヴァージニアの高速道路に退屈し、エドガー・アラン・ポーの『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』を再読したい感じなら、私はほとんどすぐに（コストをかけることなく）コピーをiPhoneにダウンロードできるわけだ。これは驚くべきことといわざるを得ない。読書体験としてはひどいものだが、それはまた別の問題である。頭に浮かんだらほぼすぐにそのテキスト（あるいはそれに近いもの）を手に入れられるのだ。これが新しいところである。</p>
<p>私はこの即座に得られる満足の感覚に興味がある。これが現在の顕著な特徴の一つである。iTunesからほとんどどんな単位ででも音楽を買えたり、Netflixで多すぎるほどある中から映画を選んで即座に観ることができるところがこれに似ている。それより弱い形としては、アマゾンで古本を買う体験がそうで、これは自分が常に行っていることだ。絶版かどうかに関わらず、ほとんどどの本でもアマゾン上で表示され、そのほとんどの本が10ドルもせずに一週間以内に自分のものになる。これらすべてのケースにおいて、十分な元手とネットワークアクセスがあれば、我々のメディアに対する欲求の大部分は、ますます瞬間的に解決可能なのだ。</p>
<p>我々はこのことをあまり考えないが、即座に欲求を満たすこの新しい能力は実はとても奇妙な進化といえる。つまり人間の進化の多くは、じらされて苛立つ欲望との折り合いをつける学習プロセスなのだ。そして本の歴史の大半は欠乏の物語である。市場には供給をこえる需要があった。デジタルへの移行がそれをすべて変えてしまった。デジタルコンテンツの供給は、大抵の趣旨や目的に対し無限であり、供給が需要を遥かにしのぐところまで来たことに気付く。これがあてはまるのは本だけではない。すべての電子的な読み物がこの位置に来たと言えるかもしれないのだ。こういう時代では、ほんの少しでも好奇心があれば、面白いと思えるコンテンツに限りがないことになる。</p>
<p>しかし、この価値観の変化は高くつく。この変化によって、いかにしてコンテンツを評価するかとても難しくなっている。我々は、欲しいものの重要性を確かめる働きをする欲求の円弧――欲求を抱き、自分に対して正当化し、それを得る方法を見つけ出し、手に入れる――に慣れていた。それが短いものになると、我々は途方に暮れて取り残されることになる。一昨年（注・2007年）の<a href="http://www.futureofthebook.org/blog/archives/2007/11/island_life_1.html" target="_blank">年末に書いた文章</a>で、私はエリザベス・ビショップの「英国のクルーソー（Crusoe in England）」における救助されたロビンソン・クルーソーを例に用いた。彼はかつて心から大切にしたナイフを見て、それが意味のない、ありふれたただのナイフになってしまったことに気付く。「これの生きた魂はこぼれおちてしまった」と彼は言う。おそらくそれが今、本の世界で起こっていることなのだ。</p>
<p>レイモン・アロンの『変貌する産業社会』から引用する。「慨して、人類が今日まで悩まされているのが貧困だ。貧困は、個人の欲求とそれを満たす手段の間に共通の評価基準が欠けていることと簡単に定義される」</p>
<h3>読書とコミュニティ</h3>
<p>私は、何らかの記録を続ける必要性から（と思う）、今年読んだ本のリストを今年も書き続けている。もし本が人間を作るなら、構成要素のリストを書き続けると有用かもしれない。何の役に立つのかは分からないけれど。読書リストの集計はまだしていないが、だいたい三日に一冊は読んでいるのではないか（これは典型的なニューヨークの通勤を考えれば特段難しいことではない）。これは必死な感じがする。自分よりずっと高速に動く世界の状況を把握しようとする死に物狂いの試みというか。普通に考えて自分の人生で読み終えられる可能性がある以上の本が、私のブックリストに載っているのだ。いつもそうである。</p>
<p>しかしながら、この一年で最も興味深い読書体験は読了した本ではなかった。むしろ、読み終えることができてない本を読んでいるときだった。私はニューヨークの『フィネガンズ・ウェイク』読書グループに通っている。私は、最高に敬虔なジョイス愛読者ではないと言わざるをえない。十年前『ユリシーズ』を再読したとき、私は啓示を受けて突然そのスタイルが意味するところを理解したのだが、好きな書き手を十人挙げなくてはならないとして、ジョイスがその中に入るか必ずしも自信がない。答えがほしいときに私が手に取るのはプルーストだ。だが、『フィネガンズ・ウェイク』読書グループの儀式的なところには何か心地よいものがある。自分自身がコミュニティの一部であり、またそのコミュニティが自身よりも崇高なものに奉じているという感覚があるのだ。</p>
<p>毎月、読書グループは2時間かけてだいたい2ページ読み進む。ワインを飲みつつ、皆少しの文章を声を出して読む。グループはこの課題にとても長い間取り組んでいる。メンバーの年齢の中央値は私の年齢の二倍で、メンバーの多くは私が生まれる前からこの読書を続けている。クローズ・リーディングこそが『フィネガンズ・ウェイク』に入り込む唯一の方法である。とても濃密な文章を前に、読者は他の人が読むのを聞くことで理解のとっかかりを掴むしかない。いろんな読者がその文章に何か異なるものを見出す。黙って文章を精査する人もいれば、言葉に無声の語呂合わせを探す人もいれば、その文章について独自の風変わりな理論を主張する人もいる。必ず脱線が起こり、それが続く。しかしうまくいくときは、ほとんどあたかも文章がページから離昇するように感じる。カコフォニーから抜け出し、ジョイスの重層的な物語が共振するさまが聞こえ出すのだ。</p>
<p>そうしてようやくその文章の理解に少しだけ近づく。それはグループ読書を通じてのみ可能なことである。個人の読者がこのグループと同じくらい理解することはとてもできない――十分な本と忍耐力があれば、そうした体験に似た何かが非同期に再現することも確かにありうるけれど。しかし、私はこのような読書の<em><strong>体験</strong></em>に一番興味があるのだ。このコミュニティでは、読書は我々が通常考えているような内的体験以上のものになる。</p>
<p>それは経済的な文脈（さらにいえば学問的な文脈さえも）のまったく外側にある。いくつか文学系のメーリングリストに長年入っているが、私はウェブでそれに似たものを何かしら見つけたことはない。こんな感じで読書をすれば、残りの人生おそらく一冊の本でほぼ十分かもしれないという感じになる――もちろん、その一冊が正しい本であることが条件になるが。思うにこれは、我々が読書に関して前に進む道を見つけようとするなら探ってみるべき一つの救済策かもしれない。つまり、読書を日用品のやりとりではなく、社会的なやりとりの一手段と考えることである。</p>
<p>（日本語訳 yomoyomo）</p>
<p>※この記事のオリジナルはこちら<br />
・<a href="http://www.futureofthebook.org/blog/archives/2009/12/when_we_get_what_we_want.html" target="_blank">when we get what we want (if:book)</a></p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E6%AC%B2%E3%81%97%E3%81%84%E3%82%82%E3%81%AE%E3%82%92%E6%89%8B%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%82%89+http://bit.ly/7LdRbV+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E6%AC%B2%E3%81%97%E3%81%84%E3%82%82%E3%81%AE%E3%82%92%E6%89%8B%E3%81%AB%E5%85%A5%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%82%89+http://bit.ly/7LdRbV+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		<title>読み物コーナーに新記事を追加</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/08/yomimono_tsuika-3/</link>
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		<pubDate>Fri, 08 Jan 2010 13:40:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>solar</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=1767</guid>
		<description><![CDATA[posted by 仲俣暁生
読み物コーナーに、扶桑社の梶原治樹さんが昨年12月に出版専門紙「新文化」に寄稿した文章をほぼそのままのかたちで転載した、「30年後の出版界のためにいまできること」を追加しました。
梶原さんは日本雑誌協会のデジタルコンテンツ推進委員会に参加しているほか、でるべんの会（出版関係勉強会）の会長もつとめており、出版業界の抱える問題について積極的に発言し、活動なさっている方です。出版界内部からの未来に向けた貴重な提言をぜひお読み下さい。
 Tweet This Post]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 仲俣暁生</p>
<p>読み物コーナーに、扶桑社の梶原治樹さんが昨年12月に出版専門紙「新文化」に寄稿した文章をほぼそのままのかたちで転載した、<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/thiinking_about_30_years_after/" target="_self">「30年後の出版界のためにいまできること」</a>を追加しました。</p>
<p>梶原さんは<a href="http://www.j-magazine.or.jp/" target="_blank">日本雑誌協会</a>のデジタルコンテンツ推進委員会に参加しているほか、<a href="http://deruben.exblog.jp/">でるべんの会（出版関係勉強会）</a>の会長もつとめており、出版業界の抱える問題について積極的に発言し、活動なさっている方です。出版界内部からの未来に向けた貴重な提言をぜひお読み下さい。</p>
<p align="left"><a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E8%AA%AD%E3%81%BF%E7%89%A9%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%AB%E6%96%B0%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%82%92%E8%BF%BD%E5%8A%A0+http://bit.ly/6qvH6T+%23magazine_k" title="Post to Twitter"><img class="nothumb" src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-content/plugins/tweet-this/icons/tt-twitter.png" alt="Post to Twitter" /></a> <a class="tt" href="http://twitter.com/home/?status=%E8%AA%AD%E3%81%BF%E7%89%A9%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%AB%E6%96%B0%E8%A8%98%E4%BA%8B%E3%82%92%E8%BF%BD%E5%8A%A0+http://bit.ly/6qvH6T+%23magazine_k" title="Post to Twitter">Tweet This Post</a></p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>巨大電子書籍サイトがやってくる前に</title>
		<link>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/06/before_the_big_ebookstore_arrives/</link>
		<comments>http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/06/before_the_big_ebookstore_arrives/#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 05 Jan 2010 22:05:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>solar</dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[iPhone]]></category>
		<category><![CDATA[アマゾン]]></category>
		<category><![CDATA[書店]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.dotbook.jp/magazine-k/?p=1734</guid>
		<description><![CDATA[posted by 旅烏 （万来堂書店2nd 管理人）
皆様初めまして。万来堂日記2ndというブログをやっております旅烏と申します。
少しだけ新刊書店にいたこともあるのですが（少しだけです。ほんの少しだけ）、現在はいわゆる新古書店に勤務しております。そのくせ、自分の勤務先ではあまり金を使わず、毎月新刊を2～3万円位購入し、「なぜ貯金ができないんだろう？」と頭をひねる不良店員でありますが。
ブログでは気の向くままにあることないこと書いているのですが、出版業界について書いたことも度々ありまして。それを読んでいただいた『マガジン航』さんから、何か書いてみませんかと声をかけていただいた次第です。
昨年2009年は、海の向こうで電子書籍をめぐる動きが活発化していることが、日本でも多く報じられた年でした。例えばグーグル「ブック検索」の集団訴訟和解についての問題。この和解は無料の検索に関するものであったかと思いますが、有料サービスもきちんと視野に入れているようです。
そしてアマゾンのキンドル、バーンズ・アンド・ノーブルのnook、ソニーのSony Reader等々、さまざまな電子書籍用デバイスが覇を争おうという様相（比較記事はこちらなどいかがでしょうか）。また、iPodやiPhoneでブイブイ言わせているアップルの動きも囁かれているところです。
日本もこの競争の場となるのは避けられないところでしょう。日本だけ蚊帳の外に置いておいてもらえると考えるのも、不自然な話です。
電子書籍への「スイッチング・コスト」について考える 
さて、話は変わるのですが、最近アマゾンで本を買う機会が増えました。いや、仕事の関係で引っ越した先に好みの本屋がないからという単純な理由なんですが。
以前は「リアル書店で思いもしなかった本と出合うというのは何物にも代えがたい、ネットでは体験不可能な魅力だ」と思っていたこともありまして。実際、つい最近も本屋の棚から何気なく手に取った本が非常に面白くて大満足したりといったこともあったんですが、いざネット書店を使った方がずっと便利という環境に置かれてみますと、ネットでも各ユーザーへのオススメやらなんやらで似たような体験をすることは可能なものですね。
私はネットで本を買うときはアマゾンを主に使っているのですが、アマゾンを使っていることになにか信念があるわけではありません。使い慣れているし、サービス内容にもおおむね満足していますし、今さら他のサービスに乗り換えるのもめんどくさいし。
携帯電話はSoftBankを使っています。ずっと以前はDocomoを使っていたんですが、その当時付き合っていた女性がJ-PHONEの携帯を持っていまして。通話料節約のために私もJ-PHONEに切り替え、別れた後もそのままダラダラと現在に至ります。iPhoneは面白そうなんだけど、今のところまだ買うつもりはありません。通勤時とかにいじれればまた違うんだろうけど、職場の近くに住んでるしなぁ、今。
音楽を聴くのはもっぱらiPodを……ああ、自分語りはもうお腹いっぱいですか、ごめんなさい。つまりですね、スイッチング・コストの話をしたかったのです。
スイッチング・コストって何かというと、いや、そういった方面にはとんと疎いものできちんとした説明なんてできやしないのですが、あるものから別のあるものへ乗り換える際のコスト、のことだそうです。細かいことはあれですよ、ググれググれ。
どちらが便利か、どちらが安いか、どちらが簡単か等々、合理的に諸条件を勘案してズバリと判断できれば世の中きっとうまくいくのですが、実際には私のようにめんどくささが先に立ち、ずるずると同じサービスを使い続けるユーザーも多いわけで。ここらへん、心理学でいうところの親近性効果とも関係あるのかもしれませんね。なじみ深いものにはなじみ深いというだけで好意的になってしまうという。
そう遠くない将来、アメリカやヨーロッパでの電子書籍競争の勝者が日本に乗り込んできたとき、日本の既存業者が直面しなければならないのがこのスイッチング・コストの問題、ということになるかと思います。
圧倒的な海外勢の在庫数
「電子書籍」で検索してみますと、日本における有力なサービスが上位に出てきます。電子書店パピレスの掲載冊数は13万強。eBookJapanのサイトには電子書籍販売数3万5千弱と書いてあります。みんな大好き青空文庫が9千弱。
ここで、最初の方でリンクした各電子書籍デバイスの比較記事に戻ってみますと、アマゾンのキンドルが35万冊。バーンズアンドノーブルのnookが75万冊。Sony Readerが10万冊＋グーグル経由でパブリックドメイン（詳しくは新年一発目の『マガジン航』の記事をどうぞ！）が100万冊だそうで。誤字じゃないですよ？　
ちなみに日本最大との呼び声もあるジュンク堂池袋本店は150万冊在庫だそうですが。
素直に考えると、黒船たる電子書籍サービスはアメリカやヨーロッパで成功した方法論で日本でも成功しようとするんじゃないかなと思うわけで。カタログ数もそれなりの数を用意するでしょう。
おまけに、すでに海外で、さまざまなコンテンツ（本、ゲーム、音楽、映画、etc）をさまざまなメディアで楽しむ潜在的なユーザー層から、自分たちのお客さんを勝ち取った実績のあるインターフェイスやシステムを引っ提げてくるわけです。日本の製本技術は諸外国に比べて高いから、日本の読者がすんなりと電子書籍へ移行するかどうかはまだまだ未知数だという声もありましょうが、その技術の高い本が売れていない時代なんですから、そんなものは大した慰めにはなりはしません。
せめてソニーが勝つようにと祈りを込めて、ソニーの単勝に全部突っ込むしかないのでしょうか。しかしこれは競馬の世界とは違います。有馬記念での負けを、東京大賞典で取り返すというわけにはいかないのです。
確かに海外からの刺客は強力ですが、レースはまだ始まっていないのです。なにかできることはないのでしょうか。大きな方向性としては、ひとつしかないと思います。海外から誰かが乗り込んでくる前に、すでに十分なくらいに、電子書籍で本を楽しむというライフスタイルを定着させてしまうことです。
日本でもまずは「大型書店」を作れ
人間が合理的な判断のみで動いているならば、海外からのサービスに既存のサービスはたやすくお客さんを奪われてしまうかもしれません。しかし、人間はそこまで割り切ることのできる動物でもありません。ありていに言うと乗り換えるのはめんどくさいのです。
私みたいに「めんどくさいなー」と言っている怠惰な集団がうだうだしている間に、よりサービスを洗練して競合するサービスに引けを取らないものに仕立てていくのは可能でしょう。
ところが、日本で「電子書籍を楽しむ」というスタイルの定着が十分ではないところに黒船が上陸したときには、多くの人が黒船上陸の時点で初めてそのライフスタイルに触れることになります。こうなってしまうと、そもそも既存のサービスから他のサービスへと切り替えるという意味でのスイッチング・コストは存在しません。おまけに、今までの「電子書籍を利用しない」ライフスタイルから「電子書籍を楽しむ」ライフスタイルへの切り替えという意味では、すでに海外で実績を残しているわけで、もう勝ち目はありません。 
海外においてすでに、電子書籍は「ビル丸ごとの大型書店が手元に！」という状況を実現しかけています。翻って日本では、なんとか中規模の書店に手が届いたかどうか、といったところかと思います。リアル店舗のアナロジーで言うならば、接客がまだかなわなくても、棚の作りがまだかなわなくても、まずは大型書店を作らないと。リアル店舗ならば大規模店に対抗して足下の商圏をしっかり確保するのもありかもしれませんが、ネットの世界では商圏が日本全体となってしまうのですから。
電子書籍をめぐる問題・課題については、実にさまざまなものがあるだろうというのは想像に難くありません。しかしながら、海外にお金を持っていかれるのが悔しいなあと――それこそネット書店としてのアマゾンのときのように――思うならば、電子書籍をめぐる動きの中心には「いかにしてカタログ数を増やすか」という目標がまず置かれるべきだと考える次第です。
おりしもゼロ年代最後のクリスマス、アマゾンにおいて25日の電子書籍の売り上げがリアル書籍の売り上げを上回ったとの報道がなされました。
海外では新しいライフスタイルが定着しかけています。おそらく、あまり時間は残っていません。今年のうちに上陸するかも？　……しても不思議じゃないですよね、実際。
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			<content:encoded><![CDATA[<p>posted by 旅烏 （万来堂書店2nd 管理人）</p>
<p>皆様初めまして。<a href="http://d.hatena.ne.jp/banraidou/" target="_blank">万来堂日記2nd</a>というブログをやっております旅烏と申します。</p>
<p>少しだけ新刊書店にいたこともあるのですが（少しだけです。ほんの少しだけ）、現在はいわゆる新古書店に勤務しております。そのくせ、自分の勤務先ではあまり金を使わず、毎月新刊を2～3万円位購入し、「なぜ貯金ができないんだろう？」と頭をひねる不良店員でありますが。</p>
<p>ブログでは気の向くままにあることないこと書いているのですが、出版業界について書いたことも度々ありまして。それを読んでいただいた『マガジン航』さんから、何か書いてみませんかと声をかけていただいた次第です。</p>
<p>昨年2009年は、海の向こうで電子書籍をめぐる動きが活発化していることが、日本でも多く報じられた年でした。例えば<a href="http://www.asahi.com/culture/update/1114/TKY200911140234.html" target="_blank">グーグル「ブック検索」の集団訴訟和解についての問題</a>。この和解は無料の検索に関するものであったかと思いますが、<a href="http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=AS1D24082%2024112009" target="_blank">有料サービスもきちんと視野に入れている</a>ようです。</p>
<p>そしてアマゾンのキンドル、バーンズ・アンド・ノーブルのnook、ソニーのSony Reader等々、さまざまな電子書籍用デバイスが覇を争おうという様相（比較記事は<a href="http://jp.techcrunch.com/archives/20091020chart-how-the-nook-stacks-up-in-the-ereader-race/" target="_blank">こちら</a>などいかがでしょうか）。また、iPodやiPhoneでブイブイ言わせているアップルの動きも囁かれているところです。</p>
<p>日本もこの競争の場となるのは避けられないところでしょう。日本だけ蚊帳の外に置いておいてもらえると考えるのも、不自然な話です。<img title="もっと読む..." src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-includes/js/tinymce/plugins/wordpress/img/trans.gif" alt="" /><img title="もっと読む..." src="http://www.dotbook.jp/magazine-k/wp-includes/js/tinymce/plugins/wordpress/img/trans.gif" alt="" /><span id="more-1734"></span></p>
<h3>電子書籍への「スイッチング・コスト」について考える </h3>
<p>さて、話は変わるのですが、最近アマゾンで本を買う機会が増えました。いや、仕事の関係で引っ越した先に好みの本屋がないからという単純な理由なんですが。</p>
<p>以前は「リアル書店で思いもしなかった本と出合うというのは何物にも代えがたい、ネットでは体験不可能な魅力だ」と思っていたこともありまして。実際、つい最近も本屋の棚から何気なく手に取った本が非常に面白くて大満足したりといったこともあったんですが、いざネット書店を使った方がずっと便利という環境に置かれてみますと、ネットでも各ユーザーへのオススメやらなんやらで似たような体験をすることは可能なものですね。</p>
<p>私はネットで本を買うときはアマゾンを主に使っているのですが、アマゾンを使っていることになにか信念があるわけではありません。使い慣れているし、サービス内容にもおおむね満足していますし、今さら他のサービスに乗り換えるのもめんどくさいし。</p>
<p>携帯電話はSoftBankを使っています。ずっと以前はDocomoを使っていたんですが、その当時付き合っていた女性がJ-PHONEの携帯を持っていまして。通話料節約のために私もJ-PHONEに切り替え、別れた後もそのままダラダラと現在に至ります。iPhoneは面白そうなんだけど、今のところまだ買うつもりはありません。通勤時とかにいじれればまた違うんだろうけど、職場の近くに住んでるしなぁ、今。</p>
<p>音楽を聴くのはもっぱらiPodを……ああ、自分語りはもうお腹いっぱいですか、ごめんなさい。つまりですね、スイッチング・コストの話をしたかったのです。</p>
<p>スイッチング・コストって何かというと、いや、そういった方面にはとんと疎いものできちんとした説明なんてできやしないのですが、あるものから別のあるものへ乗り換える際のコスト、のことだそうです。細かいことはあれですよ、ググれググれ。</p>
<p>どちらが便利か、どちらが安いか、どちらが簡単か等々、合理的に諸条件を勘案してズバリと判断できれば世の中きっとうまくいくのですが、実際には私のようにめんどくささが先に立ち、ずるずると同じサービスを使い続けるユーザーも多いわけで。ここらへん、心理学でいうところの親近性効果とも関係あるのかもしれませんね。なじみ深いものにはなじみ深いというだけで好意的になってしまうという。</p>
<p>そう遠くない将来、アメリカやヨーロッパでの電子書籍競争の勝者が日本に乗り込んできたとき、日本の既存業者が直面しなければならないのがこのスイッチング・コストの問題、ということになるかと思います。</p>
<h3>圧倒的な海外勢の在庫数</h3>
<p>「電子書籍」で検索してみますと、日本における有力なサービスが上位に出てきます。電子書店パピレスの掲載冊数は13万強。eBookJapanのサイトには電子書籍販売数3万5千弱と書いてあります。みんな大好き青空文庫が9千弱。</p>
<p>ここで、最初の方でリンクした各電子書籍デバイスの比較記事に戻ってみますと、アマゾンのキンドルが35万冊。バーンズアンドノーブルのnookが75万冊。Sony Readerが10万冊＋グーグル経由でパブリックドメイン（詳しくは新年一発目の<a href="http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/01/04/public_domain_day_2010/" target="_blank">『マガジン航』の記事</a>をどうぞ！）が100万冊だそうで。誤字じゃないですよ？　</p>
<p>ちなみに日本最大との呼び声もあるジュンク堂池袋本店は150万冊在庫だそうですが。</p>
<p>素直に考えると、黒船たる電子書籍サービスはアメリカやヨーロッパで成功した方法論で日本でも成功しようとするんじゃないかなと思うわけで。カタログ数もそれなりの数を用意するでしょう。</p>
<p>おまけに、すでに海外で、さまざまなコンテンツ（本、ゲーム、音楽、映画、etc）をさまざまなメディアで楽しむ潜在的なユーザー層から、自分たちのお客さんを勝ち取った実績のあるインターフェイスやシステムを引っ提げてくるわけです。日本の製本技術は諸外国に比べて高いから、日本の読者がすんなりと電子書籍へ移行するかどうかはまだまだ未知数だという声もありましょうが、その技術の高い本が売れていない時代なんですから、そんなものは大した慰めにはなりはしません。</p>
<p>せめてソニーが勝つようにと祈りを込めて、ソニーの単勝に全部突っ込むしかないのでしょうか。しかしこれは競馬の世界とは違います。有馬記念での負けを、東京大賞典で取り返すというわけにはいかないのです。</p>
<p>確かに海外からの刺客は強力ですが、レースはまだ始まっていないのです。なにかできることはないのでしょうか。大きな方向性としては、ひとつしかないと思います。海外から誰かが乗り込んでくる前に、すでに十分なくらいに、電子書籍で本を楽しむというライフスタイルを定着させてしまうことです。</p>
<h3>日本でもまずは「大型書店」を作れ</h3>
<p>人間が合理的な判断のみで動いているならば、海外からのサービスに既存のサービスはたやすくお客さんを奪われてしまうかもしれません。しかし、人間はそこまで割り切ることのできる動物でもありません。ありていに言うと乗り換えるのはめんどくさいのです。</p>
<p>私みたいに「めんどくさいなー」と言っている怠惰な集団がうだうだしている間に、よりサービスを洗練して競合するサービスに引けを取らないものに仕立てていくのは可能でしょう。</p>
<p>ところが、日本で「電子書籍を楽しむ」というスタイルの定着が十分ではないところに黒船が上陸したときには、多くの人が黒船上陸の時点で初めてそのライフスタイルに触れることになります。こうなってしまうと、そもそも既存のサービスから他のサービスへと切り替えるという意味でのスイッチング・コストは存在しません。おまけに、今までの「電子書籍を利用しない」ライフスタイルから「電子書籍を楽しむ」ライフスタイルへの切り替えという意味では、すでに海外で実績を残しているわけで、もう勝ち目はありません。 </p>
<p>海外においてすでに、電子書籍は「ビル丸ごとの大型書店が手元に！」という状況を実現しかけています。翻って日本では、なんとか中規模の書店に手が届いたかどうか、といったところかと思います。リアル店舗のアナロジーで言うならば、接客がまだかなわなくても、棚の作りがまだかなわなくても、まずは大型書店を作らないと。リアル店舗ならば大規模店に対抗して足下の商圏をしっかり確保するのもありかもしれませんが、ネットの世界では商圏が日本全体となってしまうのですから。</p>
<p>電子書籍をめぐる問題・課題については、実にさまざまなものがあるだろうというのは想像に難くありません。しかしながら、海外にお金を持っていかれるのが悔しいなあと――それこそネット書店としてのアマゾンのときのように――思うならば、電子書籍をめぐる動きの中心には「いかにしてカタログ数を増やすか」という目標がまず置かれるべきだと考える次第です。</p>
<p>おりしもゼロ年代最後のクリスマス、アマゾンにおいて<a href="http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0912/28/news013.html" target="_blank">25日の電子書籍の売り上げがリアル書籍の売り上げを上回ったとの報道</a>がなされました。</p>
<p>海外では新しいライフスタイルが定着しかけています。おそらく、あまり時間は残っていません。今年のうちに上陸するかも？　……しても不思議じゃないですよね、実際。</p>
<p>■関連記事<br />
・<a href="http://www.asahi.com/culture/update/1114/TKY200911140234.html" target="_blank">グーグル訴訟で新和解案　英米文化圏の作品に限定（asahi.com）</a><br />
・<a href="http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=AS1D24082%2024112009" target="_blank">米グーグルの電子書籍、10年に日本で有料サービス（IT-PLUS）</a><br />
・<a href="http://jp.techcrunch.com/archives/20091020chart-how-the-nook-stacks-up-in-the-ereader-race/" target="_blank">nookとその仲間たち―最新eブックリーダー、スペック比較表（Tech Crunch）</a><br />
・<a href="http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0912/28/news013.html" target="_blank">Amazon、Kindle向け電子書籍販売がリアル書籍を超えたと発表（ITmedia）</a></p>
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