本屋の未来と電子書籍の微妙な関係

2011年8月10日

posted by 仲俣暁生(マガジン航)

先月の終わりに東京・新宿で行われた《ベテラン翻訳家が語る「電子出版への道はどちらか?」シンポジウム》を聞いてきました。このイベントの告知記事(翻訳家が電子出版について語るイベント)でも紹介されているとおり、ブルース・スターリングの翻訳などで知られる小川隆氏による、アメリカの電子出版事情の解説が中心的な話題でした。

左から小川隆氏、大森望氏、日暮雅通氏。

他にも大森望氏、日暮雅通氏らを迎えた議論は、当然のことながら電子書籍の話題だけにとどまらず、国内外のリアルな出版事情にまで及びました。遠慮なく固有名詞が飛び交うスリリングなシンポジウムでしたが、ここでそのすべてを再録するわけにはいかないので、当日の話から私が重要と感じたことをいくつか書きとめておくことにします。

「出版は資本主義になじまない」

前半の小川隆氏の話でもっとも印象的だったのは、「出版は資本主義になじまない」という冒頭の一言でした。それはどういうことか。すこし迂回することになりますが、小川氏の発言意図を理解するためには、アメリカでここ数十年の間に起きた出版市場の変化を理解する必要があります。

アメリカの出版統計をみると、本の形態として大きくわけて「ハードカバー」のほかに、「マス・マーケット・ペーパーバック」と「トレード・ペーパーバック」があることがわかります。どちらもジャケット(カバー)のない装丁ですが、前者は細長い小ぶりの判型で廉価、後者は判型が大きく値段も高めなのが特徴です。おそらく多くの日本人が「洋書のペーパーバック」として思い浮かべるのは、前者の「マス・マーケット・ペーパーバック」でしょう。

歴史的に先に登場したのは「マス・マーケット・ペーパーバック」で1930年代のこと、「トレード・ペーパーバック」が登場したのは1950年代に入ってからです。ちなみにその嚆矢がダブルデイ社の「アンカー・ブックス」で、これを立ち上げた編集者ジェイソン・エプスタインは、2004年にオンデマンド印刷製本機、エスプレッソ・ブック・マシーンを開発するオン・デマンド・ブックス社を創設しています。

「マス・マーケット」と呼ばれることからも明らかなとおり、前者のタイプのペーパーバックは大衆市場に向けて開発された商品で、空港やドラッグストア、スーパーマーケットなどに置かれるのが普通です。こうした本をわざわざ「マス・マーケット」と断るのは、(現実はともかく建前として)本は文化財であって、「大衆消費財」ではない、という暗黙の前提があったからでしょう。

「モール文化」によって変質した書店

小川氏によれば、1980年代以後、アメリカでは「モール」と呼ばれる複合型の大型商業施設を中心に、都市の中心部から郊外に脱出した中産階級による新しいタイプの大衆文化が生まれてきます。大手書店チェーンが「モール」内に店を構えるケースも増え、「本は商品である」という考え方が徹底されていきます。こうした「モールに入る本屋」では大量販売を前提にしたディスカウントが行われ、その影響もあって独立系書店が減少していく一方、大手書店チェーンの間でも生き残りを賭けた戦いと、栄枯盛衰のドラマが演じられます。

電子書籍と紙の本の併売をし、必死にアマゾンに対抗しているバーンズ・アンド・ノーブルや、倒産により姿を消すことが決まった全米第二の書店チェーン、ボーダーズは、こうした熾烈な生存競争の生き残り組だったわけですが、結果的には第一位のバーンズ・アンド・ノーブルとアマゾンだけが残る結果になりました(このあたりの経緯は大原ケイさんによる「ボーダーズはなぜダメになったのか?」に詳しく書かれています)。そこに流れているのはまさに資本主義の論理であり、小川氏が冒頭でした「出版は資本主義になじまない」という発言は、こうしたアメリカの出版市場の変容をふまえてのものと私は理解しました。

アメリカにおける電子書籍ブームに、大手書店チェーンとアマゾンの長期に渡る戦いの第二ラウンド(あるいは最終ラウンド?)という側面があることは見逃せません。日本では紙の本から電子書籍へ、という一足飛びの議論がされることが多いですが、その背景にある郊外化や人々のライフスタイルの変化、それらが書店に与えている影響にはあまり言及されません。こうした中間段階の検討を抜きにして、いきなり日本にもアメリカと同様に「電子書籍の時代がくる」というストーリーは語れない、という印象を強くもちました。

「電子書籍は小売店主導でないと根付かない」

小川氏は続けて、アメリカにおける教養主義の崩壊や読書文化の変容を指摘していました。これらは日本でも同時代的に起きたことなので理解しやすいかもしれません。

1980年代以後、アメリカでも学生が本を読まなくなったと言われ、それに危機感をもったクノップフ社の編集者ゲイリー・フィスケットジョンがトレード・ペーパーバックによる文芸シリーズ Vintage Contemporaries をはじめたエピソードを小川氏は紹介してくれました。このシリーズからはジェイ・マキナニーやブレット・イーストン・エリス、レイモンド・カーヴァーをはじめ日本でも知られる新世代の作家が登場しましたが、このシリーズも長期的にみると若い世代の読書離れをとめる大きな流れにはならなかったとのことです。

こうした前提をふまえ、小川氏よりアメリカの電子書籍市場の現状報告がなされました。それによると、アメリカの電子書籍で売れているジャンルは圧倒的に「フィクション」であり、販売数で全体の約6割を占めるとのこと。このうち主流はロマンス小説をはじめとする「ジャンル小説」だが、(おそらくファンタジーを含むであろう)「SF」も19パーセントと健闘しているほか、「クリスチャン・フィクション」と呼ばれる宗教小説も大きな比率を占めている。古典を含む狭義の「文学」も2割程度を占めるが、プロジェクト・グーテンベルクなどのパブリック・ドメイン作品が数字を底上げしている可能性大。また「ノンフィクション」は全体の1割にとどまる。いずれにしても電子書籍の読者は基本的に紙の本のヘヴィリーダー層であり、「ふだん本を読まない人はKindleでも読まない」とのことでした。

その他にもさまざまな話題が出ましたが、前半の結論を一言でいえば、「電子書籍は小売店主導でないと根付かない」。価格においても他の利便性においても、供給側の論理ではなく、利用者側の便宜を徹底的に優先しなければ受け入れられない。アマゾンのKindleがアメリカで成功したのは、そもそもアマゾンがネット書店(あるいは総合的な小売店)としてきわめて強力な存在だからで、Nookを成功させつつあるバーンズ・アンド・ノーブルも同様だというのです(こうした論旨のためか、この日はSonyのReaderはあまり話題になりませんでした)。

書店(小売店)が主導権を握るアメリカの電子書籍プラットフォームに比べ、電機メーカーやキャリア、印刷会社が主導するプラットフォームが乱立する状況では、日本で電子書籍ビジネスが成功するかどうか未知数である、というあたりで前半が終了しました。

「小説の出版はビジネスとしては終わっている」

後半は「文学賞メッタ斬り!」などでも活躍する翻訳家の大森望氏による日本の電子書籍と出版業界の概況からスタート。SFやミステリだけでなく、ハワード・ラインゴールドの『新・思考のための道具』などコンピュータ関連書の翻訳を手がけている翻訳家の日暮雅通氏もここから登壇しました。

大森氏はまず、「日本の電子書籍元年は2010年ではなく、NECのデジタルブックが登場した1993年」と発言。その後も電子書籍のブームが再三にわたり仕掛けられてきたにもかかわらず、いっこうに成功しない理由として、「メーカー主導でやっているかぎりはダメ」とバッサリ。出版社の側も定年間近の世代は「新しいことはしたくない」のが本音で、電子書籍に積極的になれない構図を指摘しました。

しかし電子書籍が成功しようとしまいと、既存の出版ビジネスそのものが危機に瀕していることは明らかです。大森氏によれば、初版3000〜4000部程度の本は「冗談ではなく本当に売れていない。なかには返品が70%〜80%という本もある」。若い人のなかでは「単行本を買う」という習慣がなくなっており、出版社も少部数の本を出版したがらなくなっている。そうである以上、作家が電子書籍でセルフパブリッシングする傾向は増えざるを得ないだろう、という話になり、ブクログのパブー!から作品を「出版」している佐藤哲也氏の例などが紹介されました。

現在のような電子書籍ブーム以前から、作家による「産地直販」的なプロジェクトとしてミステリ作家が主導した「e-Novels」などの前史があったことを大森氏は紹介。「さらに遡ればニフティサーブのシェアテキストというフォーラムもあったし、1990年代から電子書店パピレスも存在している。こうした過去の経験からみると、現状のEPUBレベルの電子書籍だと、状況はあまり変わらないのではないか」と、いささか悲観的な見通しが示されました。

他方、アメリカのSF界では、ファン投票によって選ばれるヒューゴー賞などのノミネート作品を、投票してもらうためにeBookなどで無償公開するケースがあるとのこと。本当にあるのかどうか興味を持ち調べてみたところ、このようなサイトを発見。先日、洋書で買ったTed ChiangのThe Lifecycle of Software Objectsの全文がフリーテキストで手に入ったのは驚きました。SFのようにファンのコミュニティと作家や作品が密接につながっている場合、電子書籍(フリーテキストを含む広義の)には大いに意味があると思われます。

最後に小川氏は、「英米では電子書籍はすでに定着している。電子化によっていまの状況がさらに暗くなるということはない」と述べ、大森氏も「20年たってもまだここまでしかこないことにイライラしているだけで、電子書籍は唯一の希望の光。バックリスト(既刊本)が電子書籍で買えるようになれば、CDのときのような買い替え需要が生まれるかもしれない」と発言。他方、日暮氏は「昨年のマスコミの電子書籍ブームは騒ぎすぎ。本は大判のコーヒーテーブルブックから文庫本まで、サイズも性格もことなる。紙とデジタルの本は棲み分けていくはずで、10年くらいはすったもんだが続くのではないか」と冷静な見通しを披露して、シンポジウムは終了しました。

紙の本の流通にこそ新しい「プラットフォーム」が必要では

このシンポジウムが終わってからしばらくして、たまたま手にとった本に、書店コンサルタントの能勢仁氏による『本の世界に生きて50年』(論創社)があります。『出版社と書店はいかにして消えて行くか』『出版状況クロニクル』などの著作で知られる小田光雄氏がインタビュアーをつとめる「出版人に聞く」シリーズの第五弾(過去の巻では元リブロの今泉正光氏と中村文孝氏、元盛岡さわや書店の伊藤清彦氏、流対協会長でもある緑風出版の高須次郎氏が登場)です。

能勢氏は高校の教員を経て、自身の一族が経営する千葉県の老舗書店・多田屋で25年間仕事をした後、平安堂書店に移ってフランチャイズ事業にとりくみ、その後も出版社のアスキー、取次の太洋社と、出版流通の川上から川下まですべてを経験。その後、書店コンサルタントとして独立した方です。

先のシンポジウムで小川氏がアメリカの事例として挙げていた1980年代に、日本でも書店の姿は少しずつ変わりはじめていました。日本における書店の変容を示す意味で象徴的なのが、能勢氏が1984年に多田屋から平安堂に移ったときの次のエピソードです。

最初に驚いたのはフランチャイズの店長教育に際して、平野さん[引用者注:当時の平安堂社長]から「能勢さん、考えない店長を養成してくれ」といわれたんです。普通でしたら考える店長というところですが、それが逆だった。でもそれは金言かもしれないと思うようになりました。それらの店長は平安堂のシステムに従って動いてもらうのがベストであり、考えなくてもいい。ただ売れた分を自動発注する、それ以外にはクリーンネスと接客に力を入れればいい。これが考えない店長でかまわない理由です。だから本部とシステムがしっかりしなければならない。

「考えない店長を養成してくれ」という言葉が「金言」でありえたのは、この時期に異業種から書店経営に参入するフランチャイズ店が増え、「昨日までバスの運転手や肉卸店をやっていた人がいきなり書店の店長になる」という事態が発生したからです。

『本の世界に生きて50年』

さらに、1996年に独立してから2000年ぐらいまでの書店コンサルティングの大半が「閉店」に関する依頼だったという話も衝撃的です。たしかにこの時期に日本中で一年に1000軒程度のペースで本屋さんが廃業していき、全国で2万数千軒あった書店数は、いまや1万5000軒程度まで激減してしまいました。

この本の巻末には能勢氏が「新文化」で連載していた「消えた書店」という文章が付論として収録されています。これを読むと、郊外化の進展と商店街の地盤沈下、大手書店チェーンの地方進出などにより各地の「老舗書店」が消えていったプロセスがよくわかります。

2000年にはアマゾンがネット書店として日本にも進出し、わずか10年の間に書籍流通における巨大な存在となる一方、2000年代には地方だけでなく、東京や京都といった大都市でも伝統ある書店が相次いで姿を消していきます。さらに大手書店チェーン上位の丸善、ジュンク堂、文教堂が相次いで同じ大手印刷会社の資本傘下に入るという、これまでにない出来事が起きたのは記憶に新しいところです。

ちょうど小田氏によるウェブ版の「出版状況クロニクル」も更新され、2011年7月の動向を詳しくレポートしています。今回はブックオフとヴィレッジ・ヴァンガード、そしてイオングループの未来屋書店が突出した経常利益を叩き出している2010年の書店売上高ランキングのほか、東日本大震災が書店や出版界へ与えた影響の大きさ、米ボーダーズの倒産などが話題として取り上げられていますが、どれひとつとっても真剣に検討すべき大きなテーマです。

電子書籍の普及以前に、本と読者との接点である書店の世界では、大きな構造変化が起きている。こうした出版・書店業界の現状をみると、「電子書籍は将来、何億円市場になるか」といった能天気な議論以前に、紙の本の出版流通システムの立て直しこそが喫緊の課題であるように思えてなりません。

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